第39話 二つの教会組織

 エリカです。

 エマ様のお願いも有って王都からの帰還は翌日になりました。


 その為に、クリスさんはお泊りの手配で色々と忙しそうでした。

 王都二の廓に侯爵の王都別邸が有るので、その日はそこにお泊りなのです。


 お陰で色々と秘密を守ってもらわねばならない人が増えてしまいました。

 何しろメイド姿の見知らぬ若い女がエマ様の客人扱いなのですから、別邸の使用人たちが戸惑い、不審に思うのは当然でしょう。


 でも別邸ではともかく、王都を出るまではこの装いと仮面を剥がすわけには行かないのです。

 それでも将来王様になる予定の王家嫡男を何とか無事に助けられて良かったですね。


 カボックに帰還して数日経ってから、私の周囲にケアノス正教会の影がまとわりつき始めましたが、無視しています。

 接触して来ようとするものは完全にシャットアウト、場合によっては脅しもかけました。


 ケアノス正教会に関わる者に対しては、絶対に信用しません。

 念のため錬金術で諜報用に使える盗聴器と録音装置を作りました。


 盗聴器は非常に小さな平たい碁石のような円盤型です。

 直径は約3ミリ、厚さは約1ミリほどのものです。


 魔法陣を描いて認識疎外を掛けてありますので、容易なことでは発見できません。

 片面は粘着物質で、壁、天井などの平たい場所ならどこにくっつく代物です。


 盗聴装置で音を拾い、もう一つの魔法陣で音声を転送して録音機に記録できるようにしているんです。

 そのため、この盗聴装置に常時張り付いて聞いている必要はありません。

 

 魔道具の録音機に時間表示も可能なようにしているので、人の音声だけを拾うようにしているんです。

 領都にあるケアノス正教会の枢機卿及びカボックにあるケアノス正教会の司教の居室を中心に十か所ほどの場所を選定して、盗聴しました。


 王都については、次に王都に行った時に設置してくるつもりです。

 いずれにせよ音声がある時だけの再生で済みますのでらくちんですよね。



 結果としてケアノス正教会というのは碌なことをしていない団体だということが良くわかりました。

 今のところは取り敢えず監視だけに留めますが、より重大な犯罪を見つけたなら潰すつもりでいます。


 これとは別に、聖ブランディーヌ修道院の修道女さんがとある件で私の家を訪ねて来ました。

 実のところ、私はカボックの冒険者ギルドにも登録していますので、一月に二~三度はギルドに顔を出すんです。


 ギルマスが言った通り、一月に一度は冒険者のランクが上げられていて、今では、Cランク相当の赤鉄(RI)になっています。

 ギルマス曰く、黒鉄までは何もせずとも上げるそうですけれど、上級になる銀と金についてはギルマスの一存では上げられないそうです。


注)冒険者ギルドのランク:

 ① 赤銅(「RC」ともいう) Fランク 初級の1

 ② 青銅(「BC」ともいう) Eランク 初級の2

 ③ 白銅(「WC」ともいう) Dランク 初級の3

 ④ 赤鉄(「RI」ともいう) Cランク 中級の1 

 ⑤ 黒鉄(「BI」ともいう) Bランク 中級の2

 ⑥ 銀(「シルバー」ともいう)Aランク 上級の1

 ⑦ 金(「ゴールド」ともいう)Sランク 上級の2

 ⑧ 紅白金(「レッドゴールド」ともいう)SSランク 超上級の1

 ⑨ ミスリルSSSランク 超上級の2


 以上9段階のランクがあるけれど、レッドゴールドやミスリルのランクの保有者はここ数百年ほども出現していないそうです


 いずれにしろ、いつものごとく冒険者ギルドに顔を出して、暇そうにしていた受付のミリエルさんと駄弁っていましたら、突然、ギルドに血だらけの若い女性が運び込まれてきました。

 運んできた仲間と思われる男女も皆なにがしかの傷を負っていますけれど、担がれて来た女性が一番傷の程度が酷いようです。


 右太腿の太い血管が傷ついているようですので、放置すれば死に至ります。

 残念ながら中級ポーションでもこの深い傷は癒せません。


 これを治すには創傷ポーションが必要ですけれど、私もまだ素材が手に入っていないので造っていませんし、仮に有ってもこんなところで使ったら大騒ぎです。

 でも放置はできませんよね。


 仕方がありませんので、昔取った杵柄で外科手術をいたしましょう。

 傷口は何か鋭利なもので切られたのか比較的綺麗です。


 これが噛み傷などえぐられたような傷だと外科手術も面倒なのですけれど、この傷の場合は、傷口を縫い合わせるだけでも救命措置は可能なんです。

 とにかく出血を抑えないと失血死です。


 幸いにして大腿部の根元をベルトで緊縛していますので出血は多少なりとも抑えられています。

 私は普段から持ち歩いている簡易の手術用具をリュックから(実はインベントリに入っています。)引っ張り出し、その場で傷口を縫い合わせました。


 糸はタルバさなぎから得られた絹に近い動物性繊維です。

 リリーの情報では、前世でも用いられていた吸収性縫合糸と互換性があるそうなんです。


 傷口は大きく、15針も縫いましたけれど、一応はこれで大丈夫な筈です。

 周囲に居る人にはわからないように切れた動脈や太い血管はきちんと魔法で縫合・接着させましたから、残りは毛細血管だけで、こちらはある程度放っておいても自然につながります。


 少しは内出血の所為でで黒ずむかもしれませんが、いずれは治ります。

 人体の自然治癒力はとっても凄いんです。


 私は手早く縫合手術をしましたけれど、周囲にいる者はこんな手術は初めて見たのでしょうね。

 みんなぽかんとしていました。


 まだ意識のあった患者の傷口に中級ポーションを振りかけ、半分を飲ませて手術は終わりです。

 振りかけたポーションは消毒の代わりになるんです。


 これが五日前のことなんですけれど、その際に聖ブランディーヌ修道院の関係者がたまたま冒険者ギルドに来ていたそうで、その様子を見ていたそうです。

 そうして、修道院に戻ってから修道院の院長や他の皆さんにお話ししたらしく、今日私の家を訪れて来たのは修道院の院長様でした。


 聖ブランディーヌ修道院の聖職者も数は少ないのですけれど聖属性の治癒魔法を行使できるものが居て、地域の医療活動を少なからず実践しているそうです。

 尤も、ケアノス正教会の関係者が金になりそうな患者や病人ならば、引っさらうように確保するらしく、修道院で扱う患者は貧民だけになると苦笑しながらぼやいていました。


 院長様も治癒魔法を使えるのだそうですけれど、生憎と急所が傷つけられた怪我人は助けられることが少ないそうです。

 院長様もきこりが誤って同業者に重傷を負わせたため、運ばれきた怪我人に治癒を試みたそうですが、出血が酷くて命を救えなかった経験があるのだとか。


 そうして、今回の冒険者ギルドでの一幕は、治癒魔法を使わずに若い女性冒険者の命を救ったと聞いてその詳細を確認しに来たのだそうです。

 私のところに来る前に、冒険者ギルドを訪ね、今は宿で安静にしている怪我人にも会ってきて傷跡を見せてもらい、その上で施術した私を訪ねて来たようです。


 傷口を縫い合わせるなどということは、治癒魔法の使い手では思いもつかなかったことらしく、それが人の命を救うのに有効な方法であれば是非にも学びたいと思い立って、ここに訪ねて来たようです。

 要は手術を教えて欲しいということなのですが、さてどうしましょう。


 縫合手術は教えられますけれど、それだけではダメなんですよね。

 人体に関する基礎知識と衛生に関する基礎知識が無いと、下手に真似だけされると、助けられる命をかえって危険に晒すことになりかねません。


 そこで院長様とも相談して、修道院で勉強会をすることにしました。

 リリーにも確認しましたけれど、ケアノス正教会と違って、聖ブランディーヌ修道院は清貧な宗教組織のようです。


 但し、教会組織としてはケアノス正教会の方が大きく、金も持っているようですね。

 少なくとも聖ブランディーヌ修道院に医療の基礎を教えても問題は無いと思います。


 但し、私は明日から暫くは王都に出かける予定にしています。

 ですから修道院に出向くのは半月後にしてもらいました。


 本当はもっと短くても構わないのですけれど、カボックから王都までは、通常だと片道五日かかることになっています。

 ですから往復十日と滞在日数分だけ、一応不在に装う必要があるのです。


 そのまま馬車に揺られて行くのもいいんですが、あれはお尻が痛くなるので勘弁です。

 私は自堕落な女ですから、昔から楽な方を選ぶことにしているんです。


 王都までの道筋は、転移場所も確定していますので馬車を使う必要はありません。

 この際ですから王都に行った際に、周辺を歩いて転移する場所を色々選んでおくつもりでいます。


 勿論王都での用事は済ませますけれどね。

 そんなことがありまして、半月後にはカボック市内の南のはずれにある聖ブランディーヌ修道院を訪問する約束をいたしました。


 面倒は面倒ですけれど、元医者の私としては、人々に対する医療提供体制を育てられるのであれば協力もやぶさかではないのです。



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