第三章 厄介ごとですねぇ

第38話 エマ様の依頼

 王都は二の月14日夕刻には発って、連続で転移魔法を使い、その日の内にカボックの我が家に帰りついていました。

 王都に赴く際に、それぞれの宿場町で転移できそうな場所を予め選定しておいたからこそでできることですけれどね。


 今のところ安全策を取って遠距離転移はしていません。

 リリーの話では、問題なくできる筈というのですけれど、間違いがあって壁の中に挟まっているような状態を思い浮かべるとちょっと怖いので簡単にはできません。


 こういうのは慎重にゆっくりと少しずつ推し進めるのは成功の秘訣なんです。

 私は意外と慎重居士しんちょうこじなんですよ。


 カボックへ戻った翌日には、サルザーク侯爵の元へも報告に伺いました。

 王宮魔法師団のベルデン副師団長から通報を受け、それなりの頼みも聞いている様ですので、あるいは心配をしているかと思われたからです。


 侯爵様もまさか本当に王宮魔法師団と喧嘩して帰って来るとは思わなかったよと笑っておられました。

 侯爵様の感触では、王宮魔法師団も左程悪い感情は持っていないだろうということでしたので一安心です。


 副師団長との話から概ねわかってはいましたが、少なくともお尋ね者の逃亡者にはならずに済みそうです。

 実のところ、王都土産は侯爵様に贈るのに相応ふさわしいものがありませんでしたので、市場で見かけたガラス製品をアレンジして、彩色の上、綺麗な飾り物にしてお渡ししました。


 本来の王都土産ではありませんが、出所・由来を黙っていればかまわないでしょう。

 この土産物は、別の機会にお邪魔した時には、侯爵邸の玄関ホールの目立つところに置かれていました。


 多分気に入っていただけたのだろうと思います。


 ◇◇◇◇

 

 王都から戻って一月ほどしてから、侯爵家から急ぎの使者が我が家を訪れました。

 サルザーク侯爵の夫人であるエマ様からの緊急のお呼び出しだそうです。


 手紙では伝えられない依頼があるので、侯爵邸まで至急に来て欲しいとの伝言でした。

 転移の魔法は、もうばれているかもしれませんが、余り吹聴するわけにも行きませんから、使者が引き上げてからエルブルグへ跳び、侯爵邸を訪ねました。


 多分、使者が戻るよりも早く私がお屋敷に着いていますけれど、止むを得ませんよね。

 侯爵邸ではすぐに迎え入れられ、エマ夫人とお会いできました。


 侯爵様もご一緒です。

 用件は、エマ様の甥っ子であるクレストン様が急な病に伏せられた由で、エリカの能力で何とかクレストン様を治せないだろうかというお願いでした。


 クレストン様はエマ夫人の実兄であるリチャード王太子の嫡男で現在13歳。

 もし彼に万が一のことがあれば、エマ夫人の子である二人の男子のいずれかが将来的に王太子になりかねないのだそうです。


 リチャード王太子には三人のお子がいるものの男子はクレストン様一人だけ、エマ様としては、我が子が王太子になるのは大変名誉なことではあるけれど、我が子が王城に入って離れ離れに暮らすのはできれば避けたいと考えている様です。

 更に背景にあるのは、王族ではあるものの王弟をかつぐ一派が主だった貴族の中にあるそうで、王家の諜報機関の推測ではそれらの手の者がクレストン王子に毒を盛った可能性が高いとされているのだそうです。


 但し、生憎と服毒した毒物が特定できない上に王都の聖職者や治癒師ギルドではどうにも手が出ないらしいのです。

 その連絡が緊急通信で侯爵家に届けられ、直ぐにエマ夫人が私へ使者を遣わしたようです。


 なんとまぁ、面倒な話ですね。

 放置すると13歳の少年が死ぬことになります。


 元医者としては放置できませんけれど、これって王家の政争に巻き込まれる話ですよね。

 それに面倒な聖職者や治癒師ギルドも関わっているし、何とか内密に治療に関わることは可能なのでしょうか?


「正直に申し上げて、私がても治せるという保証はありません。

 しかしながら王族であろうとなかろうと、一人の少年の命がかかっているのなら放置はできません。

 また、出来るならば、王城に出入りする聖職者や治癒師に私の存在や能力を知られたくありません。

 それで、つかぬことをお伺いしますが、エマ様が直々に王城へクレストン様の見舞いに行くことは可能でしょうか?」


「ええ、それはできるけれど、ここから五日もかかっていてはクレストンが持ちそうにないわ。」


「或いはお聞き及びかも知れませんが、私は転移魔法が使えます。

 何度か転移の魔法を繰り返せば、王都までは左程の時間を要しません。」


「あら、それならすぐにも王城へ乗り込めるわね。

 でもあなたを連れて行けば、すぐにも秘密が色々とばれてしまうのじゃなくって?」


「若し、差し支えなくば、御付きのメイド二人をお連れ下さい。

 そのうち一人は私にしていただきたいのです。

 王城の中に入るにはチェックが厳しいと存じますが、元王女様であればそのチェックも緩い筈。

 御付きの者もエマ様が保証すれば王宮の中へも潜り込めましょう。

 クレストン様のお傍まで何とかご一緒できれば、クレストン様を診ることも可能ですし、場合により解毒も可能となるかもしれません。」


「なるほど、わかったわ。

 ならばすぐに用意しましょう。

 フローレンス、すぐにエリカ嬢に合うメイド服を準備してね。

 勿論、王城に上がる際の上級服ですよ。

 その間に私も外出の準備をします。

 荷物は左程は必要ありません。

 精々一泊か二泊で用意してね。

 ところで、王都について王城まで徒歩というわけには行かないのだけれど、我が家の馬車も一緒に運べるのかしら?」


「やってみたことは無いのですが、出かける前に一度試してみましょう。

 今からいたしましょうか?」


「いいえ、メイド服を準備する方が先よ。

 フローレンス、メイドのもう一名はクリスを準備させて。

 彼女なら王城での動きも承知しているから・・・。」


 メイド長のフローレンスさんは大きく頷いて早速準備にかかりました。

 私のメイド服はすぐに用意され、エマ様の準備にはさらに四半時ほどかかりましたが、その間に侯爵邸のお庭で馬車の転移ができることを確認しています。


 馬車にはエマ夫人、メイドのクリスさん、それに私と騎士二名が乗り組み、馬丁一人が乗っています。

 同行する者には秘密厳守を誓わせ、契約魔法で縛りましたので秘密は守られるはずです。


 そうして、認識疎外を掛けた馬車を馬ごと転移させます。

 馬が驚いてもいけないので闇属性魔法で暗示をかけて馬を安心させています。


 四度転移を繰り返し、最後に到着したのは王都郊外の街道の脇にある空き地です。

 先日王都外に薬草を取りに出た時に確認した転移可能な場所でした。


 その際は馬車ごと転移することは考えていませんでしたけれど、ちょうど木立の陰になっていて、街道からは見えにくい場所なんです。

 それから馬車で街道に出て王都城門に向かい、領主邸を発ってから一刻足らずで王都の中に入ることができました。


 前回王都に入った時には、列に並んで入りましたのでかなりの時間を要したのですけれど、流石に侯爵家の馬車ですね。

 一般の者とは別の扱いとなり、すんなりと入ることができました。


 それから一刻ほどかかって二の廓、一の廓の門を抜け、ようやく王城に入ることができました。

 門の近くで馬車を降りて、広い王城の中を徒歩で移動です。


 それでも元第二王女のエマ様の権威は非常に大きく、殆ど停滞することなく王城東離宮にあるクレストン様の居室に辿り着きました。

 但し、王城に入った時から警護の騎士と馬丁は下馬処げばどころの陣屋で待機になり、エマ様に付いているのはメイドのクリスさんと私だけです。


 勿論、王城内の執事一名がエマ様を先導していますけれどね。

 ようやく辿り着いた寝室には沈鬱な表情の男女二人を含む数人が居ました。


 王太子殿下のリチャード様と王太子妃殿下のエルネスティーヌ様です。

 エマ様がすぐにお二人に挨拶を交わし、お見舞いを申し上げるとともに、打ち合わせ通りに人払いを頼んでくれました。


 お二人は不審に思いつつも、メイドや治癒師などの者を下がらせてくれました。

 私の方でちょっとだけ王太子夫妻に対して闇属性魔法をかけた所為でもあります。


 直ぐに私が治療に掛かります。

 部屋に入った時に即座に鑑定をかけて、クレストン様の様態と毒の確認をしています。


 毒物の確定にはリリーの情報が役立ちました。

 大陸南部の未開地域に棲息する毒ガエルの毒で、これまでのところ解毒薬はありません。


 でも私の知識と能力で体内の毒物を検出し、分解して無害なものに変えることはできます。

 その作業のために、エマ様にお断りしました。


「これから処置いたしますが、毒が既に全身に廻っていますのでマーガレット様の時よりも幾分派手な光が出るかもしれません。

 王太子ご夫妻に驚かれないよう、また、秘密厳守のことどうかご注意をお願いします。」


 エマ様が頷き、王太子夫妻に言いました。


「お兄様それにお義姉様、これから私の伴の者が秘術を使いますが、このこと決して他言無用にお願いします。

 もしこれが教会関係者などに知られると無用の騒乱を引き起こします。

 この秘密厳守がお約束いただけないのであれば、クレストン殿の治療はできません。」


「なんと、助けられるというのか?

 クレストンの命が救えるのであれば何でも約束する。」


 王太子妃殿下も大きく頷き、縋るような目つきで私の方を向きました。

 ばれる危険性を承知の上での話ですけれど、人の命を救うためですから多少のリスクは負う覚悟はできています。


 私はクレストン君の身体に正対し、両手を広げて右手は頭部に、左手は腹部の上方に構えました。

 クレストン君の身体を包み込むように繭上の結界で包み込み、その中で毒を分解させます。


 結界は淡い緑色に光りました。

 その上で体内の毒を分解させるための聖魔法を掛けると、体内から紫に近い小さな塊がじわじわと噴出してきて、宙に浮かぶとスッと泡のように消えてゆきます。


 そんな現象が五分ほども続いて、解毒が完了しました。

 そうしてもう一つ、クレストン君には呪いがかけられていることにも気づきました。


 結界で覆ったことにより、分かった事実です。


「エマ様、クレストン様には呪いがかけられている御様子です。

 左程強力なものではないものの、放置すれば将来的には大きな害になるやもしれません。

 解呪してもよろしいでしょうか?」


「解呪というのは、呪いを解くのね?」


「はい、左様でございます。」


 エマ様、王太子殿下夫妻の三人が顔を見合わせ、互いに頷きました。


「やって頂戴。」


 私は解呪のための魔法陣を空中に描きました。

 これは呪いを解くというより、呪いを返す魔法なので、呪をかけた術者は、倍返しで身に受けることになります。

 

 空中の魔法陣が回転しつつやや大きくなって、一瞬、金色に光って消滅すると解呪は完了です。

 私達が到着した時には、瀕死の状態で呼吸の荒かったクレストン君の呼吸も和らぎ、脈も正常に戻りました。


 熱も少し有ったのですけれど今は平熱に戻っています。

 魔法は凄いですよね。


 前世の最新の医療でもここまで一挙に治すことはできません。

 前世ならば解毒措置を施してから、二、三日療養して様子見で全快判定となるのでしょうけれど、クレストン君の場合、発症が今朝の話ですので、体力的にも左程消耗はしていません。


 毒の影響で内蔵の働きが全般的に悪くなって臓器不全に陥っていただけなのです。

 まぁ、後二時間も放置されていたなら死んでいたでしょうけれどね。


 これまで人事不正に陥っていたのですけれど、クレストン君も間もなく目を覚ましそうです。


「処置はすべて完了しました。

 間もなくクレストン様が目を覚まされると思います。」


 私がそう告げて三秒後にクレストン君が目を開けました。


 王太子殿下ご夫妻がすぐにベッド脇に寄り添い、話しかけられました。

 その間に、私はエマ様に情報を伝達します。


「使われた毒は、ヴィサ・タバライと呼ばれる大陸南部地域に棲息する毒ガエルの毒ではないかと思われます。

 表皮に滲み出る毒物なので素手で触れたりすると危険ですが、これを矢じりに塗るなどすると強力な武器になります。

 クレストン様の左手の甲に小さな擦り傷がございますので、或いはそこから毒が入ったやも知れませぬ。

 この王城内に普通にあるような代物ではございませんから、誰かの悪意によるものと推測され、メイド、執事などのクレストン様の周囲に居た関係者が疑わしい可能性もあります。

 クレストン様が手の甲に擦り傷を負った際の出来事をもし覚えていらっしゃれば或いは犯人を特定できる手掛かりが得られるかもしれません。」


「わかったわ。

 我が従弟いとこ殿に秘かに動いてもらうことにする。

 して、呪いの方は誰がかけていたものなのかは、わからぬか?」


「解呪で呪を返しましたので、術者は急に体調が悪くなったかもしれませんが、この程度で死に至ることは無いでしょう。

 恐らくは魔法が使える者ですので、魔法師団の隊員、若しくは教会関係者が怪しい可能性もあります。

 更には闇ギルドの構成員でそうした術者がいるかもしれません。」


 エマ様は、微笑みながら言いました。


「なるほど、そなたは色々と知っておる様じゃな。

 今後とも私や夫のために動いてくれるとありがたいのだが・・・。

 無理は言うまい。

 此度は本当に有りがとう。

 感謝している。」


 後に、クレストン様付きのメイドの一人が殺害され、王城内の一角で死体で発見されました。

 秘密が漏れることを嫌った主塊が末端を切り捨てたものと王家の諜報機関は判断しているようです。


 どうやら王城の中には権棒術数が渦巻いている様子ですね。

 私はできるだけ近づかないようにしましょう。


 ちゃんと秘密を守ってくれるかなぁ。

 まあね、状況からしてサルザーク侯爵の手の者に治癒魔法の使い手がいると推測は付くでしょうけれど、それでもその存在を明らかにしないことが大事なんです。

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