第40話 王都再び その一

 エリカです。

 この世界に来てから三か月余りが過ぎました。


 今は、友との約束を果たすために王都へ向かおうとしていますが、時間的には余裕があります。

 普通の人は、カボックを出て最低でも5日の旅をしなければ王都には到着できないのです。


 まぁ、王宮魔法師団の方々も私が転移魔法を使えることは承知しているかもしれませんが、それを一般に公表するほど阿呆では無い筈です。

 そんなことをすれば、敵対する国若しくは組織から勧誘の手が私に伸びます。


 そうしてその勧誘を許すほど王宮魔法師団も馬鹿ではないでしょう。

 仮にそうしたことにも対策が取れないほどの無能な集団であれば、この国に居るのは危な過ぎることになります。


 さっさとこの国を追ん出ることにいたしましょう。

 知り合いはできましたけれど、この国を去ることに左程の未練はありませんから。


 王都を訪問することは、既にパルバラさんへ連絡を入れています。

 多分パルバラさんから王宮魔法師団へは然るべく連絡がされている筈です。


 今回の王都訪問のメインは、王宮魔法師団を訪ねることで、他のギルド等には関係がありません。

 時間を置いたことで、魔法師団の方々にも考える時間を与えましたし、当時は多少憤慨していた私の方も今では双方の行動がと割り切っています。


 宿の方は手配していませんが、まぁ、何とかなるでしょう。

 ナブラ後乾季四の月三日に、カボックを出発、その日の昼前には、王都を囲う三の廓の南門付近に認識疎外を掛けたまま到着していました。


 但し、王都には入りません。

 そのまま城壁沿いに歩いて東門方向へ向かい、そこから街道沿いに王都を離れることにします。


 王都の東には宿場町のロアンズという町があります。

 今日はそこで宿を見つけ、ロアンズ周辺を散策する予定なのです。


 少なくとも7日昼頃までは、王都に入らず周辺の宿場町に泊まりながら、地域の植生や鉱物資源などを調べてみるつもりでいます。

 歩き回ることで私の脳内マップがより正確になり、同時にリリーもアカシックレコードの情報との照合がこれまで以上にできるようになります。


 王都滞在中、暇があれば、北門、西門から出た先の街道筋も調べてみたいと思っています。

 少なくとも転移できる場所を確認しておけば、何かあった場合に便利ですよね。


 カボック周辺には、既にそうした転移できそうな場所を相当数確保しているんです。

 因みに、人通りの多い街道沿いを歩いている時はダメなんですけれど、街道から離れた山野を散策する時はパティとマッティを連れて歩いています。


 外歩きの際にずっと私の亜空間に閉じ込めておくのも何となくかわいそうですからね。

 尤も、本人たちに言わせると私の亜空間の中は居心地が良いので左程苦痛ではないそうなんです。


 宿でも夜には亜空間を出て部屋の中に居ますし、一緒にベッドで寝ているんですよ。

 犬や猫なら毛が抜け落ちたりして掃除が大変なのでしょうけれど、パティやマッティは神獣だけあって、そうした手間暇がかかりません。


 本当に不思議な生き物ですよね。

 いずれ転移の距離を伸ばして、北若しくは南の大陸を訪れ、パティとマッティの故郷に連れて行きたいとは思っていますけれど、いつになるかはわかりません。


 今のところ、リリーの能力でも、パティとマッティの出所を探るのは至難の業のようです。

 私のレベル上げに伴って、リリーのレベルが上がって、より多くのアカシックレコードに接することができるようになれば、パティとマッティの故郷も簡単にわかるかもしれないので、やみくもに探すよりはそちらの方を期待している私です。


 予定通りナブラ四の月7日の午後には南門から王都に入りました。

 パルバラさんにはおおよその到着予定を7日の午後と手紙で知らせていたのですけれど、パルバラさんがわざわざ南門まで迎えに来てくれていました。


 四の時からパルバラさんが、五の時からラミアさんが、六の時からカレンさんが、それぞれ手分けして迎えに出る手筈だったようです。

 王都に到着して直ぐにパルバラさんのお勧めで「プラミスのふところ」という女性専用の宿に宿泊の手配をしてから、ラミアさんやカレンさんにも挨拶に行きました。


 王都での予定については、夕刻にニクラウス・ベルデン副師団長が私の宿屋に来て打ち合わせをしてくれるそうです。

 「プラミスの懐」では、殿方が二階以上に上がることはできないのですけれど、一階のロビーや食堂で会うのは許されているみたいです。


 隅の方で遮音結界を張りながら話をすれば内緒話もできるでしょう。

 王都での滞在予定は、一応最大で五日間を予定していますので、魔法師団側のスケジュール調整も十分可能だと思っています。


 その為にわざわざ半月前にパルバラさんに手紙で予定を伝えておいたのです。

 この世界では、郵便に代わるものとして書簡を相手に届ける飛脚制度があります。


 平民が利用するのは商人が経営している飛脚屋ですけれど、貴族の場合は貴族専門の飛脚問屋や自前の伝書使を使います。

 貴族専門の飛脚や伝書使は武人が書簡を届けるために、余程のことが無いと届かないという事故は起きないのですけれど、商人が請け負う飛脚屋の場合は、時として魔物の襲撃等で不達になることも未開地などではよくあるようです。


 カボックと王都の間は比較的安全な街道なので、そうした心配はほとんどないそうですよ。

 仮に不達の場合には、依頼主に連絡が来ますけれど、飛脚屋から弁償などは行われません。


 もし弁償まで伴う様なものであれば、庶民には手の届かない料金体系になってしまうでしょう。

 リリーから得られたイスガルド世界のミニ・トリビアでした。


 その日の夕刻の打ち合わせで、幹部への挨拶は前回の王都訪問で終了ということにして、明日の午後に王宮魔法師団の訓練風景の見学、更にその翌日の午後に魔法師団の訓練場での土魔法と氷魔法の披露を私がすることになりました。

 今回は、夜のパーティーの開催は予定されていませんが、その代わりに師団長と副師団長他二名を交えての会食が予定に入れられました。


 それというのも酒が入ると魔法師団の人達が往々にして気が大きくなりすぎて問題が生じやすいので今回は最初から外したようです。

 その代わりに、パルバラさんを始め、女性三人が会食に招待されることになりました。


 会食場所は、王都でも有名なお食事処なのだそうですよ。

 一応のスケジュールが確定し、余裕をもって動けそうですね。


 何も無ければ四日目には王都を発つこともできそうです。

 その夜、ケアノス正教会に忍び込み、随所に盗聴マイクを仕掛けてきました。


 後々録音データの確認と整理が大変なのですけれど、ケアノス正教会の悪事をこのまま放置するつもりはありません。

 少なくとも王宮への告発を考えていますし、最悪ケアノス正教会のシンボルである大聖堂をぶっ潰すつもりでいます。


 出来ればケアノス正教会の組織そのものを壊滅させたいですね。

 それにより路頭に迷う者が出ても止むを得ないと考えています。


 少なくともケアノス正教会が行っている不正をめさせることはできると思います。

 現在まで領都とカボックのケアノス正教会だけでも、人身売買に手を染めていることがわかっています。


 治癒魔法を施す代わりに高額の報酬を要求するのはまだ可愛い方で、聖職者の治癒師でありながら闇魔法に手を染め、呪術で健康な者を病にかかったように見せかけ、高額な報酬をだまし取った上に、借金で縛って身売りをさせているのです。

 流石に見過ごせなくって、呪術を使える者の能力をギアスで封印し、同時に被害者の偽病を人知れず払拭しました。


 恐らく王都でも同じようなことをしているのだと思います。

 その組織的な犯罪を暴けば、王宮の然るべき人物がきっと動いてくれるでしょう。


 巨悪をのさばらせてはいけませんよね。

 三日あれば、多分犯罪の立証は可能なはずです。


 尤も、王宮魔法師団の方にも動いていただかねばなりません。

 呪術であるか否かを見破るのは、相応の能力を持った人物でないとできません。


 魔法師団長のディックマン・ゲバルトさんにその能力がありそうです。

 会食の際にお願いすることにいたしましょう。


 私が行った人物鑑定から見ても、多分、魔法師団長ならば協力していただけるだろうと思っています。


 ◇◇◇◇


 俺は、王宮魔法師団長のディックマン・ゲバルトだ。

 ひなにも稀な美人は、中々扱いにくい気性のようだった。


 まぁ、俺の部下たちの素行の悪さが原因ではあるんだが、王都に招請した冒険者は希代の魔法師だった。

 部下たちを悪しざま・・・、いや、適度に抑えてはいたようだが、とにかく痛烈に非難したうえで、ニクラウス・ベルデン副師団長がせっかく準備したスケジュールを全て放棄してドロンしやがった。


 止める間も有ればこそだが、無詠唱で伝説になっている転移魔法で目の前から消えやがった。

 あれは防げない。


 仮にエリカという若い女がしようと思えば、国王の背後に現れて心の臓を一突きすることだって難しくは無いだろう。

 俺にしたって自分が狙われた場合、防ぎようが無い筈だ。


 相手は駆け出しの冒険者とは言うが、ゴブリンキングの首を一太刀でねるようなやつだ。

 俺が少々の身体強化を行ったところで防げるはずもない。


 まぁ、放置するには危険な存在なんだが、同時に鈴をつけるのも楽ではない。

 機嫌を損ねたらそれまでの話だ。


 国王は権威的に怖い存在ではあるが、同様にエリカ嬢は実質的な能力で非常に怖い存在だ。

 恐らくこの国にはエリカ嬢に対抗できる存在は居ないだろう。


 味方であればこれほど心強いことは無いが、絶対に敵に回してはならない存在なのだ。

 それがわかっただけでもエリカ嬢の王都招請は大いに意味が有ったのだろう。


 そうしてエリカ嬢が王都から姿を消して二か月足らず、彼女はベルデン副師団長との約束を守って王都に上京してくれた。

 少なくともパルバラを始め、王都招請の際に世話役となった女性三人は十分にその大任を果たしてくれたようで、エリカ嬢を我が国に繋ぎ止めてくれている。


 俺が望むのは国の平穏だけであり、彼女を利用しようという気はさらさらない。

 但し、この国で彼女の知己が増えれば、或いは、それらの知己の者を守るために動いてくれるかもしれないと思っている。


 ある意味で気まぐれな女神のようだな。

 近寄りがたい存在だが、彼女の好意次第では頼れる味方になってくれるはずだ。


 そうして彼女自身は、余り自分の能力をひけらかしたりはしていないようだ。

 つい先日も、リチャード王太子殿下の嫡男クレストン殿下が陰謀に巻き込まれ、王城内で毒で害されるという、あってはならない事件が起きた際、治療に当たった聖職者や治癒師が見放したにもかかわらず、一夜にして快癒なされたという秘跡の極秘情報が流れた。


 その前後のできごとを調べた結果、どうも元第二王女であったサルザーク侯爵夫人が見舞いに駆け付けた直後に快癒されたらしい。

 そもそもが発症したその日の内にエマ元王女が王都に現れたこと自体が時間的におかしい。


 侯爵家に嫁がれたとはいえ王太子殿下の妹君だから、発症した午前中には緊急通信が為されたのであろうと思われる。

 それからカボックを発ったのでは、王都到着はどんなに急いでも三日後か四日後になるはずだ。


 にもかかわらず、その日の夕刻には王都に馬車で現れたということは、絶対にエリカ嬢が関わっている。

 エマ様の見舞いには二人の侍女が付いていたそうだが、そのうちの一人はエリカ嬢に違いなく、クレストン殿下のお命を助け参らせたのもおそらくエリカ嬢ではないかと思っている。


 しかしながら王家からの発表はクレストン殿下が突然の発病の後、快癒されたという話を公式に伝えるのみで何故にそうなったのかの発表もなかった。

 俺の立場でこれ以上の詮索はできないのだが、何となく肝心なところが抜け落ちている一幅の絵画を見ているようで落ち着かない気分だな。

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