第20話 中古の新居で~す
元鍛冶屋だった建物をそのまま購入、費用は金貨8枚でした。
前世の日本では多分160万円前後というところでしょうか。
余程の田舎にでも行かなければ、土地だけでもこんなお値段では買えないと思います。
商業ギルドで聴いた時の話では、当初の売値は金貨30枚だったものが徐々に下がって金貨12枚にまで下がっていたそうです。
それでも買い手がつかないというのは、お隣さんの曰く因縁が相当に響いていたということでしょうね。
既に町に住んでいる人はなにがしかの住居を持っているのでしょうから、無理に土地を購入する理由は無いですし、街へ初めて来た人は、臨家の状況を確認すると尻尾を巻いて逃げたのでしょう。
余程のモノ好きでも無ければ食指を動かさない物件だったようです。
私は金貨12枚で購入するつもりでしたが、ザイゲンさんが値下げして金貨8枚で譲ってくれたのです。
何れにしろ、工房兼住居に改装した二階屋ですが、改装完了の翌日には宿を引き払って、住居に入りました。
勿論、パティとマッティも一緒ですよ。
パティとマッティに専用のお部屋を上げようと思っていたら、二匹とも私と一緒の寝室が良いそうなんです。
で、ベビーベッドというかペット小屋というか、二匹の眠れる瀟洒な居場所を造り、尚且つ、運動用にキャットタワーのような段差のある構造物を作ってあげました。
暇なときは、こうしたもので簡単な運動ぐらいはできるはずです。
室内というのはどうしても運動不足になりがちですから、注意しなければなりません。
庭にはもう少し大きめの屋根付きのジャングルジムのような遊び場を作ってあげるつもりです。
キャットタワーの最下層には自動補給のできる一定水位の水飲み場を作りました。
食事は、食堂で一緒に食べることにしようと思っていたら、ホーリー・テールの場合、食事は殆ど取らないのだそうです。
リリー曰く、適量の魔素があれば良く、自然の魔素よりもティムマスターである私の周囲に溢れる魔力があれば、食事は10日に一度程度、少量の肉類を食べさせてあげれば良いのだとか。
水分補給も一日に一回程度で済むのだそうですよ。
手間のかからないペットですね。
私の寝室のドアの下方にはパティとマッティ専用のドアを作ってあげました。
入る時も出る時も頭でチョット押すだけで開くホーリー・テール専用の小さなドアなんです。
家の敷地には私の造った魔道具で結界を張っていますので、有害な虫や魔獣などは結界内に入れなくなっています。
人についても悪意を持つ人物については結界内への侵入が難しい様に設定してあります。
一階部分の工房については、受付に当たる領域は誰でも自由に出入りできるようにしていますけれど、カウンターから中にはやはり結界を張っているので私の許可なしには入れないようになっています。
取り敢えずは、この新たな拠点で砂糖を産み出す算段を整えることにしました。
庭の一角に3m四方程度の砂糖精製のための屋根付きの作業場を造りました。
原料であるベントは、毎日野菜屋のオジサンに運んでもらうのですが、その保管場所として道路に面した場所に大きな蓋付きの箱を造ってあります。
私の空いている時間で適当な時にそれを作業場へ運び、製糖作業を行うのです。
1日に30分ほどで、金貨16枚分の砂糖を創り出すのですから,これはもうぼろ儲けですよね。
余り安くすると既存業者を圧迫することになるでしょうから、当面は需給状況を見ながら生産調整を行って様子を見て行きましょう。
朝食後に製糖作業、それからパティとマッティを連れて、市外に散歩です。
東西南北にある門の一つから出て別の門から入るだけの散歩ですが、その間にポーション用の素材と、錬金用の素材を地中や地上から採取して歩くのです。
素材は草原にも茂みの中にも、林の中にも在ります。
そうして持ち帰った素材から、午前中にポーション作りを、午後から魔道具の生産を行います。
最初に手掛けたのは水洗トイレですよ。
二階にあるトイレは未だトイレとしては機能していません。
便器が無いんです。
一階のトイレは、購入前からあるポットン式で臭いが凄かったですね。
「肥溜めの残り物」は、風魔法と火魔法で乾燥させて臭気を完全に奪ったうえで、金属製の箱に入れて、インベントリに一時保管、散歩途中に中身だけ土の中に埋めて来ました。
陶製というか高品位セラミックス製の便器はすぐにできましたヨ。
井戸から水を組み上げるために作った三軸スクリューポンプ(IMOポンプ)を設置して、水道管をつなぎ、家の各所に水を送れるようにしています。
ポンプの原動機は魔石と魔法陣を利用したモーターです。
小型ですけれど力がありますよ。
但し、IMOポンプは力が強いですから水栓を閉めているとあちらこちらから漏水の心配もあります。
そのためにポンプの出口には安全弁を設けて一定以上の圧力になれば給水口側に戻るようにしています。
貯水タンク、排水管、処理槽等を設けて、水洗便座をつければ一応水洗トイレの完成です。
処理槽に溜まった不要物は、ゴブリンや狼から採取した魔石を利用した魔道具で焼却し、残渣は圧縮して固形物にしてしまいます。
それらを一月か二月に一度程度外に捨てに行く仕事が増えますけれど、衛生環境の維持を考えればたいした作業ではありません。
当初はスライムを使って塵芥処理をできないかと考えたのですけれど、スライムも全部をすぐに処理できるわけではなくって、時間がかかるのでどうしても臭気が残るんです。
結局、スライムの利用は諦めました。
最終的に不要物は雑菌を含めて完全に焼却していますので、残渣はとても少量で綺麗なんですよ。
水洗トイレの便器を三個造り、二階の私の寝室専用に一個、客用の共用トイレに一個、一階のトイレに一個据え付けて、水道用のポンプを駆動してテストです。
安全弁を取り付けた圧力タンクを介在させていることもあって、構造は若干複雑になりましたがテストの結果は良好でした。
便座に温水が利用できる形にするのは、もう少し後にしましょう。
亜熱帯に近い気候で一年を通して余り寒くはならないようですから、水そのものが左程冷えていないのです。
温水が必要ならば再度造り直したいと思います。
今のところ水洗便座を含めた水洗トイレ一式を売り出すつもりは無いのですけれど、要望があれば製造販売も考えてみましょう。
その場合は浄化槽やら配管やら結構付帯工事が面倒なんですが、そうしたものが不要な単体で機能する便器をそのうち考えることにします。
後は、お風呂なのですが、地下水を温める方式ではなく、やはり宿と同じく温泉を掘り当てることにしました。
そうして掘り当てた温泉は、私が利用した白狐の曲がり宿と同じ泉質の温泉で、温度もほとんど変わりません。
念のため、白狐の曲がり宿の方の湯量も変わっていないかどうか確かめてみましたけれど、湯量に変化はなく、我が家の温泉利用ぐらいでは何の影響もなく大丈夫なようです。
温泉も余り掘りすぎると全体の湯量が減少することが良く知られていますし、地殻変動等によっては温泉そのものが枯渇若しくは消失することもあるようです。
因みに、このカボックでは地震の発生は極めて少ないようですので地殻変動の心配はまず要らないでしょう。
リリーの話によれば、コルラゾン大陸南西部のアドリアル海に面した海岸地帯は、かなりの火山帯があり、大地震もかなりの頻度で発生しているようですが、カボックまでもが揺れるような大きな地震は無いそうです。
その意味ではこの地域で地震の心配をしなくても良いのかもしれませんが、念のため我が家には耐震補強のための斜めの梁を多用しています。
もう一つ、温泉の熱源利用で、熱交換器を造り、水道水を冷水と温水に分けるようにしました。
温泉の場合、石鹸やシャンプーが泡立たないことが良くありますから、洗い湯を別にしておくと便利なのです。
そのための温水槽を地下に作っており、温水の自動給水ができるようにしてあります。
自動化というのは別に電気が無くとも、機械的な仕掛けで結構造れるものなんです。
私は、中学生の時はそう言った機械の構造を調べるのが趣味で色々な模型を良く見たものですよ。
三軸スクリューポンプだなんて機械工学でも専攻した人じゃない限り、普通の女子生徒ではそもそも存在すら知らないでしょう。
まぁ、そうは言いながらも私も魔法が使えるので自作したわけで、そうでもなければ構造を知っていたにしても作れるはずもありません。
自宅となれば電化製品若しくはそれに代わるモノが欲しいですよね。
先ずは、照明と冷蔵庫ぐらいでしょうけれど、洗濯機は不要かもしれません。
実は清浄化の魔法を掛けたら、洗濯よりも綺麗になるんです。
生地も傷まないし、本当に便利ですよね。
音響製品はあれば便利ですけれど、そもそも録音機材も演奏道具もありません。
まぁ、今後必要に応じて開発を検討しましょうか。
文明の利器としては、紙と筆記具は必要でしょうね。
それと知識を蓄え、周知して広めるには印刷技術と印刷器具が必要です。
この世界に印刷が無い様であれば、少なくとも活版印刷による製本技術ぐらいは導入したいですね。
そうでなければ庶民の子供たちが教育を受けられません。
明治以降の日本は識字率が非常に高くなったのですが、私が生まれた以降でも発展途上国では文盲の人が多かったのです。
教育は社会の進展のためにも大事ですよね。
紙は木材資源が豊富なので割合簡単に作れそうですが、これも大量生産を始めると自然を変えてしまうことになりかねません。
しっかりとした計画性をもって始めることが大事ですね。
自然のサイクルに合わせた生産量を調整できればいいのですが、ヒトは欲深いですから、儲かるとわかれば無茶をするものなんです。
そうならないよう一定の制限をするのが、自然との共生には大事なのです。
普通の竈だと薪などの燃料が必要ですし、排気のための煙路も必要になります。
鍛冶工房には、魔石利用の火炉がありますけれど、出力が違い過ぎますので炊事用竈への兼用はできません。
そう言えば、元の建物には竈的なものは無かったように思うのですが、ザイゲンさん一体どうしていたのでしょうね?
魔道具のコンロを道具屋さんで見せてもらいましたが、結構お値段が高いんです。
特に火力調節ができる三口コンロ的な品は、金貨50枚もします。
コンロで1000万円もするなんてどんな嫁入り道具なんでしょう?
止むを得ないので自作で済ませます。
鍛冶も錬金もできますからね。
魔道具コンロ程度は頑張れば作れるはずです。
そのためにあちらこちらの道具屋さんで鑑定をかけまくって構造と仕様を調べました。
結局、素材はタダ、半日分の労力で立派な魔道具コンロが出来上がりました。
コンロの表面は耐熱強化ガラスで覆われたヤツで前世の電磁調理コンロも真っ青の代物です。
それに6面に魔法陣を描いた魔導オーブンも取り付けましたので、七面鳥の丸焼きもできますよ。
もう一つパン焼き器も別途作りました。
要はホームベーカリーですね。
前世で構造なんかも知っていましたので作るのは簡単にできます。
但し、温度調整は試行錯誤ですね。
実際に美味しく出来上がるまでには20日以上もかかりました。
一旦作ると後は毎日美味しいパンを食べられますので超便利なのです。
デジタルタイマーは電気が無いと難しいのでゼンマイ利用の機械式タイマーですね。
実は街で売られているパンはとても硬いのです。
昭和生まれの私でもやっぱり軟らかいパンの方が良いですよね。
知っていますか?
私の小学校時代は、給食に粉乳とコッペパンが出ていましたよ。
このコッペパンがその当時は物凄く軟らかだったのを今でも覚えているんです。
粉乳というのはスキムミルクのことですよ。
そうして、実は、この世界には牛乳が無い様なのです。
牛の魔物でホーンブルとか言うものも居るのですが、飼育ができないようです。
体長10m、体重30トンを超える野生のモンスターですから、このミルクを利用できるのはホーンブルの子供達だけでしょう。
牛乳の代わりになるものが飼いならしたヤギの乳や馬乳ですね。
但し、あちらこちらで魔獣や魔物が出現するために牧場を維持するのが難しく、とても希少品なのです。
代替品となるものが、ココナッツミルクならぬ、アルパナミルクです。
ヤシの木の実の様な丸い大きな実がアルパナという灌木にできるんです。
生産量は、左程多くはありませんが、レストランの料理に使われるぐらいには十分に採れるようです。
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