第30話 王都散策とお邪魔虫 その二

 今から120年ほど前、ラムアール王国の盛衰を掛けた隣国との戦いが国境付近のマントレーと呼ばれる丘陵地帯であったそうで、多大の犠牲を出しながらもかろうじて勝利を収めた当時の国王が第八代国王エルドリッジ・ブラウニーでした。

 その戦勝を記念するために建てられた凱旋門が公園の中心にあります。


 公園自体はマントレーの地形を模したミニチュアの丘陵地帯となっており、その小丘の頂上に凱旋門が建造されており、凱旋門の内部にある壁面に大勢の戦死者の名前がのこされているようです。

 この時期は、薄桃色の「ディルグ」という五弁の花びらと花弁より長い雄しべ多数が伸びている灌木の花が咲き誇っていました。


 ディルグという花は、前世で見かけたヨーロッパ原産のコボウズオトギリに似ていますが、躑躅ツツジのように灌木一面を花が覆いつくすところがちょっと違いますね。

 前世のもので似たものとして、灌木ではないのですけれど何となく色合いが芝桜を思い起こさせてくれました。


 遠目で見える桜色の色合いが可憐な芝桜を思い出させたのだと思います。

 道標に従ってディルグが作る小さな並木道を辿って、左程高くは無い丘を登り、凱旋門に着きました。


 凱旋門は前世で言うところの大理石で造られているのでしょうか?

 水の流れにも似た文様の藍色の綺麗な石が多数積み重ねられて壮大な門を形作っています。


 天蓋というか、屋根というか、天頂の形は少し違うのですけれど、パリのエトワール凱旋門を思い出しました。

 正樹と新婚旅行でパリを訪ねた時には、凱旋門からシャンゼリゼ通りに向かい、二人で腕を組んで歩いたものです。


 凱旋門付近から少し遠くに見える王都の街並みと王宮はとても勇壮としていました。

 確かにここからの景観は一見の価値がありますね。


 凱旋門の傍にあるベンチに腰を下ろしていますと、例の連中が向こうから仕掛けてきましたね。

 変装したバーランが何食わぬ顔で近づいて来ます。


 他の四人は少し離れたところで私を囲むように四方に配置しています。

 さてさて、この凱旋門の近くは人目も多いというのに一体何をする気なのでしょうね。


「お嬢さん、私はノアと申しますが、差し支えなければ少々お話をさせていただきたいのですけれど、宜しいでしょうか?」


「おや、お名前が違うのではありませんか、先日お会いした時には確かパーティ会場で雑用をされていましたよね。

 お名前は確かバーレンさんでしたか?」


 一瞬、ビクッとしたが、バーレンはにこやかな表情を崩さずに言った。


「何かのお間違えではございませんか?

 私が貴女にお会いするのは、今日が初めての筈ですが・・・。」


「いいえ、少なくともお会いするのは二回以上でしょうね。

 今日は、宿からずっとお仲間と一緒に尾行していらしたでしょう。

 そうじゃありませんか?

 さん。」


 途端に顔色を変えたバーレンでした。

 不意に懐に手を入れ何かを布様のものを取り出しましたけれど、わずかの時間にかけた鑑定で痺れ薬を吸わせた布とわかりましたので、私が瞬時に動いて布を持ったバーレンの手首を捩じり上げるようにして、掴んだ布をバーレンの口元に押し付けました。


 一瞬の早業でしたし、私の力はかなり強いですからね。

 バーレンが少々抵抗したところで私にはかないません。


 慌てて息を止めようとしたバーレンでしたが、私が空いている左の手で胸を小突いてやると咳き込んでその際に息を吸い込みました。

 その一瞬でバーレンがその場に倒れましたから、余程、即効性の高い痺れ薬を使っているんですね。

 

 ウーン、もしかすると麻酔薬で使えるかもしれませんね。

 そんなことよりも、この騒動を収集しなければなりませんから、周辺にいる他の四人に呼びかけました。


「バーレンさんのお仲間達?

 バーレンさんを連れて引き上げてくださいな。

 それから誰に頼まれたかは知りませんが、以後私にちょっかいを出すと命の保証はしませんのでそのおつもりで、クランボルに帰ったら皆さんにも伝えてくださいね。

 今回は大分手加減しましたけれど、次回は遠慮しませんよ。

 ではごきげんよう。」


 私は、そう言ってその場を立ち去りました。

 「クランボル」というのは、彼ら五人が所属する闇ギルドの名称ですが、この名を知っている者は非常に少ないのです。


 リリーによれば、王都には、他に、「ダウリザル」、「バッカム」という二つの闇ギルドがあるそうですよ。

 お仲間たちはリーダー格のバーレンが倒されたので、騒ぎになると困るのかこれ以上表立っての襲撃をしようとはしませんでした。


 バーレン達の目的はわかりませんが、ここで痺れ薬を使って、私をさらう計画だったような気がします。

 いずれにしろ、マーカーでその後の五人の行方を探っているところです。


 私が歩いて宿に着く前に、四人と痺れたまんまのバーレンが馬車で、アジトと思われる王都の一角に到着しました。

 そこのとある建物には二人の人物が待っているようでしたので、その二人にも新たにマーキングを付けました。

 

 五人と一人はその場に残りましたけれど、もう一人は動き出しましたね。

 その後を辿ると私のマップ上では、王都のケアノス正教の大聖堂に入って行きました。


 なるほど、背後に居るのは教会関係者ですか。

 私をさらって、侯爵家の治癒の話を聞こうとしたのでしょうか?


 それともそのまま教会への取り込みを狙ったものなのでしょうか?

 教会関係者であれば、なんだか洗脳とかに得意な者が居そうな気がしますよね。


 私を宗旨替えさせて、ケアノス正教会に入信したからウチのモノだと突っぱねるつもりでしたかねぇ。

 そんなことになれば、いろんなところと揉めるのはわかりきっているでしょうに、きっと首謀者は人の迷惑を顧みない自分勝手で傲慢な考えの持ち主なんでしょうね。


 いずれにしろ今後は教会関係者が私に近づいて来たなら、問答無用で追い払うことにしましょう。

 闇ギルドを使うような胡散臭い団体とは一切の関わり合いを拒否します。


 教会から何か言ってきたなら、闇ギルドとの関係をほのめかして脅してあげましょう。

 その上で性懲りもなく手を出してくるようならば、裏で潰すまでです。


 面倒になったら、さっさと逃げますけれどね。

 その前にきっちりとやり返しておかなければ後々問題が起きそうです。


 私、中学時代は陰の女番長って言われていた時もあったんですよ。

 その時の信念は、「多少の恥はかいても構わないけれど、相手に舐められるな。」です。


 ですからこちらがやられたときは、倍返しでやり返しました、

 我ながら良く少年院なんかに放り込まれなかったものだと思っていますが、幸いにして本当のワルでは無かったので無事に済んだのだと思います。


 その日は陽があるうちに宿に戻って、非公式パーティに備えました。

 今日も商業ギルドか、錬金術・薬師ギルドからエスコートのためにお迎えが来るはずなのです。


 そう言えば、この宿のお食事って今のところ朝食しか食べていませんけれど、夕食は美味しいのでしょうか?

 正直言って、朝食に出たスープの味を見る限り、余り期待はできないんですよね。


 そうそう、明日の実演ではいろんなことを頼まれたのでお料理も披露しようと思っていますから、商業ギルドのラミアさんに頼んで素材の入手をお願いしよう。

 今日頼んでおけば、明日の昼くらいには入手できるでしょう。


 実演は午後からですから、おやつぐらいにはなる料理を出してあげましょうね。

 量的には30人前くらい用意すればいいでしょう。


 人数が多ければ、その分、小分けするだけです。

 まずは、ジャガイモのポタージュスープを作りましょう。


 アルゥじゃがいもバワンバサゥたまねぎ、牛乳代わりのアルパナミルク、塩コショウにアーピョムパセリでしょうか?


 パターは無いので、アルパナの実に残る油脂を加工して擬きを作ったことがありますけれど、一応バターの代用ができるんです。

 出汁は、鶏がらですね。


 本当は出汁を作るには時間をかけなければならないのですけれど魔法で短縮してしまいます。

 私は魔法でうまみ成分を抽出することができますもん。


 主菜はお肉でローストビーフ辺りが良いかも。

 あればホーンブルのもも肉、なければオーク肉で代用ですね。


 オーク肉って豚肉というよりも結構牛肉に近いような気がするんです。

 あとは酸っぱい果実に、バワンバサゥたまねぎロシュナにんにくが必要で、ハーブの類はこの旅行に必要かもと思って一応持って来ています。


 隠し味に赤ワインがいいのですけれど、こっちのワインはちょっと熟成が足りないんですよね。

 だからそれも魔法で熟成を進めちゃいます。


 単純に魔法でワインに空気を混ぜ込んで酸化を進めるだけなんですけれどね。

 それで芳香成分が増すし、お味も少しよくなります。


 ワインは酸化させちゃダメ?

 うん、でも魔法ですから樽で寝かせるのと同じ効果があるんですよ。


 砂糖は自前のを使いますし、醤油も自宅で作った醤油擬きを持ってきています。

 そうそうオリーブ・オイルはこちらで、ヨリファイと言います。


 ここでもバター擬きを使いますので、アルパナミルクが結構沢山要りそうですね。

 あとは付け合わせの野菜が少々、トトトマトガジュラ人参でも良いし、スパールザアスパラガス辺りでも良いですね。


 必要な分量のメモを書いて、ラミアさんに入手をお願いしてみましょう。

 食器は、この際だから、小さなグラタン皿と平皿を錬金術で沢山作ってみましょうか。


 素材は向こうが用意してくれているモノで間に合わせます。

 一番良いのは陶器製(若しくはセラミックス)ですが、木製もありですし、ガラスや金属製もありです。


 その場の素材で考えましょう。

 あ、スプーンとナイフにフォークも要るのかな?


 出席者の人数をカレンさんに確かめておかねばなりませんね。

 その人数で料理素材の分量が若干違います


 勿論いつも飲み会でお付き合いしてくれる三人の女性も午後からの実演に出席できるかどうか確認です。

 どうせなら、私の手料理も食べてもらいたいですからね。


 あぁ、そうだ、女性のためにデザートも用意しましょうか。

 和菓子もいいのだけれど、洋風なのでケーキかプリンですね。


 プリンは生卵を使い蒸して加熱するのですけれど、それだけでは忌避する方も居るかもしれません。

 ケーキも卵は使いますけれど焼く感じで加熱しますので、プリンほど忌避感は少ない筈です。


 それにケーキのほうが大きく造って小分けできますので大勢でちょっとだけ食べるには便利ですよね。

 何にも飾りのないふわふわしっとりのスポンジケーキを用意しましょう。


 勿論その場で造っちゃうのですけれど、材料だけは必要ですね。

 ムルジディム鶏卵コンスペルサ小麦粉ですね。


 牛乳はアルパナミルクで代用、バター擬きは同じくアルパナの実で造るしかありません。

 カボックの中古の新居で二回ほどスポンジケーキを作ってみましたので、今回も失敗せずに作れると思います。

 

 料理の素材が用意できなかったら、別の料理を考えるしかありませんけれど、せめて一つの料理ぐらいは何とか材料を揃えて欲しいですよね。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る