第41話 王都再び その二
王宮魔法師団長のディックマン・ゲバルトだ。
クレストン殿下の急病とその快癒については、魔法師団長の俺にさえ詳細を知らせない箝口令が敷かれているのは間違いない。
それにしてもクレストン殿下の周囲には、侍従や侍女、王宮付きの聖職者や治癒師が居たはずなのに、「毒を盛られた可能性がある」、「宮中勤めの次女の一人が死んだ」ということぐらいの情報しか、宮中雀から漏れて来ないのが不思議なくらいである。
もう一つ関連があるのかどうかわからないが、王宮魔法師団に呪術を使える者が居るかどうかという妙な照会がメイズ子爵からあった。
俺を含めて五人ほど呪術に詳しい奴がいるが、どれも信頼のおける奴だという話をしたら、メイズ子爵は頷いてそのまま去って行った。
そもそも、メイズ子爵は、諜報機関「デラの陰」の副隊長だ。
この時期における質問だと何か陰謀めいたことなのか?
「デラの陰」は、とかく情報を隠したがるんで俺は嫌いなんだが、王家への忠誠を尽くしている機関であることは間違いない。
いずれにせよ俺の勘が当たっていれば、エリカ嬢は、治癒魔法も使える可能性があるということだろう。
しかも、宮中雀の噂が本当ならば、なかなか施術が難しいとされる解毒魔法の術者の筈だ。
解毒は毒薬の種類によって異なるので、治癒師でも余程経験のある者が弱い毒ならばなんとか解毒できる程度のもののはずだ。
王宮付きの治癒師が諦めたということは、知られていない毒か若しくはよほど強い毒が使われたということになる。
攻撃に使える土魔法に氷魔法も驚きだが、転移魔法に恐らく解毒の治癒魔法も使えるようだな。
この調子ならば他にも色々と隠し持っているんじゃないかと思うぜ。
本当にビックリ箱のような娘だと思うぜ。
そのエリカ嬢がナブラ四の月8日に王宮魔法師団へやって来た。
今日は、訓練場での魔法師団の訓練風景の見学の予定だ。
今日はたまたま中隊規模の訓練があったのだ。
中隊は三個小隊が集まって一個中隊を形成する。
中隊が三つ若しくは四つ集まって大隊となるが、役割により一個小隊の人数が異なるのだ。
遠距離攻撃特化の第一大隊は、十名一組の小隊から編成され、中隊で33名、大隊で112名からなる。
防御専門の第二大隊は、6名一組の小隊から編成され、中隊で20名、四個中隊で大隊を編成し、85名からなっている。
土魔法に特化している第三大隊は、5名一組で小隊を、三個小隊で中隊を、三個中隊47名で大隊を編成している。
第四大隊は、諜報活動に特化しているので、小隊がない。
大隊とは呼称されるが、一人若しくは三人程度までの人数で動く者達の集合体であり、総勢で24名。
実は他の隊員たちとの交流が至って少ない特殊な部隊だ。
その動静は第四大隊長以外に詳しいことを知る者が居ない。
俺のところには大隊長を通じて情報が集まるが、俺も誰が集めた情報なのかは知らない。
今日は第一大隊と第二大隊の第一中隊同士で攻撃と防御の訓練を行っている。
守りに徹する第二大隊第一中隊に対して様々な攻撃魔法を繰り返して攻撃を行うのが第一大隊第一中隊である。
火炎魔法、風魔法、水魔法時にはそれらの魔法の混合魔法で攻撃し、守備側はそれに応じた結界魔法で対抗する。
概ね隊員の魔力が半分になった時点で訓練は中止となる。
この訓練場での訓練は十分に安全面に気を配ってはいるのだが、偶に防御側の結界が破れて被爆することもあり得る。
その為に事務局から訓練の度に治癒師が出張って来るのだが、幸いにしてこれまで大きな怪我は起きていない。
ある意味で、手加減しているからでもあるのだが、この訓練をしておかないと実戦で困ることになる。
我ら魔法師団は戦争となった場合には最低でも中隊規模での出動があり得る。
敵となる国または集団においても魔法師団が存在することがあり、それらの攻撃から我が国の兵士を守るために第二大隊の力が必要なのだ。
第一大隊は敵側戦力の削減のために戦線に派遣される。
従っていつでも出動できるように不断の訓練が大事なのだ。
訓練風景を見させながら、パルバラに質問させるようにして置いた。
俺やベルデンから尋ねると何かと格式ばることになりかねない。
だから気安く付き合えるであろうパルバラに尋ねさせたのだ。
「エリカなら、あの第二大隊の第一小隊の防御をどうやって崩す?」
「うん?
そうねぇ、私は人殺しは嫌だから、飽くまで夢のような仮定の話として聞いてね。
あそこの集団は幾重にも結界を張って対応しているけれど集団としての防御力は左程でもない。
例えば、炎を使った魔法でも局所的なファイアボールやファイアーランスじゃなくって、広域魔法なら対応できなくなるんじゃないかな。
あの結界は魔法の衝撃力は停められるけれど、熱までは停められないからね。
仮に彼等の周囲全てが炎熱地獄に変われば左程の時間は持たずに倒れるでしょうね。
あと、同じく熱に対する防御が無いのだから、氷魔法の氷結を広範囲で顕現できれば結界内部の者は凍り付いて倒れることになるんじゃないかな。
さらに言えば、土魔法でヤマアラシができる様な魔法師が居る場合は、あんなふうに固まっているのが逆に危ない。
あの範囲に集中させてヤマアラシを使われれば、隊員の九割は再起不能の重症を負うことになる。」
「そのヤマアラシってどんな魔法なの?」
「地面から土や岩の槍を生やす魔法かな?
使える人が居ると強力な攻撃魔法になるけれどね。
第三大隊の人は土属性魔法が得意だと聞いているけれど、ヤマアラシのような魔法を使える人はいないの?」
「そんなとんでもない魔法を使える人は居ないでしょうね。
仮にできるとしてもじわじわと伸びるぐらいで気づかれればすぐに避けられてしまうと思うし、彼らは離れた距離では魔法を発動できないと思うよ。」
「そうなんだ。
魔力の使い方と魔法陣の描き方次第だと思うけれど・・・。
難しいのかなぁ。」
傍で必死に聞き耳を立てて居る俺が思うに、随分とトンでもない情報が飛び出しているぞ。
仮定の話とは言いながら、炎熱地獄に氷結地獄の話じゃないか?
古代魔術師が使ったと言われるおとぎ話にあるフレイム・インフェルノにニブルヘイムだな。
転移魔法が使えるぐらいだから、エリカ嬢なら使えるのか?
ならば一国の兵力をもってしてもエリカ嬢には敵わないぞ。
それにヤマアラシって・・・。
地面から槍を生やすだと?
そんなのを広範囲に使われたら、場合により騎士団が全滅することになりかねない。
まぁ、エリカ嬢ができるとは言っていないわけだが、当該魔法を知っており、なおかつできる可能性があるから世間話のように話しているんじゃないのか?
パルバラ、そこを突っ込め!
「もしかしてエリカならそんな魔法ができる?」
チョット間が空いて、エリカ嬢が答えた。
「ウーン、やったことが無いからわからないわね。」
フム、できないとは言わないのだな。
しかも回答に間が有ったということは、答えるのを
エリカ嬢は、伝説級の魔法ができると見ておいた方が良いのだろうな。
とんでもない化け物魔女だな。
俺たちも王宮魔法師団を名乗っているが、エリカ嬢の前では霞んでしまうぜ。
魔法師団の訓練は半時ほど続き、それを見学して今日の予定は終わった。
今日はパーティーも会食も無しだ。
明日の午後はエリカ嬢の魔法を見せてもらい、その後で8名程で会食の予定だ。
連れて行くのは貴族の子弟であり、今のところ魔法師団の不自然なまでの礼儀知らずには染まっていない連中だ。
それなりに若く、若い女性達とも話が合うのじゃないかとは思う。
まぁ、貴族としての誇りがあるから平民との話が合うかどうかは今一疑問なんだが、エリカ嬢の貴族に対するあしらいがどうかを見るつもりではあるし、若い隊員二人には対応に留意しろと口を酸っぱくして言ってある。
少なくとも前回に引き続いて毛嫌いされることだけは勘弁してもらいたい。
◇◇◇◇
翌日エリカ嬢が訓練場に現れ、大勢の隊員が見守る中で、ロックバレットとアイスランスを披露してくれた。
わざわざこのために王都の外から大岩を馬車で運んで貰ったのだが、ゴブリン討伐の際の逸話を元に概ね二尋ほどの大きさがある大岩を訓練場に運び込んでおいた。
彼女の能力を図るために大岩から標的まで40尋ほどの間を空けた。
標的は、騎士団からもらい受けた甲冑20体である。
あちらこちらが腐食しているので実戦には使えない代物だが、これでも装備すればそれなりの防御はできるだろう。
それを大きな柱に括り付けて威力を確認しようという算段だ。
エリカ嬢、特段に焦ることも無く、大岩の傍にたたずむと、瞬時に大岩がげんこつよりもやや小さいほどの小片に分かれた。
砕いたというよりも鋭い刃物で切った直方体のように見える。
そうしてふわっと一瞬浮いたように感じると恐るべき速度でブワッと音を立てて飛んでいった。
ドガッドガッドガガガッと衝突音が凄まじかった。
終った時には金属製の重い甲冑が穴だらけになっていただけでなく、地中から生やしたかなり太い丸太の柱が8割方ほどもへし折られていた。
そうして全ての魔法が無詠唱であった。
土魔法なのか風魔法なのかよくわからんが、少なくとも岩を小片にしたところは間違いなく土魔法なのだろうな。
だがその全部を凄い速さで飛ばすことのできる魔法というのは一体何なのだ?
少なくとも第三大隊長は大岩を砕くことすら一瞬ではできないと明言したぞ。
当然、その小片群を飛ばすことなど第三大隊の隊員では無理である。
では第一大隊で出来るかというと、第一大隊長は首をかしげていたな。
風魔法では小片なりとも重い石を動かすことはかなり難しいというのだ。
次いでアイスランスの魔法については、固いバルネ
逸話では何も無いところから氷の槍を生み出したらしいので、特に水等は用意していない。
さっきは南に向けてロックバレットを撃ってもらったが、今回は北に標的がある。
距離は同じく40尋ほどの距離を置いている。
彼女は何の気負いもなく、背後を振り返り、片手をあげると6本の氷の矢が突如彼女の頭上に出現した。
長さは二尋ぐらいで、太さは先端が細く尖っており、終わりの方は隊員の太股ほどもありそうだ。
エリカ嬢が手を振るとそれだけで、アイスランスが忽然と消えた。
いや、標的に向かってすっ飛んでいったのだが、あまりに早くて一瞬見失ったというところだろう。
ドガッと大きな音が連続し、金属で覆われた三か所の塀に、見事に二本ずつ突き刺さっていた。
人間ならば甲冑を着た騎士でも串刺しでお仕舞いだな。
これだけでも大変な戦力なんだが、他にどんなものを隠している?
だが、機嫌を損ねるのが怖いので俺達は何も聞かないことにした。
彼女が必要と思った時には見せてくれるだろう。
それまで待つしかない。
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