第36話 王都の土産物探し
ニクラウス・ベルデンは、すぐにもエリカ嬢が泊まっている筈の宿に向かったが、生憎とエリカ嬢は既に宿を引き払った後だった。
戻って来るなりすぐに、予定を繰り上げて退去の手続きを取ったらしい。
しかも、王宮魔法師団と喧嘩をしたから、昨日の宿泊分を含めて王宮魔法師団の世話にはなりたくないといって、その分の支払いまで行ったらしい。
女将は受け取りを固辞したのだが、エリカ嬢は無理にでも宿泊代金を置いて行ったようだ。
少なくともこれ以上王宮魔法師団とは関わりたくないという明確な意思表示なのだろう。
本当に
宿を出てからのエリカ嬢の足取りは不明だが、少なくとも王都の城門は出ていないことを確認している。
但し、エリカ嬢の場合、空間転移の魔法が使えるのだから、王都の城壁門をくぐって外に出て行くとは限らないのだ。
そのため、ニクラウス・ベルデンは無駄に探し回るのを止めて、捜索の方は女性ならではの勘がある三人の女性に託し、気を許させる知り合いに限定してエリカ嬢の事を聞き、その所在がわかれば教えてくれるように頼みこんだ。
魔法師団副師団長の権限を
従って、ニクラウス・ベルデンは一旦本部に戻って、滅多に使われたことのない通信魔道具を使ってサルザーク侯爵に連絡を取った。
直接エリカ嬢がカボックに戻った際のフォローを頼むつもりだったのだが、これも年来の友人だからこそ頼めることだ。
じつのところ通信魔道具という奴は、維持費、運用費が非常に高くつく代物なので、滅多に使われることが無い。
本当に緊急の用務でしか使われなくなっているのだが、彼女がこの国から出て行くのを防ぐことができるならば安いものだ。
空間転移の魔法が無詠唱で使えるなど、私の見こんだ通り、彼女は魔法師としては凄まじい能力を持っている。
それが他国へ流れたりすれば大いなる損失であり、また、敵に回ったりすれば脅威ともなり得る存在なのだ。
少なくとも中隊規模の騎士団以上の戦力を有するワンマンアーミーなのだから、その存在価値は計り知れないものがある。
何としても彼女を見つけねばならない。
出来れば魔法師団の一員として迎えたいものだが、彼女のこれまでの言動を見ている限り、彼女は自由を貴ぶ手合いだ。
従って首に鈴をつけられるのは嫌うだろう。
しかも、錬金術師と薬師としても非常に腕が良く、砂糖精製という有用なスキルもありそうだし、実際に裕福でもありそうだ。
恐らく報酬の
戦う能力もあり、生きる
俺にとっては何とも付き合いにくい女性ではある。
◇◇◇◇
ニクラウス・ベルデン副師団長が探し回っているエリカは、その頃、王都の常設市場に来て居た。
王都を立ち去る前に土産物を買いたいと思っていたのだった。
そうして土産物を物色している間に、三人の女性に見つかってしまった。
パルバラ、ラミア、そうしてカレンの三人である。
彼女達は、明日エリカの土産物を購入する時に付き合う約束をしていたのだった。
王都に不慣れなエリカが土産物を探すならばこの常設市場しかないのではと探しにやって来たのだった。
「あ、ごめんなさい。」
エリカは、盛大に文句を言われる前に謝っておいた。
三人が顔を見合わせ、苦笑しながら代表して年長のラミアさんが言った。
「うん、許してあげるけれど、あの場から逃げるなら私たちも一緒に連れて行けばよかったのに・・・。
そうすればお土産探しを手伝って上げられたでしょう?。」
「うん、そうだね。
でも、あの場で皆を連れて逃げたら後で皆が困ることになるからそれは無理。」
パルバラさんが言った。
「エリカさん、ごめんなさい。
ウチの上司たち、どっちかというと魔法馬鹿だし、常識をあまり知らなくて、良く師団長や副師団長から言葉遣いに気をつけろと注意されているのだけれど、ある意味でごく一部の人たちを除いてみんなが配下みたいなものだから、あれが当たり前の口調なの。
私が訊いていても不作法だと思うし、非礼の塊でしかないのだけれど・・・。
中々治らなくって・・・。」
兎にも角にも三人の女性とは仲直りして、そのまま、買い物に付き合ってもらいました。
その合間にもパルバラさんが私に了解を求めて来た。
「ねぇ、エリカさん。
ベルデン副師団長が、今も王都中を探し回っていると思うの。
師団長は副師団長にエリカさんを探す様に指示し、できれば王都滞在を延期してもらえないか頼めと仰っていました。
同時に師団長はあの場に居た礼儀知らずに説教するとも言っていました。
王宮魔法師団でも非礼を非礼と知る常識的な方も居るんです。
それはともかく、エリカさんが此処に居ることだけでもベルデン様にお伝えしたいのですけれどダメですか?」
「ウーン、ニクラウス・ベルデンさんには世話になったからね。
いいよ。
でも、ニクラウス・ベルデンさんだけね。
それにひょっとして、私、指名手配になっていない?」
「それは大丈夫です。
ベルデン様は、門衛と本当にごく親しい方達だけに連絡を取られています。
尤も、サルザーク侯爵様にも連絡をなさっていたみたいですよ。」
「あちゃぁ、侯爵様にも迷惑がかかるのかなぁ・・・。」
「いいえ、御心配には及びませんよ。
此処での経緯・事情をあらまし説明し、もし、エリカさんがカボックに戻っていたなら、侯爵様の方でご機嫌取りをして欲しいとだけお願いされていましたから。
侯爵様でも多少の心配はしているかもしれませんが、ご迷惑になるようなことを頼んではいませんから。」
結局、市場近くの女性が多い喫茶店でニクラウス・ベルデンさんとも合流することになりました。
ベルデンさんもこの喫茶店は何となく居心地悪そうですが、仕方がないですよね。
ベルデンさんは、王都滞在を何とかもう少し伸ばすようにできないかとお願いして来たのですが、ここはしばらく冷却期間の
従って、王都滞在は今日までにする予定です。
帰りの馬車の手配?
そんなものは要りません。
転移魔法でカボックに帰ります。
今のところ左程の遠距離は飛べませんけれど、宿場町を順次経由して行けば、すぐにもカボックに移動できるんです。
ベルデンさんには私の非礼を詫びました。
ベルデンさんは、最初から私を気遣ってくれていました。
だからあの場を無理矢理出てきたことで、ベルデンさんには迷惑をかけてしまったのは確実です。
昨日の別れ際には、少々のことが有っても公式パーティまでは居てくれと頼まれていたのに、私って大人げないですよね。
あら?
ひょっとして年齢や、身体が若返った所為で少し短気になったかしらね。
ニクラウス・ベルデンさんのことを瞬間湯沸かし器みたいと内心で揶揄したのが自分に跳ね返ってきそうです。
遠来の客人に対して高圧的で失礼な口調だったというたかがあれしきのこと、前世の70過ぎの頃なら若者の過ちは許してあげなけりゃと鷹揚に構えていたはずがまるで噓のようです。
これは今後動くときに注意をしなければなりませんね。
短慮は自分の立場を悪くしますが、同時に周囲にも大きな迷惑をかけるのです。
ベルデンさんには、二か月ほどしたら、また王都にやってきてベルデンさんを訪ねて行くことを約束して、今回は王都を去ることを許してもらいました。
あの場で啖呵を切った以上、午後に実演を見せたり、公式パーティに出席するのはとても無理です。
次回、王都を訪れる際には自費で来ますので招請の手続きは不要ということもお伝えしました。
次に来るときは少し余裕を持って来るつもりですし、王宮魔法師団の迷惑にはならないよう気を付けるということも約束しておきましたよ。
ベルデンさん、私の王都再訪を二度も念押しをして、何とか納得してくれました。
師団長からの命令が有るので簡単には引けないのでしょうね。
無論、今回お友達になった三人の女性にも会いに来ますよ。
王都まで一度来てしまえば、私だけならば、転移魔法で簡単に行き来ができますもんね。
その後、三人の女性の案内で、王都土産になるようなものを物色し、夕刻までには買い物を終えて、城壁門の近くでお三方にお別れを言いました。
今回のお別れは、近々また来ると分かっているのであっさりとしています。
そうして王都を出て、認識疎外の魔法をかけて、周囲の人の意識を逸らさせ、人目に触れないところから私は転移魔法で消えました。
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