第二章 色々お呼ばれです

第21話 お貴族様の招請ですって・・

 購入した家に移ってから五日目、工房や二階の居住部分の仕様変更も終わりました。

 一応生活に必要なものはそろっています。


 今日も朝から商業ギルドと錬金術・薬師ギルドへ納品です。

 商業ギルドには砂糖を、錬金術・薬師ギルドには手鏡とポーション類を卸しています。


 いずれも評判は上々で、納品してもすぐにさばけて在庫があまり残らないんだそうです。

 そうして今日は冒険者ギルドにもお邪魔しています。


 拠点を白狐の曲がり宿から自宅へ移しましたのでその報告のためです。

 別に届出義務は無いようなんですけれど、受付嬢のミリエルさんやギルマスとも顔馴染みになりましたので一応の近況報告のつもりだったのですが・・・。


 私の当初の意図とは違って、ミリエルさんが私の顔を見るとすぐに問答無用でギルマスの執務室に引っ張り込みました。

 で、今は例の怖い顔をしたギルマスの前に座っているところです。


「門番から街の出入りの状況は確認していたから、街には居るとは思っていたが、お前が一向に顔を出さないから正直なところ困っていたところだ。

 居場所も宿から移っていたようだしな。」


「え?

 またゴブリンでも出ましたか?」


「いや、そんなんじゃねぇが・・・。

 考えようによっては、魔物よりも面倒かもしれねぇな。

 領主のサルザーク侯爵がお前に会いたいと言っている。

 色々と報告にアヤを付けて、お前のことはできるだけ内緒にしていたんだが、冒険者の口から噂が広がり、領主様の耳にも届いたんじゃぁ、俺も嘘は付けねぇ。

 問われるままに詳細な状況説明を行ったら、侯爵様がお前に会いたいって話になってな。

 単純に考えれば、ゴブリン討伐の礼を言って感状ぐらい渡す程度かなとも思うんだが・・・。

 悪い方に勘ぐれば、貴族のなのかもしれん。

 俺自身は、サルザーク侯爵については信頼に足る人物と評価しているんだが、生憎と貴族社会ってのは結構面倒なんでな。

 侯爵にどんな意図があるのかは定かじゃないが、面会を避けるわけには行かねぇからな。

 向こうの都合を聞いて屋敷の方へ出向くしかないな。

 これは依頼じゃねぇ。

 単なる伝言だが、お前のことが侯爵にバレた以上は、面会を拒否できないものだと思ってくれ。」


 あれまぁ、本当に面倒な話ですね。

 私はお貴族様になんか用事は無いんですけれど・・・。


 断れない。

 そうですか・・・。


 じゃ、仕方ないですね。

 一応お会いして、無茶を言われるようならさっさと逃げましょう。


 折角いい拠点と落ち着き先を見つけたのに、ダメなら勿体ないけれど捨てるしかありませんよね。

 それにしてもサルザーク侯爵ってどんな人なんでしょう?


 サルザークと言う名前に聞き覚えはありませんね。

 まぁ、似たような「バルザーク」と言う姓なら留学時代の友人でエリザベス・バルザークと言うユダヤ系米国人女性が居たくらいかしら。


 エリザベスリズは優秀な外科医の卵で、私と同じ年齢だったからすぐに仲良くなって友人となりました。

 私が日本へ戻ってからもメールやら何やらで連絡を取り合っていたけれど、残念ながら私が死ぬ10年以上も前に鬼籍に入っていたわね。


 いずれにしても半月余りもご無沙汰していた冒険者ギルドに顔を出したばかりに、侯爵邸にお邪魔することになってしまった私でした。

 ギルマスのアポイント調整で、二日後に侯爵邸へギルマスと一緒に行くことになりました。


 ガイド役のリリーの概説では、貴族に招かれての訪問は、一般的に午前中は「吉兆」、午後は「凶兆」と言われているそうです。

 ですから緊急事態でない限りは、できるだけ午前中に訪問するのが原則なんだそうです。


 因みに午前中に訪問してさえいれば、帰りは午後になっても大丈夫なんだそうですよ。

 まぁ、でも、そんなことを言っていたら、夜のパーティなんぞはできないことになるんですけれど、そこはどうなんでしょう?


 但し、私、貴族に御呼ばれされても余所よそ行きの衣装なんか持っていません。

 ギルマスに聞いたら冒険者風情がそんな衣装にこだわる必要は無いが、一応できるだけ小奇麗なものを身に着けて行けと言われました。


 一応、普段着はいつも浄化魔法できれいにしていますし、私の裁縫スキルでほつれなんかもきれいに直していますから見栄えは新品同様の筈です。

 新しいものじゃありませんけれど、侯爵家を訪れる今日の衣装はこの街の古着屋さんで購入した古着を、別途購入した布地やらを使って私が手直ししたもので、フリルのついた薄いピンクのブラウスに、くるぶしまで隠れる赤紫のフレアスカート、それに赤っぽい革製のベストと、スエードの編み上げ靴です。


 武器の類は身に着けていませんけれど、一応インベントリには入っていますので必要な場合にはいつでも取り出せます。

 髪型は、この地に着いた時からのポニーテールです。


 生前はひっつめのお団子頭でした。

 外科手術の際には長い髪がそもそも邪魔になるので、いつも私の髪はお団子風にまとめていたんです。


 でもこの異世界に来た時には、何故かポニーテールになっていて、リボンでまとめてあったのですけれど、森を歩いている時には木の枝などにリボンが引っかかりやすいので、リボンよりも筒状のクリップの方が便利と考え金属製のものを自作しました。

 地中の金属を色々使って全体的には銀製品に見えますけれど、結構凝った造りで小さな宝石なんかを多数散りばめています。


 アクセサリー的なものはそれだけかな?

 お招きされた場合の一応の礼儀として、お土産の手鏡を一つ持参して行くことにしています。


 手鏡の背面は、カメオのブローチよろしくピンク素材の軽金属に透かし彫りで女性の横顔を描いています。

 柄の部分は花柄模様の浮彫がされていますので滑りにくく、結構見栄えのする品だと思います。


 そうして、これまた自作の金糸・銀糸をあしらった細かな市松模様の布地に手鏡を包み、斜めに肩から掛けた薄く小ぶりのショルダーバックに入れています。

 この土産は侯爵様用と言うよりはどちらかと言うと奥様か娘さん用かな?


 侯爵様用にワインか酒でもと考えはしたのですけれど、もしかして下戸の人なら贈られても迷惑ですものね。

 ですから女性用の手鏡にしました。


 もし独身ならばどなたか女性にプレゼントしても良いと思いますし、ご自分で使うのもアリでしょう。

 まぁ、その場の雰囲気を見て土産物を出すことにしましょう。


 ある意味で私の錬金術師としての自己紹介を含めた品ですので・・・。

 約束の刻限の少し前にギルドに行くと、ギルドの前に黒塗りの立派な馬車が待っていました。


 その馬車の傍らで、ギルマスが立っていて私を待っている様子です。

 私が小走りで駆け寄るとギルマスが言いました。


「遅れずに来てくれてよかったぜ。

 迎えの馬車がもう来ているから、余り待たせるわけには行かん。

 ただ、・・・。

 おめぇ、・・・。

 その衣装はいかにも町娘風だなぁ。

 とても冒険者には見えねぇが・・・。」


「あら、冒険者の扮装が良かったのですか?」


「いや、そうじゃねぇが・・・・。

 向こうは女冒険者が来ると思ってるからよぉ。」


 そう言えば私のこんな服装を見るのはギルマスも初めてだったわね。

 女性として別におかしな扮装ではないと思うのですけれど・・・。


「ご不満ならば、着替えてきますけれど、それだと約束の刻限に遅れますよ?」


「いや、その必要はねぇ。

 行くぞ。

 馬車に乗れ。」


 そう言ってさっさと先に馬車に乗り込むギルマスでした。

 この世界はレディファーストって礼儀が無いのかしら、それともギルマスの「がさつさ」の所為なのかしら?


 侯爵のお屋敷は、そもそもカボックにはありません。

 カボックは、侯爵領にある第二の都市であり、商業の盛んな街なのです。


 カボックから南に12ムロ(約20キロ)ほど離れた場所に領都エルブルグがあります。

 エルブルグは行政の町であり、領軍の主たる駐屯地でもあります。


 カボックからエルブルグまでだと、普通の人が徒歩で三時間から四時間程度かかりますし、強化された冒険者の足でも一刻で10ムロ程度進めれば上々ですが、馬車であれば一刻の間に12ムロほど間違いなく進めるようです。


 ですから私とギルマスは仲良く馬車に揺られて2時間ほどの小旅行の最中です。

 馬車の中でギルマスが一応の注意事項を話してくれました。


 サルザーク侯爵は、御年38歳の若い貴族です。

 父君であるボルツ・フォン・サルザーク前侯爵が二年前に引退して以来、侯爵の地位を引き継いでおられるそうです。


 因みに前侯爵は半年ほど前に病没されたとか。

 奥様は複数居らっしゃいますけれど、正室は王家の第二王女様でエマ様。


 側室に元子爵令嬢であったキャサリン様がいらっしゃるようですけれど、エマ様の権威が大きく、キャサリン様は滅多に表に出て来られないとか。

 正室エマ様との間に二男一女を設けており、側室キャサリン様との間にも二女を設けていらっしゃるとか。


 少なくとも侯爵家の後継ぎで問題になることはなさそうです。

 注意すべきは、エマ様への対応です。


 失礼があったりするとラムアール王国この国に居られなくなるかもしれないから注意しろとギルマスに脅されました。

 まぁ、しょうがないですよねぇ。


 そんなことになったら早々とこの国をおん出ることにしましょう。

 第一王女は隣国の王家に嫁いで行きましたので、この国における相続の問題は無いのですけれど、今のラムアール王国の王家には嫡子(リチャード様)が一人しかいないそうで、リチャード様に万が一のことがあれば、エマ様と侯爵のお子である男子二人の内一人が王家の養子になる可能性があるようなのです。


 そのために幼少のころから二人の男子には王家の近衛騎士団から護衛が回されているとのことです。

 女の子にはその問題がなさそうですけれどね。


 うん、お貴族様と言うのはやっぱり面倒ですよね。

 そんなこんなで色々と王家や侯爵家の内情を聞いているうちに領都エルブルグに入りました。


 エルブルグの街中からも良く見える西側の高台にあるお城がサルザーク侯爵の館なんだそうです。

 坂道を七曲りしながら高台に上って行きますので到着までにはもう少々時間がかかります。


 坂道を登り切ったところに見えたのは、フランスのロワール・エ・シェールにあるシャンポール城に似たたたずまいの城でした。

 私の夫との新婚旅行は、それが夫婦になって最初で最後の海外旅行になりましたけれど、欧州8日間の旅に出かけ、シャンポール城も訪問し、お城を背景に二人で記念写真を撮りました。


 ある意味で私にとっては思い出の地なんですが、それとよく似た佇まいは不思議に私の心をワクワクさせました。


 

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