第18話 お風呂を作りましょう

 錬金術師と薬師の資格を手に入れたところまでは良いのですが、王家を含めて貴族階級に目を付けられるのは非常に不味いのです。

 その一方で、マヨルカさんに依れば、専門学校の名も、教えを請うた師の名前も記載しないままで錬金術師や薬師の試験を受験して、両方一度に合格した者は私が初めてのことらしいのです。


 うーん、事前に、もう少しリリーから情報を聞いておけば良かったですね。

 既に色々とやらかしてしまったようですが、情報不足のまま私が先走ってしまったのが主な原因なのでしょう。

 

 そもそも、錬金術師も薬師も他の職と異なり、知識と経験を得るのに本来であればかなりの時間がかかるもののようです。

 錬金術師であれ、薬師であれ、通常の場合は、いずれかの専門学校を卒業し、名のある師匠の元に徒弟として住み込み、実践の練度を上げてから試験を受けるのが常識だったようですね。


 かなり昔には、学校を卒業してすぐに受験する者も居たらしいのですが、合格する者は滅多にないと言う稀な状況であるために、現在では専門学校卒業後少なくても三年間は名のある師匠の下で見習いとして修練するのが当たり前になっているのだそうな。

 うん、確かに私は専門学校には行っていないし、どこやらの工房の師匠の徒弟にもなっていないですね。


 教えられたというか、スキルを与えてくれたのは、神様だものね。

 まさか正直に神様からスキルを貰いましたとは言えないでしょう。


 特に「神」に関わる話については、教会関係者に注意しなければならないと思うし・・・。

 そうしたことはともかく、錬金術師にしろ、薬師にしろ、一旦資格を取ったならば、後はギルドへの貢献度により資格の昇級があるようです。


 リリーの補足説明によれば、ギルドへの貢献度というのは成果物をギルドへ納品することにより、世の中に成果物を還元することで得られるものだそうで、大枠では、三級資格を得てから二年以上の経歴を有し、総額で大金貨10枚程度の納品を行った場合には二級に昇級し、二級に昇進してから三年以上の経歴を有し、大金貨50枚程度の納品を行った場合には一級に昇級する資格があるそうなのです。

 まぁ、何事にも例外はあるそうで、特別に大きな貢献を為した場合は、先ほどの条件に関わらず昇級する場合もあるとのことですけれどね。


 成果物は基本的にギルドへ納品することが求められるのですが、緊急事態等止むを得ない場合はギルドを通さずに譲渡若しくは売却しても差し支えないのだそうです。

 但し、その場合、得た利益のうち2割の金額を税として代官所、ギルド等に納める義務が生じるのです。


 無償で譲渡した場合はこの限りではないようなのですが、無償譲渡は周囲から犯罪関与や脅迫等の背後関係が疑われることから一般的ではないようですね。

 まぁ、ただほど高いものは無いと言いますものね。


 私も十分に注意しておきましょう。

 錬金術・薬師ギルドの一階受付で資格証明になるカード(黒鋼製)を貰ってギルドから引き揚げようとしましたなら、試験員だったヴァリスレッド・カークランドさんに掴まってしまいました。


 カークランドさん曰く、今日試験で造って見せた手鏡を20個ほど作ってギルドに納品して欲しいとのこと。

 何でも出来が良いので、上級貴族向けの商品になると判断しており、錬金術・薬師ギルドから商業ギルドへ転売するそうなのです。


 納品価格は商業ギルドとの話し合いで決まるのですが、鏡一枚で金貨10枚は下らないだろうとおっしゃってましたね。

 えーっ!?金貨10枚って、100万から200万円相当?


 そんなに鏡って高いものなの?

 まぁ、そう言えば大昔に八咫鏡やたのかがみなんて宝物めいた青銅の鏡もあったよね。


 あれは儀典用とも言われているのだけれど、仮に鏡として使っていたなら、装飾もされているし、相応に高価だったのかも知れないですね。

 私も女性が使うことを想定して背面にちょこっと花柄で彩色したりしましたから、価値が上がったのかな?


 まぁ、少なくとも実用性は高いですよね。

 銀の分子で鏡面コーティングなんて技術は、この世界には無かったかも知れないし・・・。


 まぁ、この際小遣い稼ぎで造るのは構わないですよね。

 鏡1枚で金貨10枚であれば、鏡20枚で金貨200枚になる。


 ウン、ちょっと稼ぎすぎかもしれないけれど、数千万円相当の資金が有れば、なにかあってもトンヅラしやすいし・・・。

 ここは、カークランドさんからの依頼を受けましょう。


 と言うことでカークランドさんの依頼を受けて早めに手鏡20枚を納品することにしました。

 造りは、試験の時に作ったものと同じでよいでしょうけれど、背面の絵柄は一応変えましょう。


 その方が、お客さんの好みで選べるでしょうから・・・。

 という訳で、錬金術・薬師ギルドを出てから広場の屋台で昼食になりそうなものを買い込み、それから一旦街の外に出て、草原の地下から銅と錫、それに銀の素材を採取しました。


 鏡一枚当たりの銅、錫、銀の分量はわかっていますので、それに見合った量を僅かに超える量を採取しました。

 それから宿に戻って、部屋でしこしこと手鏡の制作です。


 試験会場に連れて行くのは流石に拙いと思ったのでホーリー・テールのパティとマッティは宿で待ってもらっていました。

 ちゃんと大人しく待っていてくれたようです。


 今後パティとマッティを家に置いて行くような場合のことを少し考えておかねばなりません。

 見かけはスピッツの子犬ですが、偽装しているだけで万が一正体がばれると速攻で追いかけられることになりますからね。


 私がいないところでそんな状況になるのは困ります。

 まぁ、マーカーでチェックはできるので居場所はいつでもわかりますけれど・・・。


 パティとマッティのためにもちゃんとした居場所を考えねばならないですね。

 そろそろ宿の延長も決めなければいけない時期ですし。


 いっそ住まいも付いた工房でも借りてみましょうか。

 パティとマッティの留守番用に地下室あたりに二匹の隠れ家を作ってあげれば、人目にもつかないでしょう。


 パティとマッティに屋台で買ってきた食べ物を与えながらそんなことを考えていました。

 そうして手鏡20枚を製作するのに要した時間は約2時間ほどでした。


 これで、数千万円の儲けになるというのはちょっと信じがたいものが有りますけれど、モノの価値を決めるのは買い手なんです。

 そのまま現実を受け入れましょうね。


 その日は宿に届けられた例のサトウダイコンベントから砂糖を抽出する作業をしました。

 その砂糖の一部をガラス製の容器に入れて、宿のご主人に各安で卸してあげました。


 但し、その分、商業ギルドに卸す分を多めに作らねばなりませんでしたけれどね。

 宿に卸した砂糖の量はほぼ2キロ程度、商業ギルドへ卸す量はその10倍の20キロ程度を見込んでいますので、毎日のベントの入荷量から言えば、10日前後かかるでしょうか。


 商業ギルドへ卸す際にも1キロほど入るガラス容器で納品することを考えています。

 運ぶのには小型の荷車が必要かもしれませんね。


 加工用の木材が伐採さえ可能であれば、インベントリに保管できるので、そのうち暇を見て作っておきましょう。

 後は、そう、宿のお風呂の件、女将さんと相談しなくてはいけないですね。


 この身体になってから、もう10日もお風呂に入っていません。

 生活魔法のクリーンで一応身ぎれいにはできますけれど、前世では元気な折は毎日入っていたお風呂なのに、ここではその癒しが有りません。


 やっぱりお湯に浸かってゆったりとした気分にひたれなければ一日が終わったような気がしないのです。

 お風呂に入れないと何となく汚れているという感触が付きまとってしまいますよね。


 米国留学中のアパートには、風呂ではなくシャワーしかありませんでしたけれど、やっぱり気分が爽快にはなりませんでした。

 お風呂は日本人の生活の根源に関わるモノのような気がします。


 女将さんに風呂の件を相談してみたところ、風呂を造るような金銭的余裕がないと一旦は断られました。

 でもそこでひいては女がすたりますから、私は粘りました。


 温泉を掘るための労力、浴槽及び浴室の建設に必要な木材の手配、及び建築の労力を全て私が賄うので、宿では必要なスペースの提供と新たに井戸を掘ることを許して欲しいとお願いしましたら、女将さんは本当にできるのだったらと言って何とか許してくれました。

 で、翌日はパティとマッティを連れて、商業ギルド及び木工生産ギルドで木材の伐採について確認し、自由に伐採しても構わない場所を聞き出しました。


 その場所に赴いて、他にも使えるかもしれないので、必要量よりもはるかに多い凡そ100本分のヒノキに似た樹木を伐採しました。

 但し、間伐のように極力森を遺す形で生態系に配慮しながら木材を入手しました。


 加工の方なんですが、インベントリの中で枝払い、乾燥、切断の加工ができてしまいました。

 自動でできるわけではないのですが、予め、相応の加工をイメージして実行すると簡単にできることがわかったのです。


 乾燥は樹木から水分を抜く感じなのですが、抜きすぎると木材の強度が著しく下がってしまうので適度な水分を遺すようにしました。

 皮剥ぎや切断は、出来上がりの寸法をしっかりと確認の上で行うと綺麗に出来上がりました。


 魔法って本当に便利ですね。

 木材加工場の工程がインベントリの中で完了してしまうのですから、我ながらびっくりしてしまいます。


 お風呂場は三畳程度の脱衣室に六畳程度の浴室に設計しました。

 脱衣所の床は板間ですが、浴室の床の方はメインに花崗岩の石盤を使います。


 浴槽は、ヒノキ擬きを使って石盤の上に和風に組み上げます。

 お風呂のお湯を沸かすとなると燃料代が大変ですから、地下150mほどまで掘って、温泉を引き当てました。


 温泉は地盤の圧力がかかっているために穴を開けただけで自噴しましたが、地盤強化のために直径30センチほどの円筒上の石を組み上げて、お湯の通り道にしました。

 そのままでは湯量が多すぎるので地上部分では絞って、適量をにします。


 一方で6m程まで井戸を掘ると、飲用にもできる水が出ましたので、手押しポンプを造って、浴室内で水を出せるようにしました。

 熱交換器を造って上がり湯に温水が出るようにしても良かったのですけれど、そこは自重しました。


 自分の家ならより便利なようにしますけれど、一般の人が泊まる宿屋さんですからね。

 余りやり過ぎてはいけないと思ったのです。


 木材の伐採に1日、温泉の掘り当て、井戸の掘削に半日、木材の加工に半日、浴室床面の石盤加工と浴槽の組み立てに半日、ポンプの据え付け等雑用に一日かけ、足掛け四日で宿屋の裏庭にお風呂場が出来上がりました。

 余りの速さに女将さん達が驚いていましたが、四日目夕刻からお風呂に入ることができました。


 温泉は透明な単純泉で、ややアルカリ性なのでぬるぬるしますが、肌に優しい泉質でした。

 脱衣所には内部から簡易なカギがかけられるようにしています。


 窓はありませんが、隔壁上部に明り取りを設けていますので、日中に入る分には灯りは不要です。

 多分、女将さんや旦那さんそれにコーデリアちゃん達は、夜になってから入るようになると思われますので、魔道具の照明器具を脱衣所と浴室にそれぞれ一つずつ設置しておきました。


 ゴブリンクラスの魔核でも使える魔道具ですので、女将さん達で交換もできる筈です。

 尤もゴブリンの魔核がいくらぐらい出せば購入できるのかはよく知らないのですが、魔核については予備を含めて四つ程用意してあげました。


 風呂場が出来上がって真っ先に入ったのは私です。

 使い勝手も含めて検証しなければいけないので一番乗りをしたわけですが、やっぱり温泉はいいですねぇ。


 思わず湯につかりながら「はぁ~」と間延びした声が出てしまいました。

 外見は若いのですが中身はやっぱり年寄ですね。


 余り他人には見せられませんし、聞かせられません。

 後日談ですが、この温泉が「白狐の曲がり宿」の名物になってしまい、温泉目当てで宿に泊まるお客さんが増えたようです。


 そのために忙しくなったので従業員を一人新たに雇ったと聞いています。

 湯量は十分にありますので、湯本として温泉を他の家等に分けてあげることもできることは女将さんに伝えてあります。


 将来的にこの一角が或いは温泉街として賑わうことになるかもしれませんね。



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