第27話 非公式パーティには不審者も?

 私はエルマー・リーベン、王都商業ギルドの菓子部会長を務めている。

 先頃、商業ギルドのカボック支部で納品された高品質のノトゥンシニ新砂糖が王都の菓子部会で話題になった。


 これまで王国内に入るシニ砂糖と言えば、大静洋のかなたにあるベガルタ大陸のアディス公国から輸入されるものだけだった。

 海を挟んでコルラゾン大陸の南にあるベガルタ大陸さらにはアドリアル海を挟んで南東方向にあるコラ大陸においても砂糖の元になる植物は有るらしい。


 しかしながら、ベガルタ大陸のアディス公国以外の地においては未開の地であること、コラ大陸においては大陸全土が百年以上も続く戦乱のさなかにあって砂糖を生み出す植物そのものを栽培する余裕などないらしい。

 無論のこと、戦時下においても希少な財源になる可能性はあるのだが、何でも夏場の日照りになると乾燥して非常に燃え易くなる為に、群生地があるとすぐに敵方勢力によって焼き討ちに遭うのだそうな。


 従って、かなり昔から輸入先はアディス公国しかなく、我が国に入ってくるシニ砂糖は、ほぼアディス公国が独占している状況にあるのだ。

 長時間にわたる海路と陸路での運搬の所為か、あるいはシニ砂糖そのものの精製方法が良くない所為か、原産地ではかなり白っぽく見えるはずのシニ砂糖が、ラムアール王国に届くころにはすっかり黄ばんでしまうのが玉に瑕だった。


 そのためシニ砂糖を使うのはあくまで材料に甘味を与えるだけのもので、使用方法にはおのずと制限があったのだ。

 特にシニ砂糖の黄ばみが酷くなると、舌に残るえぐみが強く出てしまうので、高貴なお方の御用達に際しては慎重な取り扱いが必要だった。


 シニ砂糖は元々輸入品であるからかなり高額な品であり、極端な話、その値段のゆえにシニ砂糖をふんだんに使った菓子などはこれまであり得なかったのだが、カボックで納品されて王都に届けられたノトゥンシニ新砂糖は、真っ白な結晶であり、なおかつ結晶を石臼等で更に細かく砕いた粉糖にすると菓子の様々な場面で使えることがわかったのだ。

 しかも、砂糖を大量に使った場合に残るえぐみが全く無いのである。


 私も、スプーン一杯のノトゥンシニ新砂糖を舐めてみてその品質の高さを実感した。

 そうして、その上質なノトゥンシニ新砂糖がこれまで馬の飼料とされていたベントという大蕪おおかぶから精製されたモノなのだということが現地の商業ギルドからの連絡で分かったのだが、全く信じられない話であった。


 早速に王都でもベントを入手して、ノトゥンシニ新砂糖を精製できるのかどうかを試してみた。

 しかしながら、結果は悲惨なものだった。


 白い結晶ではなく黒ずんだ甘味成分が一応抽出できたが、これを如何様にすれば真っ白な結晶にできるのかが全く分からなかったのである。

 しかも出来上がった品は、黒っぽい上に、黄ばんだ輸入品のシニ砂糖よりもひどいえぐみが残って、とても菓子に使えるような品ではなかったのだ。


 しこうして、菓子部会のメンバーからは、何としてでも製作者を王都に呼んで、ノトゥンシニ新砂糖の精製方法を教示してもらおうという話になったのだ。

 理由は簡単である。


 現在のノトゥンシニ新砂糖の入荷量では需要に応えられないのだ。

 ノトゥンシニ新砂糖を使った菓子の製品はバカ売れするのだが、生憎とカボックから王都に輸送される量では全く足りないのだった。


 これまではえぐみが残るためにシニ砂糖の使用量を自主的に制限せざるを得なかったのだが、そのえぐみがない結晶であって、しかも粉糖であれば、極端な話、出来上がったパンケーキに振りかけるだけでも菓子になるし、使用量に限度がないからいくらでも投入できる。

 為に王都でのノトゥンシニ新砂糖の卸値は爆上がりしてしまった。


 菓子業者だけでなく、貴族のお抱え料理人が金に糸目をつけず、袋単位で購入してゆくのだから高くもなるはずである。

 わずかの期間にカボック及び王都の商業ギルドは、ノトゥンシニ新砂糖を流通させるだけで莫大な利益を得ていたのだ。


 当初、王都に初お目見えした時、ノトゥンシニ新砂糖は輸入物のシニ砂糖の半値であった。

 しかしながら、現在は輸入物の砂糖の倍以上の高値を呼んでいるのだ。


 従って、会員筋からは何としてもノトゥンシニ新砂糖の流通量を増やし高値を抑えて欲しいとの要望がひっきりなしに届いている。

 我が部会が内々にカボックで納品している製作者を王都に呼ぶべく準備をしている段階で、その同じ人物を錬金術・薬師ギルドでも王都に呼ぼうと画策していることが判明した。


 肝心の王都招聘しょうへいの対象人物は、錬金術・薬師ギルドの試験を受けて史上最年少で錬金術師と薬師の両方の資格を取った人物のようだ。

 しかも色々調べてみるとカボックの近郊で起きたゴブリン・キングを頭とするゴブリンの大量発生事案に際して、少なくとも二種類の魔法を使ってゴブリン退治に多大な功績を挙げた人物と分かった。


 菓子部会から商業ギルドに提言し、錬金術・薬師ギルドと共同して王都に当該人物を呼ぶ準備をしている段階で、更に王宮魔法師団からも声がかかり、結局三団体共同で当該人物を王都に招聘することになったのである。

 地方に住む一個人をわざわざ王都に招聘すること自体が異例であるのに、異なる三つの団体が同じ目的で競合するなど、本当に異例中の異例であった。


 しかしながら、被招聘者の王都滞在費を含む旅費等は三者折半となり、その意味では安く上がることになる。

 そうしてお約束の王都上京の日、歓迎パーティを開催したのだが、驚いたことに招いた人物は非常に若くしかもすこぶる美人であった。


 最年少の錬金術師に薬師と聞いていたから、二十代半ばぐらいを想定していたのだが、未だ17歳と聞いて本当に驚いた。

 少なくとも私の知っている錬金術師や薬師の範囲では、30歳代より若い人物はいない。


 菓子師も徒弟制度の中で育む経験と知識が必要なので、一人前になるにはどうしても10年以上はかかる職種である。

 同様に錬金術師と薬師も基本は専門学校で学び、卒業後は錬金術師或いは薬師に弟子入りして経験と知識を学ぶ筈なのだ。


 菓子師の場合は、徒弟段階においても労働力そのものが評価されるので相応に少なくない賃金を得られるが、錬金術と薬師の世界は少々異様であり、原則的に食と住まいの面倒は看てもらえるものの、給金は無いに等しい。

 単純に言えば子供の小遣い程度の金しかもらえない仕組みになっているらしい。


 従って、どんなことをしてでも錬金術師もしくは薬師の資格を取得しなければ、稼ぐことができない職種なのだ。

 しかしながら試験は厳格であり、金や権力で試験を通るようなことはできないとされている。


 その意味では錬金術師と薬師は厳しい職種であり、適性があっても中々後継者の育たない職種なのだ。

 その分、一旦錬金術師なり薬師になってしまえばかなりの高収入が期待できる職種ではある。


 このエリカなる若い女性が錬金術師と薬師の試験に同時に合格したという話も、その意味では随分と驚きの話ではある。

 確かに両方の知識を専門学校その他で入手はできるのだが、試験自体は実際にモノを生み出さねばならない。


 知識だけでは技術が伴わないので実技試験で落ちてしまうのであり、その為に苦しい徒弟時代がある。

 それが故に、錬金術師と薬師双方の弟子になることは事実上不可能なのだ。


 勢いいずれかの弟子になり、それが終えてからもう一方の弟子になるしかないのだが、その時点で既に相当の年齢に達しており、また錬金術師なり薬師なりのいずれか一つの資格を持っていればそれだけで十分な収入を得られるのでわざわざ徒弟に戻る必要もないわけだ。

 過去において錬金術師と薬師の双方の資格を取った者は、どちらかというと変人の類であり、十分な収入を稼ぎ終えたので趣味的な意味合いでもう一つの資格を取るために弟子入りしたという話を聞いている。


 従って二つ目の資格を得たときにはよわい50も超えていたように聞いている。

 それにも関わらず十代で二つの資格を取れたこと自体が驚愕の対象であり、この者は天才ではないのかと思わせるものだった。


 ただ、私の親しい錬金術・薬師ギルドの幹部から聞いた話によれば、受験申請に記載されていたのは、卒業校の名も師事する師匠の名も記載がなかったということであり、どこでそれだけの知識と技術を得たのかが不明らしい。

 全く不思議な女性である。


 ◇◇◇◇


 エリカですが、着いたその日のパーティでは一応の主催者が、商業ギルドとなってはいたものの、それ以外の関係者も大勢が参加しており、会場ではあちらこちらに挨拶を交わす羽目になりました。

 それでも商業ギルド関係者が三分の二で、その他の関係者が残りの三分の一といったところでしょうか。


 王宮魔法師団第二中隊副隊長のパルバラ・シュミットバウアーさんや王都商業ギルド受付筆頭のラミアさん、そうして王都錬金術・薬師ギルドの受付筆頭のカレンさんなどの女性が、付きっきりで私の面倒を見てくれたので随分と助かりました。

 このお姉様達御三方の話では、以後のパーティでも専属で私についてくれるという話でした。


 なんだかお姉様的な人物に気を使っていただいて非常に恐縮しているところです。

 人ごみの中、あちらこちらと引っ張りまわされながらも顔合わせ的なパーティは無事に終了し、私は無事に宿まで送り届けられたのです。


 今日の収穫は、たくさんの人と出会い、名前と役職を知ったことが大きなメリットでしょうか。

 私は前世の時から人の名前を覚えるのが得意だったのですが、ここでもその異能は役立ってくれました。


 寝る前にはベッドの中で今日出会った人の顔と名前を思い返し、少なくとも紹介を受けた人物全てを確認できて、そのまま眠りに落ちたのでした。

 因みに紹介された方に不審な人物はいなかったのですが、会場で下働きをしている人物にやや不穏な気配が認められたので、こっそりと鑑定を掛けました。


 私の脳内マップ上では、橙色に近い黄色表示がされている人物で、おそらくは何らかの害を与える恐れのある人物なのだろうと思うのです。

 鑑定によれば、「七変化のバーラン」という二つ名を有する闇ギルド所属の男でした。


 確かに、隠密術、窃盗術、暗殺術など物騒なスキルを持っている人物でしたね。

 リリーの説明によれば、闇ギルドとは、公式には認められていない組織であって、その多くが依頼を受けて暗殺、誘拐、窃盗など何らかの犯罪を秘密裏に請け負う組織であるというのです。


 私目当てなのか、それとも別の人物が目当てなのかは不明ですけれど、いずれにしろ闇ギルドに所属する人物には注意が必要ですね。

 特にこのバーランという男は、変装術というスキルも保有しているようですので、私の脳内マップ上でマーキングをしておきました。


 これで、彼が私の周囲に近づけば、どのような格好をしていようともすぐにわかるはずなのです。


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