第11話 野外研修 その二
冒険者ギルドの初心者研修第二日目もギルド前に集合です。
昨日会ったばかりの不真面目な二人組は昨日に比べたら神妙ですね。
自分たちがいかに危険だったのかを知ったからかもしれませんし、もしかするとその逆に逆恨みで何か企てているかもしれませんから要注意です。
私は保護者でも研修の講師でもないけれど、何となくおチビちゃん達とこの二人組が心配ですからそれとなく注意を払っておきましょう。
特に今日はゴブリンが居る場所であり、魔物の中では最弱種の一つではあっても、ゴブリンは集団で襲って来る魔物ですから、気を抜けません。
研修生を守るのは護衛役の冒険者と講師なのでしょうけれどね。
今日の講師はブランデンさんともう一人、確か初日に受付に居たミリエルさんです。
やはり、ゴブリン退治となると心配なのでしょうね。
それに昨日は予想外の茶色スライムが居ましたしね。
本来、色の濃いスライムはもっと都市部から離れた場所に生息している筈なので、あの個体が特別だったのかそれとも何らかの別の影響があったのかはわかりません。
その所為もあってか、本来二日目は冒険者パーティは一つだけの予定の筈が、二チームになっていました。
ギルド側で万が一を考えて護衛を強化したみたいですので、ミリエルさんの参加もその一環なのでしょう。
まぁ、危機感を持って警戒してくれるのは、研修生の安全にとっても良いことだと思います。
でも受付嬢って事務職かと思っていたのですが違うみたいですね。
こそっと密かに鑑定したら、何と彼女はブランデンさんと同じ黒鉄(中級―2)でした。
そうして種族は犬の獣人とのハーフのようです。
門を出る前に打ち合わせが行われ、初心者単独でゴブリンと対処しないように厳しく注意を受けました。
ゴブリンは初心者であれば原則二人以上で対処する討伐対象なんだそうです。
確かにおチビちゃんたちでは武器を持つ可能性のある人型魔物の相手は難しいのじゃないかと思います。
ゴブリンの動きはさほど早くもないのですが、それなりに力はありますからおチビちゃんたちでは力づくで振り回される恐れがありますよね。
結局、研修生も臨時のパーティを組むことになりましたが、私は希望しておチビちゃんたちと組むことにしました。
問題児二人の監視も一応は続けますが、ブランデンさんやミリエルさんから指示されない限り、彼らを助けるつもりはありません。
全員で城壁から数百メートル離れた灌木の生い茂る緑地帯に入って行くと、周囲にぽつぽつと魔物の反応が出だしました。
ちょっと数が多いですね。
ブランデンさんとミリエルさんに警告を発します。
「ブランデンさん、それにミリエルさん。
正面を中心に左右60度の範囲に魔物多数です。
少なくとも40以上、更に増えて行きます。」
「魔物の種類はわかるか?」
「すみません、そこまではわかりません。
一番近いのは50レーベほどの距離です。」
レーベとは長さの単位でおおよそ人の手を広げた幅となっているのですが、まぁ、160センチから180センチ程度の長さになります。
従って50レーベとは100メートルよりも近い距離になるのです。
その範囲は灌木から丈の高い樹木に変わりつつある境界付近であり、緑が濃いためにそもそも緑色の皮膚を持つゴブリンの姿は見えにくいし、彼らも樹木の陰に隠れて待ち受けているようです。
ブランデンが叫びました。
「全員止まれ。
魔物集団が近い。
場合によっては撤退する。」
そうしている間にも左右の魔物の範囲が徐々に広がり、160度程までになっている。
周囲にいる魔物の数は80を超えています。
これだけ統制された動きができるということは、ゴブリン集団にジェネラルなどの指揮者が生まれた可能性が高いとリリーが教えてくれました。
私が周囲の状況を逐次知らせていると、ブランデンさんが漸く撤退を決めました。
「撤退する。
ミリエルを先頭に研修生は続け。
その後に「大地の守り」の4人が続け。
最後部は俺と「青き旋風」の4人だ。
急げ。」
研修生たちは一斉に動き出しましたが、その気配を感知したのか、魔物たちも動き始めました。
左右からの包囲網を
撤退する方はちびっ子たちの足が遅い分ちょっと負い目になっちゃいます。
止むを得ず、私が一人を背負い、二人を小脇に抱きかかえて走り始めました。
三人合わせると結構な重量にもかかわらず、先頭を走るミリエルさんにぴったりついて行くのでミリエルさんがびっくりしています。
灌木の切れ目で彼らは諦めるかと思いきや。
ゴブリンどもがわしゃわしゃと草原にまで
おチビちゃん達は私が抱えているから大丈夫でしたが、足を引っ張ったのは又も問題児二人でした。
何をとち狂ったか、包囲網の端っこに当たるゴブリンに向かって突っ込んで行ったのです。
ミリエルさんが叫びました。
「戻れ、馬鹿。
お前たちで叶う相手じゃない。」
そうして二人組が端っこのゴブリンに切りつけ、確かに一匹は倒しました。
しかしながら、その間に二人は10匹以上のゴブリンに囲まれてしまったのです。
ゴブリンは無手ではありません。
こん棒を持ち、あるいは錆び付いたショートソードを持っているヤツも居るのです。
そうして魔物の集団がその二人をターゲットにしたようで、一斉にその方向に押し寄せて行くのがわかりました。
その数優に百匹を超えています。
これはもう間違いなく中級では対応できないレベルだとリリーが教えてくれました。
何れにしろおチビちゃん達を抱えている以上、私も無理はできません。
私は心を鬼にして問題児二人を切り捨てました。
「ミリエルさん。
おチビちゃん達を取り敢えず門まで送り届けます。」
そう言って私は、ミリエルさんをあっという間に抜き去って、東門へ急ぎました。
おチビちゃん達を門衛に預け、同時に百匹以上のゴブリン集団の出現を知らせ、冒険者ギルドへの通報をお願いしました。
そうこうしているうちに次々と研修生たちが東門に駆け込んで来ました。
中級者二人でも流石に百を超えるゴブリン集団は無理だったようですね。
とどのつまり無茶をした二人は、その命で自らの過ちを償ったことになります。
安全な研修の筈だったのに、何とも苦々しい体験となりました。
門衛は間もなく増強され、第二の都市カボックに駐留する騎士団が緊急出動し、同時に冒険者ギルドも白銅以上の冒険者を緊急呼集してゴブリン退治に乗り出したようです。
放置すればカボックへつながる通商路が止まる恐れがあるからなのです。
特に強烈な血の臭いを嗅いだゴブリンは狂気に走ると言われ、無謀な特攻も辞さなくなるそうな。
二日目の研修はそのようにして中途半端に終わり、以後の研修は取り敢えず中断となりました。
◇◇◇◇
翌日その後の様子を窺いにギルドに顔を出した私は、すぐに問答無用でミリエルさんに拉致され、ギルマス(ギルドマスター)の執務室に引っ張り込まれました。
そこには、ギルマス以下幹部が揃っており、何やら会議中だったようです。
明らかに私は場違いだと思うのですが、ミリエルさんが言い切りました。
「この子は索敵に優れた才能を持っています。
昨日襲撃後に姿を消したゴブリン集団を捜索するにはこの子の力が是非とも必要です。」
ギルマスらしき年長の人物が口を開いた。
「ふむ、どこぞへ隠れたゴブリンを探すには、確かに索敵能力が必要と思われるが・・・。
お前、見かけたことのない顔だが、ギルドのランクは?」
「えー、あのう。
4日前に登録したばかりの赤銅です。」
「ふむ、・・・。
で、ゴブリンを察知できるらしいが、どのぐらいの距離からできる?」
「昨日の段階では、50レーベから80レーベ程度かと思います。」
「ほう、ゴブリンかそれ以外かの判別はできるか?」
「昨日でゴブリンの感触が凡そ掴めたので、ゴブリンとそれ以外の区別はつくのじゃないかと思いますが、実際のところははやってみないとわかりません。」
「ふむ、魔物の察知能力はある意味でユニークスキルと言われているが、中でも魔物の判別ができる能力は極めて珍しい。
本来ならば、赤銅ランクの初心者を討伐作戦に参加させるのは問題なのだが、・・・。
侯爵から直々に特別討伐要請が入った今は、やむを得ない。
当ギルドの総力を挙げてゴブリン討伐を実施する。
悪いが、お前さんも討伐隊のメンバーに入ってくれ。
お前さんの安全は保障する。
ところで・・・。
お嬢ちゃんの名は?」
「エリカです。」
「所属パーティは?」
「今のところソロです。」
「斥候役ならどこかのしっかりしたパーティに入った方がいいのだが・・・。
俺が紹介しようか?」
「いいえ、結構です。
メインは、錬金術師と薬師の方になると思いますので。」
「ほう、錬金術・薬師ギルドに登録しているのか?」
「あ、いえ、ただいま申請中で4日後に試験があります。」
「うーん、それまでに済めばいいのだが・・・。」
「あのぉ、この時期を逃すと受験の失敗になって、1年後じゃないと受験できなくなりますから、受けられないようだと困るのですが・・・。」
「ああ、わかってる。
仮にそれまでに討伐が終わっていなくても、試験の日には休みをやる。
だから受験はできる筈だ。
但し、事前に行う試験勉強の余裕は無くなるかもな。」
「そちらの心配は要りません。
勉強の方は大丈夫ですから。」
「実技の試験の筈だが、その練習が必要なんじゃないのか?」
「安易な考えかもしれませんが、実技面での心配は無いと思っています。」
「そうか?
ならば、目一杯付き合ってもらうぞ。
場合にもよるが、野宿になるかもしれん。
そのための準備を一応しておけ。
東門への終結時刻は今日の四の時だ。」
何の因果なんでしょうね。
初心者研修も終わっていない私がゴブリン集団の討伐隊に組み入れられてしまいました。
まぁ、別に悪いことをするわけじゃないのですからいいのですけれど、あまり目立ちたくはないですよね。
私って平均的な人で居たいのですよ。
それなのに高い屋根にも一ッ飛びで飛び上がれちゃう体力なんてちょっと問題ですよね。
もしかしたら、今回の討伐で無双しちゃうかもしれません。
戦闘にはできるだけ手を出さず、やむを得ない時だけ手を出すことにいたしましょう。
但し、索敵だけは別。
でも昨日の経験がある所為か、索敵範囲が広がったような気がするんです。
今居るのは町の中ですけれど、この町のかなりの部分が索敵範囲と言うかモニターの中に納まっているみたいです。
多分半径で300レーベは超えているんじゃないかと思います。
つまりは凡そですが500m圏内の索敵が可能と思われるのです。
昨日の初期段階での5倍近くは行ってるんじゃないかと思いますね。
索敵能力はともかく、もし野営するとなると、多分テントが必要ですよね。
それに食料に水も・・・。
水は魔法でも出せそうだけれど、食糧は持って行った方がいいでしょうね。
本当は料理素材と調理器具を持ち込んで現場で料理したいところですけれど、それは流石に目立っちゃうので諦めましょう。
携帯食か屋台で買い食いできるようなものがいいでしょうかね。
多少冷えても魔法で温めなおせばアツアツのが食べられます。
ほかに何かあるのかな?
冒険者ギルドの近くに会った雑貨屋さんで教えて貰うことにしましょう。
雑貨屋さんのオジさんに聞くと、野営セットなるものを出してくれました。
ポーションなんかも含まれていて結構な物量になりそうです。
一応一荷物にまとまってはいるんですけれどね。
これ
そんな場合には非常時だから捨てていくのかなぁ?
ちょっと奥まったところに古ぼけたテントを見つけたので、オジさんに「これは何ですか?」と尋ねました。
「ああ、そいつは、魔道具だったんだが、魔石の効果が無くなって、開けることもできなくなったもんだ。
元々は結構な値段だったらしいんだが、単なるお荷物にしか過ぎないということで、熟練の冒険者が処分してくれと置いて行ったものだ。
役に立たないのがわかっていて欲しいならばタダでやるぞ。
但し、処分はきちんとしてくれよな。」
「貰えるものなら貰っておきます。
魔石を交換したなら使えるかもしれないし・・・。」
「ああ、そんなもんじゃねぇぞ。
そいつは魔石に魔法陣がエンチャントとしてあるんだ・
魔石を交換しても魔法陣を書き写さねば役には立たん。
昔はともかく、今ではエンチャンターの数が少ないからな。
オーダーで頼むと1年待ちはザラだと聞いている。
だから仮にできたにしても高くつくんだよ。」
「エンチャンターですか・・・。
なるほど、でも貰っていきますね。
処分する時はきちんとしますので。」
荷物は多くなるけれど、取り敢えずはインベントリに入れておいて夜間の暇なときにでも調べてみるつもりでいるのです。
野営セットも背負うだけですから、おチビちゃん三人を抱え込んでいた時に比べたら、物凄くらくちんですよ。
私って何だか怪力女になったみたいです。
見かけはほっそりしてモデル体型なので、絶対に脳筋とは呼ばれたくないですね。
準備を終えて東門に行きました。
私の荷物が大荷物かと思っていたのですが、他の人の方が余程多いようです。
何でもポーションを相当に貯め込んでいるので荷が重くなっているようです。
あんなもの現場で作ればいいのにと思うのは、私が錬金術・薬師を目指しているからでしょうか?
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