第32話 錬金術・薬師ギルドでの実演

 私のお昼時、こちらの皆さんにとってはただの昼の休憩時なんですけれど、三人の女性と共にギルドの中庭で軽くお茶とサンドイッチを戴いているところです。

 サンドイッチは、ホームベーカリーで作ったパンを元に造ったフルーツサンドです。


 数量はほんの一口程度ですよ。

 だってこの三人には、これからおやつに美味しいものを食べていただかねばなりません。


 お腹をけていてもらわねば困るのです。

 普段はお昼を食べない人たちに食べさせるのですから大量の食事は無理ですよね。


 私はそう考えていました・・・。


 ◇◇◇◇


 さて実演の方なんですが、午後の始業時間になってカレンさんに連れられてギルド内の大きな部屋に案内されました。

 ここも階段教室のように段差の付いた席がありますけれど、私が空中で作業をするということで、本来の作業台を少し中央からずらしたようです。


 その為にホール中央に空きスペースがあり、その横に素材テーブルが置かれています。

 受験時は道具類も別のテーブルに揃えてありましたけれど私が使用しないことを知っているので道具・器具類は一切が片付けられています。


 私の右後ろには薬師のための素材が、左後ろには錬金術師のための素材が置いてあるんですが、その種類と量が半端じゃありません。

 薬剤の方は上級のポーションが作れますし、隅っこの方には伝説となっている創傷ポーションの材料までもそれとなく置かれてありました。


 生憎と創傷ポーションのための素材の程度が良くないので、これで造っても精々中級の上クラスでしょうか?

 でも作りませんよ。


 創傷ポーションは作り手のいない伝説になっていることはリリーから教えられていますから・・・。

 まぁ、その内必要になれば作るかもしれませんけれどね。


 HPとMPポーションも上級のものは敢えて造りません。

 でもせっかく準備されているので予定通り中級のポーションは造りましょう。


 最初にやるのは食器の作成からにしましょう。

 白色粘土と珪石がありましたので、磁器が作れますよね。


 少し熱に強い特殊なカーボン繊維を加えてやれば、硬度が増して壊れにくくなります。

 これに合うスプーン、フォーク、ナイフは、藍色の透明感のあるファインセラミックスで造ります。


 酸化ケイ素に釉薬を混ぜるだけで薄い色が出ます。

 勿論、魔法だからできることであって、本来の釉薬では磁器の表面が色付けできるだけですよ。


 自宅の食器やカトラリーも自分で色々工夫して造りましたので知っているんです。

 魔法って本当に便利ですよねぇ。


 今日の参加人数は、ギルド幹部職員6名、錬金術師12名、薬師が12名の合計30名、それに私に付き添ってくれている女性三名と私を含めて34名でしょうか。

 ここは一応きりの良い40名分の食器を作りましょう。


 白色粘度を空中に浮べ、硅石を粉砕して細かい粉末にし、更に少量の特殊炭素粉末を混入させて魔法で溶融させます。

 その上で成形して加熱、白磁のスープ用に使う小さめのグラタン皿を40個、同じく平皿を40枚作りました。


 次いで再度硅石を粉末にし、酸化ケイ素を抽出して、その中に釉薬のトルコ青釉と呼ばれるCu3(OH)2(CO3)2を用意された素材から抽出して合成したものを魔法で溶融させ、ナイフ、フォーク、スプーンに成型します。

 この間、魔法での加熱処理も含めて作業時間は10分余りだったと思うのです。


 不気味なほどホール内は静かでした。

 私は別に気にするまでもなく次の作業に移りました。


 今回は受験時よりも素材が豊富ですけれど、受験時作ったものと同じ手鏡を作ります。

 素材はスズと銅ですね。


 スズの多い青銅を魔法で造り、ハニカム状に細工して重量を軽減し、表面を研磨したうえで銀の薄膜を塗布し、固化して鏡を作ります。

 背面はいろんな色の石を散りばめた花柄模様にしました。


 作業に慣れているために、手鏡製作に要した時間は、5分前後でしょうか。

 次いで、携帯型の照明器具の制作に移りました。


 持ち易いものが良いでしょうから、トレントと思われる魔木まぼくを手に取りました。

 薄墨色の色合いでとても面白い木目もくめです。


 これは鑑定によれば魔力の通りがとても良い素材なのです。

 直径3センチほど、長さが20センチほどの円柱に切り出し、表面を良く磨いておきます。


 発光体は二酸化ケイ素の結晶である水晶にしました。

 石英を分解し、二酸化ケイ素のみを抽出し、直径3ミリほどの透明な水晶球を8個作り、その背面にあたる部分に小さな魔法陣を描いています。


 円柱のエンド面に炭化ケイ素で造った固定具でその球を円状に並べ、中央には素材置き場にあった小さな魔石(ゴブリンのもの?)三個を融合させて圧縮、小さな球状にしたものを据え置き、この魔石から周囲の二酸化ケイ素の球に細い銀の線を這わします。

 その銀の線の中間に特製スイッチが置かれ、使用者の魔力によりオンオフが可能なようにしました。


 また、手動でもできるように、当該スイッチの物理的なリモート端を魔木の中ほどに設置して、魔力が少ない人でも使えるように工夫しています。

 一旦スイッチが入ると、スイッチが切られるまで魔石から魔力が補給されますので懐中電灯はスイッチを切るまで点いたままになります。


 その発光体の部分を透明なガラスで覆いました。

 始めて作った割には、綺麗な仕上がりでしたね。


 スイッチを手動で入れると、懐中電灯が点灯しました。

 かなり強い光で、ホールの天井にあった常設灯をはるかに上回る光量が出ていました。


 そのまま魔法陣を調整して光量を絞り、適切な光量にして設定を終わりました。

 この懐中電灯を造るのに要した時間は細かい細工が多かったので多分10分を超えていたと思います。


 錬金術の方はこれぐらいでいいかなと思い、顔を上げると、皆さん口をぽかんとあけて呆けていますね。

 あれ? 一体、どうしたんでしょう?


 ◆◇◆◇◆◇


 まぁ、薬師の方も実演を待っているでしょうから次に進めさせてもらいます。


「錬金術の方は以上で実演を終わります。

 次いで、創薬の方に参ります。

 本日作るのは、受験時に造った初級のHPポーションに加え、初級のMPポーション、それに中級のHPとMPポーションを作ります。」


 私はそう言ってポーションを作り始めました。

 例によって空中で素材を浮かばせ、聖水を加えて必要成分を抽出し、攪拌、加熱して、ポーション瓶5本分を次から次へと作成して行くのです。


 全部で20本のポーションを造るのに要した時間は全部で15分ほどでした。

 一応の錬金術師と薬師の実演も終わったのですけれど、反応が何となく薄いですね。


 調理の時間が必要ですので、質問の時間に移らさせてもらいました。


「えーと、錬金術や創薬にも直接の関わりは無いのですけれど、この後、皆様に私の作った手料理を食べていただこうかと存じておりますが、その前に先ほど行いました実演に関して質問があれば受け付けます。

 何か質問があれば挙手をお願いします。」


 私がそう言った途端、出席者の全員の手が上がった。

 これはびっくりです。


 正直なところやや関心が薄いかなと思っていたので、即座に手が上がるとは思っていませんでした。

 その後は質問の嵐でした。


 つまるところ錬金術師の方も薬師の方もモノが出来上がるところは見たが、私が何をしたのかが全く分からなかったということのようです。

 そのために実演は一時間もかからなかったのに、説明で二時間近くかかりました。


 どう説明しても「抽出」や「変成」が魔法だけでできるというところが理解できなかったようです。

 でも私は忠実に錬金術の技法を使って魔道具を作りましたし、器具に頼らず必要成分だけを抽出して高レベルのポーションを作ったことは確かですし、その製作時間が余りに短いので驚いていたということがようやくわかりました。


 ホールが静かだったのは声も出ないほど驚いていたということらしいのです。


「私、ここでもやらかしましかねぇ?」


 私が小声でそうつぶやくと、リリーが呆れていました。


「普通の人ではできないことを連発すれば声も出なくなりますよ。」


とリリーの冷たいお言葉です。

 いずれにしろ何とか質問の嵐を潜り抜け、ラミアさんに用意してもらった料理素材の出番です。


 竈(かまど)?

 そんなものは要りません。


 有れば有ったで色々便利ですけれど、無くても私の場合は作れる料理なんです。

 最初にオークの肉を使ったローストビーフ、いや、ローストポークなのかな?


 でもお味は、極上のローストビーフそのものなんですよ。

 最初に肉の塊を加熱します。


 普通に竈で加熱すると結構時間がかかりますけれど、魔法でやると均一の加熱がほぼ一瞬で出来てしまいます。

 この状態でほぼウェルダンに近い熱の通り方ですが、うまみは逃げていません。


 牛肉ならばミディアム・レアぐらいが好きなんですけれど、オークの肉ですからね良く焼いたほうがいいかなと思ってウェルダンに近い加熱量にしました。

 欧米人は往々にして血の滴るようなレアが好みという方が多いのですけれど、こちらの皆さんはどうなんでしょうね。


 あとは表面を焦がすわけですが、バター擬き、オリーブオイルとニンニクの潰したものを混ぜて加熱して、肉の表面に這わせ、焦げ目がつくように強烈に加熱します。

 この際に忘れてならないのが少量の熟成ワインを肉にしみこませておくこと。


 魔法だからできることで、普通に調理するならワインに数時間つけておかねばならないかもですね。

 ソースは醤油擬きをわずかに加え、肉の表面を焦がしたときに染み出る肉汁とワインを混合、特製の果実のソースを添加して作ります。


 一旦加熱したものの粗熱を魔法で取り去れば、もう食べられます。


 お一人様あたり、一切れ50グラム程度を目安にしています。

 若干砂糖を加えてゆでた(もちろん魔法です)人参と薄塩のホワイト・アスパラガスを添えて出します。


 次いで、ボタージュスープです。

 ジャガイモの皮を剥いたらそのまま千切りというよりフードプロセッサーにかけたように乱れ切りです。


 玉ねぎもみじん切りにしてニンニクと共にバター擬きを加えて、加熱します。

 玉ねぎがしんなりしたのを見計らってジャガイモを加え、さらに過熱。


 この状態のまま、ジャガイモと玉ねぎを潰し、濾した中に鳥がらのうまみ成分を抽出したものと聖水を混ぜた透明な出汁を加え、アルパナミルクを加え、塩コショウで味付けをした上で、再度加熱です。

 小皿に盛ってパセリのみじん切りをひとつかみ振りかけます。


 二品が出来上がったのでお皿に盛って皆さんに試食してもらいます。

素材置き場にあったもので簡易なテーブルを作り出し、その上に34人分の二皿を置いて、言いました。


「少なめですがおやつ代わりにどうぞ召しあがってくださいな。

 お肉のローストとジャガイモのポタージュスープです。」


 皆さんがわらわらとテーブルによって来ました。

 皆さんが恐る恐る食べだしている間に、私はもう一仕事です。


 ふわふわしっとりの甘いスポンジケーキを作るんです。

 あ、小皿と小さいフォークを忘れていた。


 小皿と小フォークの作成も同時並行で進行させ、料理もわずかな時間で直径20センチのスポンジケーキ5個を作りました。

 ホールケーキの8分の一切れをケーキ皿に盛って、フォークをつけてお出しします。


 34個分あれば良いはずなので、残り6個分は女性三人のお土産にしようと思っています。

 テーブルに並べて私も試食です。


 うん、狙い通りの味に仕上がりました。

 三人の女性の顔を見れば上々の出来だというのがわかります。


 男性の皆さんもとっても良い顔をしていますね。

 でもギルマスが大声で叫びました。


「何だこの料理は、旨過ぎるではないか。

 これが料理というならば、これまで私が食べていたものは一体何だったのだ?」


 あれま、やっぱり、この王都の人達も左程美味しくないと思いながらもこれまで料理を食べていたんだね。

 うん、せめて出汁を取るようになれば美味しくなると思うんだけれど・・・。


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