第37話 パルバラの感想

 私は、王宮魔法師団第二中隊副隊長のパルバラ・シュミットバウアーです。

 王都に招請する女性冒険者のエスコートを副師団長から直々に命じられました。


 何故、冒険者風情をと不思議に思ったのですけれど、副師団長から理由を聞いてびっくりしました。

 冒険者はカボック近郊で発生したゴブリンの集団発生に対応した女性で、しかも討伐隊に参加したのは冒険者に登録してから僅かに十日足らずの初心者だったそうです。


 普通ならばそんな初心者を討伐に連れて行ったりはしない筈なのですけれど、彼女は索敵能力に優れていたために、討伐隊に組み込まれたようです。

 そうして実際に相当な遠距離からゴブリンを見つけ出し、その巣穴とでもいうべき洞窟までゴブリン共に気づかれずに案内したようです。


 討伐隊は、巣穴に潜り込んでいるゴブリンをいぶし出すために、洞窟の入り口で煙を出し、ゴブリン共を洞窟内に留まれないようにして、退治を始めたのですけれど、最終的にゴブリンキングをトップにジェネラル二匹のほか、メイジ、アーチャー、ソルジャーなど二十匹ほどが出て来て、討伐隊そのものが危うくなったそうです。

 討伐隊には上級冒険者は三名だけ、残りはほとんどが中級冒険者なのですけれど、ゴブリンソルジャー一匹でも中級冒険者一人では苦戦する場合があるんです。


 増して魔法を使うメイジが一緒にいると、集団としての力は倍増するのです。

 でもそのメイジ、アーチャー、ソルジャーが本格的に暴れ出す前に、土魔法の攻撃で倒したのが、件の女性冒険者なんだそうです。


 名前をエリカさんというそうで、17歳と凄く若い方ですよね。

 でも「土魔法で攻撃をなした」という意味が私には理解できませんでした。


 土魔法は陣地構築などには役立ちますけれど、攻撃魔法が使えないので魔法師団の魔法師の間ではハズレと揶揄やゆされているのです。

 そうしてもう一つ、上級者三名だけでは、残ったキングとジェネラル二匹の相手が厳しかったようで、かなり押されて拙い状況であったのを救ったのが、またしてもエリカ嬢だったようです。


 何と氷の槍六本を空中に造り出して、射出することで、強大な防御力をもつ三匹に致命傷にもなるような傷を負わせたそうです。

 ジェネラル一体はそのまま絶命させ、さらに重傷を負って動けなくなったもう一体のジェネラルは対峙していた上級冒険者の手により首を撥ねられたようです。

 

 キングもかなりの重症を負ったようですけれど、相手をしていた上級者を無視するとエリカ嬢に向かって突進したようです。

 普通であれば、キングに対して初級冒険者など全く相手にならないはずなんですけれど、何とエリカ嬢、襲ってきたキングの首をショートソードの一振りで跳ねちゃったそうです。


 上級者でも簡単にはできないことを初級冒険者になったばかりのエリカ嬢がしてのけたんですが、何だか剣術もできそうな冒険者ですよね。

 それよりも、って一体何なのですか?


 魔法師団にも氷魔法を使える魔法師が居ないわけでは無いのですけれど、氷魔法って実はとっても使いどころが難しい魔法なんです。

 広範囲に氷漬けにできますけれど、敵味方の別ができません。


 また、氷を武器に使うのも難しく、精々氷で造った槍衾を地面の上に固定するぐらい?

 それも冬場じゃないと無理みたいです。


 ですから氷の槍を飛ばして、魔物を退治したり敵を倒したりするなんて話はこれまで聞いたことがありませんでした。

 ベルデン副師団長がその情報を得て、彼女を王都に呼ぶことにしたようです。


 但し、彼女は錬金術師であり、かつ薬師でもあるんだそうで、商業ギルドに収めている砂糖の件で商業ギルド本部が、また、史上最年少の錬金術師と薬師の資格を得た者として、その受験時の実演がこれまでにない方法だったことから、錬金術・薬師ギルド本部が、それぞれ連携してエリカ嬢を王都に招こうとしていたので王都騎士団もその機会に乗っかったようです。


 王都滞在中の公式・非公式行事には王都騎士団から私がエスコート(付き添いの世話)役を務めることになりました。

 ところが蓋を開けると商業ギルドからも一人、錬金術・薬師ギルドからも一人世話役が選出されていて、私を含めた三人が付かず離れずエスコートをすることになりました。


 お陰で、王都商業ギルド受付筆頭のラミアさんと、王都錬金術・薬師ギルドの受付筆頭のカレンさんとはすっかり仲良しになってしまいました。

 初めて会った女冒険者のエリカ嬢、事前には何となく男勝りの大柄な女性をイメージしていたのですが、どこにでも居そうな・・・、いえ、違いますね。


 王都でも滅多にみられないスレンダーなとっても格好良い美少女でした。

 冒険者という恰好ではなく普通の町娘風の装いなんですけれど、なんだか流行りの先端を行っている様な感じを受けたのは私だけでは無かったようです。


 エリカ嬢のいないところで、ラミアさんとカレンさんも同じ感想を漏らしていました。

 そうして始まった王都滞在での公式・非公式行事、最初は商業ギルドでのお砂糖作りの実演でした。


 何と、エリカ嬢は機材を使わずに空中で、ベントから砂糖を魔法で加工し、砂糖を産み出したのです。

 しかも時間にして四半時の半分もかかっていません。


 カレンさん曰く、商業ギルドで事前に挑戦した時は三日がかりで茶色のえぐみが混じった糖分の塊を得られただけだったそうです。

 でも、このエリカさんのやり方は、とてもエリカさん以外にはできそうにありません。


 傍らで見ている限り、魔法の操作能力が凄まじく精緻でなければできないでしょうし、なおかつ、魔力が余程豊富でなければ絶対に真似できません。

 エリカ嬢は、他の人が同じような魔法が使えない場合の砂糖の精製方法を種々説明していましたから、商業ギルドでもベントから砂糖を精製することはできそうですが、結構な労力と特別な機材が必要なので、開発が大変そうです。


 次いで公式パーティ、更に翌日の引継ぎのための非公式パーティを経て、錬金術・薬師ギルドでの実演がありました。

 此処でもやっぱりエリカ嬢はほとんど機材を使わずに空中で生活用品や魔道具を、そうして中級までのポーションを作りました。


 私も傍で見ていましたけれど、ものすごく速いんです。

 カレンさん曰く、資格試験では、錬金術師の場合で中級程度の生活用具若しくは魔道具を作り出すこと、薬師の場合は、初級の中程度のHP又はMPポーションを作り出さなければならないのですけれど、それを二の時試験開始から七の時日没時までに作り上げなければならないんだそうです。


 普通の受験者であれば、錬金術師か薬師のいずれか一方を受験し、二の時から七の時までに課題のものを作り上げるのが精一杯なんだそうです。

 でもそうして懸命に作り上げたものが、そもそも品質が基準に達していなくて落ちる場合が非常に多いのだそうです。


 ところがエリカ嬢は、その二つの試験を同時に受けて、しかも見事に合格したのだそうで、錬金術・薬師ギルドの本部でもその報告が即座には信じられなかったそうです。

 そうして、今、エリカ嬢は、私の目の前において錬金術で二品、薬師の術で四品を半時と掛からずに造り上げたのです。


 おまけにその場にいる皆さんのために間食を造ると言って、料理をしながら、白磁の食器を短い間に40セットも造り上げたのにはもうびっくりです。

 勿論、陶器を焼くためのかまなんかはその場に有りませんでしたけれど、見ている限りエリカ嬢は炎を出さずに加熱ができるみたいです。


 そうして普通なら磁器を造り上げるには、焼いたり冷ましたりを三度ほど繰り返すので丸々六日ほどもかかるはずなのに、半時もかからないうちに作り上げてしまったのにはもう完全に脱帽です。

 色々な作業が同時並行で処理されているんですけれど、あれは見ているだけで何となく不思議に感じてしまいます。


 とにかく魔法に関しては規格外の女性だというのはよくわかりました。

 そうして公式のパーティと非公式のパーティが有り、いよいよ我が魔法師団への訪問となりました。


 午前中の幹部の挨拶で問題が発生しました。

 王宮魔法師団は魔法師団長の下に四つの大隊と師団を陰で支える事務局系統の組織からなっています。


 この四つの大隊は、ある意味で魔法師の頂点に居る者達からなる組織ですので非常にプライドが高く、傲慢なんです。

 自分達よりも能力のある魔法師などいないという意識から、往々にして人を見下し、それが常態になっているものですから、一般人に対しては非常に高圧的で口調もぞんざいになります。


 時に高位の貴族や王族にまでぞんざいな話し方になる者すら居ますので、師団長や副師団長が再三にわたって注意・指導を行っているのですが中々改善されません。

 その悪いところがモロに出ました。


 相手は一介の冒険者であり、しかも若い女性です。

 多少の魔法が使えても我ら魔法師団の技量に勝るはずがないとあなどり、客人であるはずのエリカ嬢に横柄な口調で問いただし始めたのです。


 彼らも事前に手渡された資料でゴブリン討伐でエリカ嬢が使った魔法の内容は承知していましたが、そんなものが出来るはずがないという前提から発した質問なので、まるで尋問のような質問のオンパレードでした。

 私から見てもこれはあんまりだと思っていましたけれど、中隊の副隊長に過ぎない私が注意できるはずもなく、そのうちに当のエリカ嬢が切れてしまいました。


 エリカ嬢が言いました。


「大変失礼ながら、皆様にお聞きします。

 この場はどのような集まりなのですか?

 私は幹部へのご挨拶と伺っていたのですが、一体、私は何の罪に問われているのでしょう?

 カボックから五日もかけてこちらに参ったのは、皆さんから異端審問のような扱いを受けるためなのでしょうか?

 若しそうなら、私はこの場で失礼をしてカボックへ直ぐにも帰りたいと存じますが、宜しいでしょうか?」


 ベルデン副師団長が慌ててとりなしましたけれど、エリカ嬢はバッサリと切り捨てました。


「大変失礼ながら、最初からあなた方にはおごりが認められます。

 或いは、王宮魔法師団という組織に属している幹部なのだから何をしても許されると思っていらっしゃるのでは無いのですか?

 私にとっては、王宮魔法師団という肩書は、単なる一つの職場程度の認識にしか過ぎません。

 そうして相手を見下すような言葉の端々はしばしに露骨な蔑視べっしを感じています。

 私はこの国にたまたま流れ着いた者であり、この国にとらわれずに生きることができる者です。

 あなた方の蔑視に耐えてまでこの国にとどまる必要は無いと思っていますので、敢えて申し上げます。

 あなた方の大部分は、少なくとも遠来の客人を迎える礼儀を知らない方たちのようですね。

 ならば、私もそれに呼応して、私を必要として招いた方々への対応とは異にすることにします。

 これ以上のご質問は受け付けませんし、午後に予定されていた実演も公式のパーティへの出席予定も全て取り止めといたします。

 レオンハルト様、短い間ですがお世話になりました。

 また、パルバラさんを始め、付き添っていただいた女性陣の方々にも厚くお礼を申し上げます。

 礼儀知らずには、礼儀知らずで応じるのが私の育った地方の慣行です。

 失礼ながら、私は、この場を勝手に去らせていただきます。」


 そういった途端に彼女はその場から消えました。

 会議室のドアは閉まっており窓も開いては居ません。


 その部屋からいきなりエリカ嬢の姿が消えたのです。

 これはもうびっくりです。


 伝説になっている古の大魔法師が使えたという転移魔法じゃないかと思いますが、まさか現代にそれを使える者が居たとは知りませんでした。

 まぁ、これまで商業ギルドや錬金術・薬師ギルドで見せてもらった魔法だけでも相当なものなので、彼女が転移魔法を使えるとしても不思議ではないような気さえしていました。


 それまでさんざん尋問のような口調で無礼を働いていた大隊長や副隊長の面々はハトが豆鉄砲でも食らったような顔で唖然としていました。

 そりゃぁそうですよね、自分よりも年齢でも能力でも劣っていると考えていた人物に突然伝説級の高位魔法を使われてドロンされれば誰でも面食らいます。


 いずれにしろ、師団長はベルデン副師団長に対して、すぐさま、エリカ嬢を探し出し、最低限彼女の機嫌を損なわなずに縁をつなぐこと、可能ならば王都に今少し残ってもらうよう説得することを指示しました。

 ベルデン副師団長は敬礼をしてすぐに会議場から出て行きました。


 私達三人も直ぐにベルデン師団長の後を追いました。

 残念ながら、エリカ嬢が泊まっていた宿は引き払った後でした。


 その後、ベルデン師団長が色々な伝手を頼って、エリカ嬢を探している様子を確認しながら、私たちは副師団長とは別行動を取りました。

 私達三人はエリカ嬢ならカボックに帰る前に王都土産を探すはずと目星をつけて、王都の常設市場を探すことにしたのです。


 土産物を売っている専門のお店は有りますけれど、宿の近くには無いのでエリカ嬢の目にはつきにくい筈なのです。

 常設市場については、これまでの馬車での送迎に際して何度かその傍を通りましたので彼女も知っている筈なのです。


 そうしてその予想は当たっていました。

 彼女を市場で見つけることができたのです。


 それからベルデン副師団長に連絡を取り、喫茶店でエリカ嬢と話をし、今回はカボックに引き上げるけれど二か月ぐらいの期間を開けてもう一度王都にやってくると約束してくれました。

 少なくともベルデン副師団長や私達との絆は切れずに済みました。


 魔法師団での実演はその意味で少なくとも延期又は中止になりますけれど、エリカ嬢との縁は繋ぎ止めることができたと思います。

 二月後ぐらいに再度王都に参上してくれるそうなので、今度はどんな彼女の一面を見られることやら、エリカ嬢に再開するのがとっても楽しみです。


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