第25話 王都へのお誘い

 私は無事にカボックへ戻ってまいりました。

 それ以降は静かな毎日が続くと思われたのですが、禍福かふくあざなえる縄の如しで、やっぱり安寧の日はいつか破られます。


 その第一弾が届きました。

 王都からの召喚状です。


 しかも三通同時ですよ。

 商業ギルド本部から一通、錬金術・薬師ギルド本部から一通、更に王宮魔法師団からも一通です。


 彼らが裏で話を合わせているのかも知れませんが、商業ギルドがナブラの二の月10日、錬金術・薬師ギルドが同月12日、王宮魔法師団が同月14日に、それぞれ拠点である本部までお越し下さいとあります。

 王都の宿については、いずれの招請状にも記載してあって、「クワンガの華」という宿を8日から16日まで抑えてある様で、往復の旅費は王都に到着後にそれぞれの本部若しくは師団から支給してくれるようです。


 あれ?もしかして三か所から旅費をもらったら多くないですかねぇ。

 それに宿の予約ももしかして重複してませんか?


 いやいや、絶対にこれは三者で事前協議をしていますね。

 同じ宿で、しかも日数まで同じというのは普通あり得ないですから・・・。


 リリーに確認しましたら、カボックから王都までは馬車で五日はかかる旅程なのです。

 ですから前日の9日に王都到着としても、ナブラ二の月5日にはカボックを出発していなければなりません。


 今日はナブラ一の月の21日ですから、あと半月足らずでカボックを出発しなければならないようですね。

 本来なら接待旅行なんでしょうけれど、向こうでのわずらわしさを考えるとあまり喜べませんね。


 衣類も準備しなければいけないでしょうねぇ。

 少なくとも馬車で旅行中の服装二着乃至四着、下着類五着、余所行きドレスが五着か六着?いえ、絞れば三着でも足りるかも知れません。


 別にお見合いや舞踏会に行くわけじゃぁないのです。

 それに、むしろこの世界の状況からして、平民がたくさんの衣類を持って旅行する方がおかしいでしょう。


 私の新婚旅行は6泊8日でしたけれど、そんなに衣類は持って行かなかったですよね。

 むしろ量を抑えて身軽にしたはずです。


 うーん、これは最低限がどれぐらいか確認する必要がありますね。

 で、困ったときの神頼みでリリーに尋ねてみました。


 結局はこの世界で一般的な商人の令嬢あたりの旅支度を真似て、最小限に抑えてはみたのですけれど、結構な大荷物になりましたね。

 インベントリがあるので本来は困らないのですけれど、対外的にインベントリがあることを隠しておくとするならば、単なる外見だけにしても相応の大きなトランクが必要です。


 冒険者ギルドにはマジックバックの持ち主と判断されてはいますけれど、マジックバックもそうそう人に明かすものではないんです。

 ですから、随分と面倒ですけれど、傍目にはそうしたものが無いと信じさせるほどの荷物量が必要ということになりますよね。


 馬車の手配をして、色々準備をしていると更なる面倒事がやってきました。

 カボックのケアノス正教会の司教がわざわざ我が家を訪ねて来たのです。


 領都エルブルグの大司教ではなく、カボックの司教が尋ねてきたのがミソでしょうかね?

 きっと、エルブルグの教会まで来て欲しいとかいうお誘い(?)かと思います。


 でもどこから漏れたのかな?

 何も聞かずに追い出すわけにも行きませんから取り敢えず丁重に応対することにしました。


「私は、カボックのケアノス正教会で司教をしておりますディカブリオと申します。

 実は領都エルブルグに居わすヘンドリック大司教からエリカ殿と至急面談いたしたいとの申し出があり、その代理として私がお邪魔したのですが・・・。

 如何でございましょうか。

 エルブルグまでお越しいただくことは出来ましょうか?」


「大変失礼ながら、私は大陸西端の辺境の地から参った田舎者にございます。

 そもそもが信仰が違いますのでケアノス正教会とは何の接点もございません。

 何故なにゆえに大司教様が私という異邦人と面談したいのか理由を聞かせていただけましょうか?」


「ふむ、異邦の方でしたか・・・。

 なればケアノス正教会と接点が無いのも道理でございますな。

 私に伝えられているのは、大司教でさえさじを投げた病人を治癒したお人がエリカ殿であるらしいとしか聞き及んでおりません。

 おそらくはその件について大司教がエリカ殿より事情をお聞きしたいのだと思いますが、私にはしかとはわかりません。」


「病人の治療について、その事実があったかどうかを含めて、私から申し上げることは何もございません。

 私にはそのようなことを他人に申し上げる義務はないはずですし、自らの信条にも反します。

 従って、仮に大司教様が私にお尋ねしたとしても私は何も答えられません。」


「いや、ですが、その病人の病の根源が何に在るか、どうして治癒できたのかなどだけでもお教えいただければ、それを拠り所に多くの民が救われることになるやも知れませぬ。

 信仰が違えど、ヒトの命を大切に思う気持ちは同じでありましょう。

 どうか多くの民を救う一助とお考えいただいて、領都エルブルグへ赴いてはいただけませぬか?」


「先ほども申し上げたように、たとえ何人であれ、私からは何も申し上げられません。

 それに近々王都へ出かけなければならぬ所用が生じまして、その準備のために領都を訪ねるいとまがございませぬ。

 今回の申し出はどうぞ無かったことにしてくださいませ。」


 その後もねちねちとシツコイ司教でしたが、私が押し切りました。

 教会に関わると面倒になることは確実ですからね。


 極力接点を少なくするのが得策なのです。

 そのために、私はこのディカブリオ司教にマーカーを付けました。


 同様にエルブルグに居るヘンドリック大司教とやらにもマーカーを付けるつもりでいます。

 マーカーを付ければ接近してくるのは分かりますから、居留守なり距離を置くなりの対策も出来ますからね。


 とにかく会わないのが一番です。

 あ、もしかして王都に手を回されるかなぁ?


 まぁ、そうなればなったで別途対応を考えましょう。

 教会が情報を入手したとすれば、もう一つ治癒師ギルドやらも裏で動いている可能性がありますねぇ。


 そちらも用心しておきましょう。

 詳細は不明ですが、おそらくは侯爵家の使用人辺りから漏れたに違いありません。


 侯爵ご夫妻はお二人とも謀略系ではあるけれど、自分が不利になるかもしれない状況で情報を漏らすようなお方じゃないはずです。

 但し、お会いしていないのでどんな方かは分かりませんが、側室のキャサリン様当たりならひょっとしてやりかねないかもしれませんね。


 私は、その日のうちにカボック市内の治癒師ギルドの職員と思われる人物全てにマーカーを設定しました。

 次いで認識疎外をかけながら領都エルブルグに飛んで、ケアノス正教会関係者と治癒師ギルドの職員にもマーカーを設定しました。


 これら関係者が接近した場合にはブリンクし、若しくは、警報が鳴ります。

 このようにして結構多忙のまま、ナブラ一の月は過ぎ去り、二の月5日私は朝一番の馬車で王都に向かって出発しました。


 そうそう、パティとマッティのことですけれど、長いこと家に放置するのもどうかと思ってリリーに相談したら、空間魔法で亜空間を作ったら、そこにパティとマッティを収容できるかもと言われました。

 神獣ですけれどせっかく私の従魔になったのですから、何とかしようと頑張り、旅立ちまでに亜空間を生み出すことができました。


 インベントリと異なり、亜空間には生き物も収容できるんです。

 で、今は、旅のお供にパティとマッティも一緒にいます。


 パティとマッティに言わせると、私の亜空間は私の魔力で満ち溢れていてすごく快適な空間なんだそうですよ。

 普段は亜空間に入っていて、人の眼には触れませんけれど、いつでも念話で話ができます。


 道のりは長いし、退屈ですが、パティとマッティが傍にいて何かと話ができれば退屈もまぎれますよね。

 お尻が痛くなるのは魔法で何とか防いでいますけれど、流石に時間経過は早められません。


 王都って遠いんですから、そんなに簡単に地方の者を呼びつけないでくださいね。

 心の中でぶちぶちとり言を言っている私です。


 馬車は朝出ると夕刻には次の宿場町で泊まり、それが四回も続いてようやく王都到着なのです。

 王都に入るゲートでは一人一人が用向きを聞かれます。


 私は三通の招請状を提示して、それぞれの組織から王都に招請されましたと答えましたなら、門番の兵士さんがご苦労様ですと敬礼をしてくれました。

 あら、まぁ、王都の門衛さんて真面目な人がいるんですねぇと心底思いました。


 だって私って平民の小娘に過ぎないんですよ。

 それなのに敬礼までしてくれるなんて随分感激です。


 王都の門をくぐって中に入り早速に指定された宿を探しました。

 私はマップを持っているので、すぐに「クワンガの華」という宿が解かりました。


 すぐにそこに行って宿泊の手続きです。

 うん、思いのほか立派な宿屋です。


 これはひょっとして格式の高い貴族が利用する宿屋じゃないかと思ったりもします。

 だってロビーに置かれている椅子やテーブルそれに調度品までが見事な芸術品ですから・・・。


 きっとこれはお金がかかっていますよ。

 うーん、宿代は高そうですねぇ。


 前世で医師会や学会などに出かけた時に結構ホテルに泊まりましたけれど、私が泊まるのは専らビジネスホテルがメインでした。

 但し、医療従事者に贈られる勲章(私の場合、50年に渡る医療への貢献で「旭日重光章」でした)を頂く時は、前日に内閣府の御指定で都内の一流ホテルに泊まったことを覚えています。


 何となく、従業員の雰囲気がそのホテルに似ているような感じがするんです。

 私の名での予約が確認され、私は取り敢えずの部屋に落ち着きました。


 さて、明日の予定はどうすればよいのかしらと思っていると、来客がありました。

 訪ねて来たのは商業ギルド本部のサブマスターであるチェスターさんという方でした。


 お話を伺うと、本当に三つの組織で根回しが為されているようでした。

 本日以降の予定については、このサブマスターが今夜も含めた七日分のスケジュールを全部説明してくれました。


 今夜?

 そう王都に着いたばかりなのに、今夜のスケジュールがもう入っているんです。


 私、それぞれの本部に顔を出す三日だけのつもりでいたのに、大きな間違いでした。

 今夜(9日)各組織の担当者が一堂に集まっての非公式の歓迎パーティがあり、明日(10日)は商業ギルドの公式訪問でギルマスと会談、午後から実務指導(?)となっています。


 実務指導って???「コレナーニ?」って聞いたら、ベントから砂糖を造るところを是非とも見せて欲しいとのこと。

 夕刻に商業ギルド主催の食事会があって、その後商業ギルド関係者だけのパーティがあります。


 11日は、商業ギルドから錬金術・薬師ギルドへの引継ぎを兼ねた非公式パーティ。

 12日は錬金術・薬師ギルドへの公式訪問でギルマスと面談、その後、やはり実技指導なる時間があって、王都の錬金術師や薬師のいる前で受験時の再現をしてほしいとのこと。


 夕刻に錬金術・薬師ギルド主催の公式の食事会とそれに続くパーティ。

 13日は、錬金術・薬師ギルドから王宮魔法師団への引継ぎを兼ねた非公式パーティ。


 14日は王宮魔法師団への公式訪問、師団長他幹部との面談、その後にまたまた実技指導ってのがあります。

 やっぱりこれも皆さんの前で魔法を披露して欲しいという事のようです。


 そうしてその日夕刻には恒例の食事会にパーティです。

 そりゃあ、まあね、カボックでは色々見せているから、今更隠しても始まらないけれど、・・・。


 でもこれって見世物公演と飲み会だけじゃないですか?

 王都に呼びつけておいて、することと言えばスキル披露と飲み会だけですか?


 何とも気が抜けるスケジュールですね。

 最後の日だけは自由時間となっています。


 うーん、カボックに帰る前に王都の土産でも買えってことでしょうかねぇ。

 他に乱入して来るのが居なければいいのだけれどね。


 特に、三回もある○○主催の非公式パーティというのが誰でも入れそうな怪しい雰囲気じゃないでしょうか。


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