第23話 侯爵邸にて その二
「あのぉ、その招請ってお断りするわけには?」
「多分それは無理じゃないか?
本部ギルドからの招請をさしたる理由もなく断れば錬金術・薬師ギルドから追い出されるかもしれないし、菓子部会の勢力は商業ギルドの中でもかなり大きいからねぇ。
下手すると商業ギルドも出入り禁止になるよ。
もう一つ、ベルデンもそうなんだけれど、王宮魔法師団という組織は結構陰険だからね。
反抗したり抵抗したりする者に対しては、陰に隠れて結構な嫌がらせが来るような気がするなぁ。
特に其方だけへの嫌がらせだけなら放置しておくけれど、あいつら上位貴族の私らに対しても裏からねちねちと迫ってくるから嫌なんだよ。
そうなると私では君を
それでも、招請を拒むかい?」
何気におじさまから脅されてしまいました。
まぁ、よくわからないうちから反抗しても始まらないからもうすこし様子を見てから行動に移しましょうね。
折角手に入れた根拠地と家を手放すのは惜しいもの。
このオジサマ、結構頭が回るみたいですね。
きっと世渡りが上手いのでしょう。
貴族社会で
王都でそれなりの取り込み騒ぎが起きているのなら、このオジサマも色々と対抗策を考えているはずです。
ある意味で私は金の卵。
領内にいるだけで経済効果がありますからね。
このオジサマも王都の勢力に私を横取りされたくないはずです。
「で、領主様は、私に王都のギルドや王宮魔術師団に取り込まれろと、そう仰せでございますか?」
そこで、イケメンおじさまがにっこり微笑みました。
「いやいや、それは無いよ。
其方が我が領地に在ってこそ、我が領地の利益にもなる。
王都のギルドにそれなりの協力はしてあげても構わないが、あくまで、この領内に基盤を置いて活動をしてもらいたいと私は考えている。
そのために必要ならば減税その他の特別措置を講じても構わない。」
「減税措置は、多分ギルドが喜ぶだけですね。
現状で税はギルドで対応することになっていますので、私には何らメリットはありません。」
「うむ、確かに税はギルドから徴収されているので、生産者には減税の反射利益が薄いのは確かだが、特例で減税分を納品対価に上乗せするようギルドに要請することもできるぞ。」
「その方法は、特定の者に対する優遇措置という風に第三者の目には映りますからおやめください。
絶対に同業者からクレームがついてトラブルの
「フム、・・・。
しかしながら、領主として他の者と差を付けずにこの地への慰留だけを要請するのは流石にできんぞ。」
「いいえ、領主様でなくばできないこともありましょう。
例えば他の領地からの貴族の横やりを妨害していただけるだけでも私にはメリットがございます。
貴族のみならず、ギルドそれに王宮魔法師団も同じですね。」
「何と、儂に其方の盾になれと申すか・・・。
フ、ハハハハッ。
其方ほど小賢しい小娘に会ったのは初めてだが、何とも小気味よいな。
貴族がどう動くか先を読んでいなければ中々にできぬ物言いじゃ。
気に入った。
では、望み通り、そなたの後見人になってやろう。
困った場合は儂の名を出しても構わない。
その証として・・・。」
イケメンおじ様は、家紋が刺繍されている
見た目非常に立派な生地ですので、多分、絹若しくはこの世界に居ると言う魔物の蜘蛛の糸製でしょうねぇ。
「この
この袱紗には我が家の家紋が刺繍してある。
これを渡すは我身内若しくは身内同然の者に限られる。
但し、罪を犯した場合に、これが免罪符とはならぬぞよ。」
「はい、了解いたしました。
ありがたく頂戴いたします。」
「うむ、それと我が妻と側近にも合わせておこう。
儂が不在の折に何かあった場合は頼るがいい。」
そう言って、侯爵様は机の上に会った呼び鈴を鳴らしました。
すぐにメイド長がノックをして顔を出しました。
侯爵が指示を出す。
「茶をだしてくれい。
それとわが家の家紋入りの袱紗をこのエリカに与えたので、フローレンスも覚えておいてくれ。
あと、エマとセルバートにも伝えなければいけないので、この場に呼んでくれ。
だからお茶は、セルバートは除くとして、エマの分を含めて三人分だな。」
「かしこまりました。」
メイド長のフローレンスさんは優雅にお辞儀をして出て行きました。
間もなく、執事のセルバートさんとアラサーと思われるご婦人が部屋に入ってきました。
セルバートさんは着席せずにそのまま立ちん坊になりますが、ご婦人の方はイケメンおじさまの隣の席に向かいます。
セルバートさんが流れるような動作で椅子を引き、ご婦人が着席しました。
セルバートさん、流石にプロですね。
何の滞りも無い動作に洗練された技のようなものを垣間見た気がします。
侯爵の紹介により、ご婦人は侯爵夫人のエマ・ラナ・ディ・フォン・サルザーク様と分かりました。
リリーの説明によると、「ラナ・ディ」は正室の意味合い、「フォン」は侯爵位を意味するそうです。
側室の場合は名前の後が「ハ・ディ」となり、ある意味で嫁として公認されていない妾の場合は「アル・ヴァ」と変化するようです。
何事にも階級差とけじめをつけたがるお貴族様の慣行ですね。
庶民である平民にはそんな名の付け方はありません。
普通ですとザルバ家のマイクと言う意味で、マイク・ザルバという姓名になるようです。
アリシアと言う女性がマイクの嫁になれば、単純にアリシア・ザルバになります。
但し、平民にも妾は存在するようです。
但し妾の場合は飽くまで日陰者ですから、妾になったからと言って、旦那の名が妾になった女性の姓名に変化を与えることはありません。
精々、誰それの妾である〇〇という仕分けになりますね。
その点でお貴族様は違いますね。
後々の問題もあっての事かも知れませんが、「誰それの妾」を公称しちゃうのです。
この習慣が、必ずしもイスガルド世界全般に通じる常識という訳ではないようですが、少なくともコルラゾン大陸では主流の習慣のようです。
リリーの解説によるラムアール王国の豆知識でした。
因みにエマ夫人、こちらの世界では当然に年増と呼ばれるお年ではありますけれど、こげ茶に近いブルネットの髪に鳶色の瞳の美人さんですよ。
前世ならさしずめ映画女優さんにもなれそうです。
でも所謂アイドルとしては少しお年を召した感じですね。
エマさんを紹介していただき、侯爵は私に家紋入りの袱紗を与えたこと、そうして侯爵不在の折はエマ様とセルバートそれにフローレンスさんのいずれかで良しなに対応して欲しいとの意向を告げたのです。
セルバートさんはかしこまりましたと言って頷いただけでしたけれど、エマさんの反応は少し違いました。
私の顔をまじまじと観てから言ったのです。
「エリカさんは、もしや貴族の血を引いていらっしゃるの?」
「いいえ、両親ともに平民でございます。
家系は千年程
うん、私の家は京都でも老舗でしたからね。
家系図を辿れば千年程前に辿り着けるのは本当なんです。
ですから決して嘘ではありません。
「まぁ、千年も系図を遡れるなんてすごい家なのですね。
私の実家でも遡れるのは250年ほど前だったはず。
このサルザーク家も王国の侯爵家としては最も古い家系の一つですけれど、それでも225年ほど・・・。
エリカさんは、この王国のお方ではないのですか?」
止むを得ず私はリリーの教えてくれた虚構の素性をお話しします。
「はい、私はこのラムアール王国のあるコルラゾン大陸西端の島国、シホネ皇国の出身です。
父は着物を扱う商人です。
その着物屋が千年続く老舗なのです。」
「あ、なるほど。
シホネ皇国が千五百年以上も続く王朝と言うのは聞いたことがあります。
でもそんな遠方から何故この王国へ?」
「親から見合いを勧められたのですけれど、その相手がいけ好かない相手でしたので家出して、放浪の旅に出たのです。」
「それは、それは・・・。
でも薬師や錬金術師という職業はいずこかでお弟子さんにならねばなれないものと聞いていましたに、旅の合間にそのようなことができましたの?」
「いえ、家出をする前に趣味が高じて独学で学んだものです。
元々私は魔法が得意でしたので、魔法と製薬、それに錬金術を組み合わせることで普通の方よりも少しばかり出来の良いお薬や道具などが造れるのです。」
うーん、大部分で嘘が混じっていますけれど、私の魔力と様々な能力で造り上げているのは間違いありません。
でも、神様からいただいたチート能力ですとは言えないですよね。
「そういえば、カボックで冒険者に登録したのが初めてと聞いていますけれど、シホネ皇国からラムアール公国までの道筋の身分証明はいかがしたのですか?」
「私は服飾師というシホネ皇国とその周辺の国々で有効な証明書を持っておりました。
但し、この資格はこのラムアール王国では有効ではなく、単なる工芸職人として新たに商業ギルドで登録しなおさなければならないようなのです。
勿論、シホネ皇国では冒険者ギルド、薬師・錬金術ギルド及び商業ギルドにも入っていませんでしたので。・・・」
「まぁまぁ、それは随分とご苦労されたのでしょうねぇ。
シホネ皇国からですと少なくとも1年ぐらいはかかるのでは?」
うーん、このエマさん中々に面倒な方みたいですね。
リリーによれば、エマさんの母方の従弟に当たるメイズ子爵は、王国の諜報部隊である「デラの陰」の副隊長を務める人物のようです。
親族の薫陶よろしく、この元お姫様もそうした諜報能力と言うか調査能力に優れているのかもしれません。
幸いにして鑑定能力までは持っていないようですけれど、基礎的な分析能力などは高いようです。
カマをかけてきた相手は、きれいに躱して差し上げましょう。
「いいえ、シホネ皇国からですと、早馬を乗り継いでも1年では難しいかと・・・。
私の場合は二年ほどかかりました。」
「あらあら、そうでしたか。
私、間違って覚えていたようですね。
おほほほ、・・・。
そういえば、カボックに来る前にはアバレイズ辺境伯領を通って来たはずですけれど、あちらの街はいかがでしたか?」
あらあら、余程疑われているのかな?
世間話ならばともかく、初見の相手にこれほど質問が続くとちょっと異常ですよね。
お隣のイケメン侯爵様もそれに気づいてちょっと渋い顔をしていますよ。
きっと他の領に逃げられると困ると思っているのでしょうね。
「そうですか・・・。
お隣の領地は辺境伯様の領地でしたか・・・。
カバレットと言う町に寄りましたけれど、何となく、ぎすぎすとしていて住みにくそうな町でした。
役人の方はもちろんですけれど、住民を含めて余所者に対しては随分と刺々しい雰囲気でしたので一泊だけで早々に出てきました。
後は、カボックまで野宿ですね。」
「なるほど、・・・。
今現在は、ハーレー都市連合との間は問題が無いのですけれど、クリミヤ王国と小競り合いか続いていますからね。
領民も余所者には厳しい目を向けているのでしょう。
エリカさんは中々に鋭い感覚の持ち主なのですね。
それに年齢からするともう少し幼いかと思ったのですが、色々と世渡りも上手そうです。
ただし、領内での揉め事はできるだけ控えてくださいませね。
特にあなたの場合は、戦闘力が凄まじいだけに、何かあると周囲が大きな被害を受けることにもなりかねません。
その分、逆に頼りにもしていますけれど・・・。
今後ともどうぞよろしくね。」
そう言ってエマさんはにっこりと微笑みました。
うん、歳は若いですけれど本当に油断がならない女性ですね。
流石に侯爵夫人、中々の女傑と言う感じです。
お話をしている間にもお茶が出てきたのですが、エマ夫人の追及が厳しくてお茶を飲む暇もありません。
夫人がようやくお茶に手を付けたので私もお茶を頂きました。
うーん、宿で飲んだお茶と種類は一緒なんですが、一味も二味も違いますね。
緑茶ではなくって、どちらかと言うと色合いは紅茶に近い感じですが、味の方はマテ茶に近いでしょうね。
香りも苦みも薄いのです。
マテ茶は、前世の南米で良く飲まれているお茶ですよ、
米国留学時代のお友達にアルゼンチンからいらした方が居て、よく下宿先のお部屋で飲ませていただきました。
お返しに私の部屋に来た時には、抹茶を飲ませてあげましたけれどね。
若い時のささやかな国際文化交流の一コマでした。
その友人も南米の政変に巻き込まれて三十代の若さで命を失いました。
もう半世紀以上も昔の話ですけれどね。
あ、そうそう、奥様のエマ様とお会いしたので、この際にとお土産をお渡ししました。
袱紗に包んだ手鏡を見て、
これは本音ベースのお言葉と受け止めました。
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