第22話 侯爵邸にて その一

 フランスのシャンポール城に似た丘の上の大邸宅に着いた馬車は、正面玄関の階段の前に止まり、階段の脇にある彫像の傍に立っていた執事風の老年の男性と若い男二人が流れるような見事な動作によって、馬車のドアを開いてくれました。

 馬車に乗るときは左側のドアからギルマス、私の順に乗り込みましたので、ギルマスは階段に近い右側に、私は反対側の左側に座っていましたけれど、左右両方のドアが同時に開かれましたので私は左側から、ギルマスは右側から降りることになりました。


 老年の執事さん、ちゃんと降りる私に向かって支えられるように手を差し伸べてくれました。

 うん、この国でもきちんとした男性の礼儀はありそうですね。


 女性に対する礼儀の欠片もないギルマスがきっと野暮なだけなのでしょう。

 執事さんの手に軽く触れながら、できる限りおしとやかに見えるよう馬車から降りたつもりですけれど、きちんとできたかしら?


 あ、でも、手を取ってくれた執事さんの目が一瞬見開かれ、すぐにキランと光りましたね。

 そうして階段の上で待っているメイド風のおばさまに向かって何か目で合図をしたっぽいです。


 何でしょう?

 ひょっとして私の素養なり素性なりを推し測っているのかしら?


 うーん、これはもしかすると、侯爵邸に勤める者が個別に訪問者の人物評価を行っているのかもしれません。

 初めて侯爵邸を訪れる方もいるはずですが、その都度、色々な場面でその人物の為人ひととなりを確認し、ランク付けし、対応に変化を付けているのかもしれません。


 さてさて、私のことは冒険者と聞いているでしょうに、どのように評価されたのかな?

 執事さんの案内のままに、ロングスカートの裾をわずかに持ち上げて八段ほどの階段を上り切り、玄関前に達すると、メイド姿のおばさまが丁重に挨拶を成しました。


「エリカ様でございますね。

 本日は、ようこそサルザークの領主館においでくださいました。

 私は当領主館でメイド長を務めるフローレンスと申します。

 主人、ロナルディア・フォン・サルザーク侯爵があなた様のお出でをお待ち申しております。

 どうぞ、私についてきてくださいませ。」


 ギルマスが前に居るのですけれど、ギルマスではなくって私に向けて言っているみたいなんです。

 まぁ、確かに、会見の相手は私であって、ギルマスは単なる介添え人みたいなものですけれど・・・。


 でも普通は身分の上下みたいなものがあって、冒険者では格上のギルマスを丁重に扱うべきじゃないのかしら?

 うーん、違うのかなぁ。


 ゲストはあくまで私だけなのかしらねぇ。

 私は、頭の上にたくさんの「?」マークを浮かべたまま、言われるままにメイド長の後をついて行きます。


 玄関も様々な豪奢な趣向が凝らした作りですが、そこから続く通廊も様々な色合いの大理石をふんだんに使った壁や柱の細工が目立ち、床には毛足の長い絨毯が敷かれています。

 前世ならさしずめレッドカーペットなのでしょうけれど、このお屋敷の廊下のカーペットは深みのある青碧でした。


 30mほども廊下を進んで、とある両開きのドアの前に辿り着き、メイド長が静かにノッカーを二度打ち鳴らしてから言いました。


「旦那様フローレンスでございます。

 お客様をお連れ致しました。」


 中からくぐもった声が聞こえました。


「ああ、入ってくれ。」


 前世と違って周囲がとても静かですので、小さな声であってもドア越しによく聞こえます。

 メイド長がドアを開けて、中に入り、私とギルマスを部屋の中に招き入れます。


 お部屋は広いですね。

 明り取りの大きな窓のあるこの部屋は執務室か書斎なんでしょうかねぇ。


 少なくとも応接室の様には見えません。

 大きな机があって、色合いが一緒ですので多分机に付属しているひじ掛け椅子に腰を下ろしているのは、中年と言うには若すぎる金髪のイケメンおじさまが一人です。


 今の私は17歳の小娘ですからね。

 前世では38歳の男性でも単なる「若造」と見ていましたけれど、今ではおじさまにランクアップです。


 私が一歩前に出て自己紹介をしました。


「本日お呼びにあずかりましたエリカと申します。」


 そのおじさまが立ちあがり、言いました。


「領主のロナルディア・フォン・サルザークだ。

 呼び出しに応じてくれてありがとう。

 そちらに行こうか?」


 そう言って左手で部屋の片隅にある机といすのセットを指し示しました。

 ソファーのような椅子ではありません。


 レストランにあるような背もたれの高い木製の椅子で、テーブルもそれに見合った丈の高いものですから、おそらくはちょっとした打ち合わせなんかのために使われる場所なのだろうと思います。

 椅子はテーブルを挟んで向かい合わせに六脚ありました。


 イケメンのおじさまが先行してその場所に向かいます。

 私とギルマスもその後を追いました。


 おじさまが先に座るのを待って、私とギルマスも座ります。

 この辺の最低限度の礼儀はギルマスも承知しているようですね。


 三人が座るのを確認したようにメイド長が静かに退室して行きました。


「さて、エリカ嬢のことは少々調べさせてもらったが、・・・。

 カボックで冒険者として登録し、先ごろのゴブリン・キングの討伐の際は大いに活躍したと聞いている。

 また、更に錬金術師・薬師ギルドでも先ごろ行われた定期試験に見事合格して錬金術師及び薬師の双方の資格を得たと聞いている。

 錬金術師・薬師ギルドの調べでは過去最年少での錬金術師と薬師の誕生の様だ。

 その実力のほどは錬金術・薬師ギルドでもなかなかの評判と聞く。

 今現在は、性能の優れた手鏡とポーションをギルドに収めていると聞いたが、それで間違いないかな?」


「はい、仰せの通りにございます。

 錬金術・薬師ギルドに定期的に収めているのは、手鏡とポーションでございます。」


「ふむ、一方で、商業ギルドには白銀の砂糖を収めているとも聞いたがそれも間違いないかな?」


 へぇ、砂糖のことも知っているんだね。

 じゃぁ、きっと私の新たな家も知っているんでしょうねぇ。


 配下に腕の良い斥候役か探偵がいるのかな?


「はい、砂糖も私の家で造っております。」


「砂糖はこれまで海外の南国より仕入れた輸入物しかなかったのだが、これら輸入物の品質に勝る砂糖が納品されていると商業ギルドのギルマスからは聞いているが、一体、何から砂糖を産み出しているのか教えてくれるかな?

 まさか無から生み出しているわけではあるまい。」


「はい、市場で飼料として売られていたベントと言う野菜から砂糖を産み出しています。」


「ベント?

 あの、馬に与える大蕪のようなベントのことか?」


「はい、左様でございます。

 あの蕪状の実の中に糖分が含まれていますのでそれを抽出し、結晶化させたものが砂糖になります。

 海外産のモノはおそらく糖分の含まれた節のある植物の茎を粉砕し、煮込んで糖分を抽出したものでしょう。

 同じ糖分ですけれど、性状や甘みは少し異なります。」


「ふむ、高額で取引されているようだが、誰にでも作れるものなのか?」


「さて、どうでしょうか?

 少なくとも錬金術を承知している者でなければ簡単には作れないかもしれません。

 それに大量に生産するとなれば、粉砕したり、加熱したり、水溶液から結晶化させたりなど様々な工程を必要としますから、数人の腕の良い錬金術師が必要になるでしょう。

 また、場合によっては、様々な工程の魔道具を製造するために鍛冶師の力も必要になるやも知れません。」


其方そなたの家にはそのような魔道具があるのか?」


「いいえ、私は魔法で全ての工程を整えていますので、特に魔道具のようなものは用意してございません。」


「ふむ、何とも規格外れの能力の様じゃな。

 錬金術・薬師ギルドの実技試験でも準備されていた道具を一切使わずに、全て空中で作業し、合格品を産み出したと聞いておる。

 これまで、そのような作り方で試験を通った者などいないそうだ。

 そうしてまた、ゴブリン・キングの討伐に際して見せた攻撃魔法の数々・・・。

 いずれ王都から招請の知らせが参ろう。」


 あれぇ?

 まぁ、ある程度予測はしていましたけれど、・・・。


 侯爵の言で王都行きはほぼ確実になってしまいましたねぇ。

 それでも一応はとぼけて嫌がって見せましょうか。


 或いは王都行きが取りやめになる可能性も・・・。


「え、あのぅ・・・。

 王都から招請と言うのは何故なのでしょうか?」


「其方の錬金術師や薬師としての能力は極めて高く、しかも最年少での有資格者とあれば中央のギルド本部がその将来性に目を付けるのもやむを得ない仕儀であろう。

 さらに商業ギルドに収めている砂糖は、王都の菓子師の間でつとに有名になっておるようじゃ。

 不純物の無い白銀の砂糖は、上級貴族に供される菓子にふんだんに使われているらしい。

 もうひとつ、そなたが使った索敵魔法と攻撃魔法については、王宮魔法師団が殊の外ことのほか興味を抱いておる。

 従って、王都にある錬金術・薬師ギルドから、また菓子師の属する商業ギルドから、そうして王宮魔法師団からそれぞれ王都招請の話が舞い込むはずじゃ。」


「あの、二つのギルドはともかく、王宮魔法師団が何故に私のことやゴブリン討伐のことを承知なのでしょうか?」


「うん?

 あぁ、それは私の古くからの友人が王宮魔法師団の副団長をしていてな。

 酒のさかなでついうっかりと其方のことを話したのがきっかけで、知られてしまった。

 ベルデンという私の友であり魔法師団の副団長をやっている男が、そなたに興味を抱いて王都に招くと言っておった。」


 なんと、目の前のオジサンが火付け役かい?

 私自身は目立つつもりは全然ないんですよぉ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る