第10話 野外研修 その一

 時間になる前にギルドの前に行きましたが、二人ほど結構な時間の遅刻者が居ました。

 座学研修の際に居眠りしていた者達ですね。


 どう見ても態度が悪そうです。

 もう少し待って来なければ研修の不受講で冒険者資格を取り消すところだったと講師役から叱られていましたが、さほどこたえていないようです。


 それから全員そろって西門へ向かいました。

 西門では4人の先輩冒険者が待っていました。


 どうやら講師と一緒に初心者の護衛に当たるようです。

 今日は、城壁の周辺だけを廻る予定なのであまり心配は無い様なのですが念のための措置だそうです。


 因みに最終日は、さらに増えて8名の護衛になるそうですから、最終日は初心者でも危険な領域に足を踏み入れることになるのでしょう。

 私はこの世界に降り立った扮装のままで、ショートソードを左腰に下げていますし、必要に応じて盾やら槍も取り出せるけれど、多分不要だろうと思っています。


 西の門から出て北の門までの城壁周辺を歩くのですが、城壁から百メートルほども離れると、色々薬草が目につきます。

 講師役のブランデンさんが、薬草の種類を三種類教えて、それぞれを二本ずつ集めるように受講者たちに指示しました。


 不真面目な遅刻者が、「なんで俺たちが薬草集めなんてしなけりゃならないんだ。」とぶつくさ言っていますが、薬草集めもきちんとしたギルドの冒険者の仕事です。

 薬草が無ければ、冒険者が必要とするポーションも作れません。


 基本的に薬師は危険を冒さないのが普通で、薬師は冒険者ギルドに薬草採取の依頼を行い或いは冒険者ギルドが買い取った薬草を購入してポーションを作っているのです。

 そのような持ちつ持たれつの関係を知ってか知らずか、何とも情けない冒険者の様な気がします。


 おちびちゃんたちが一生懸命に薬草探しをしているのと比べると全くやる気の無い素振りはひどすぎますね。

 私は指定された三種の薬草を集めてしまいましたので、おチビちゃんたちの周囲の動きに注意していました。


 そうしている内に索敵に引っかかったのは魔物の一つだと思います。

鑑定すると茶色スライムでした。

 スライムは色の濃い方が、危険度が高いのです。


 一番危険なのは黒、次いで紫、三番目が茶なのです。

 こいつは地面と同化していて獲物を襲う厄介なやつです。


 因みにリリーの説明では、退治するには中級者以上のランクが必要なのだそうです。

 この場にいる者で対応できそうなのは講師役のブランデンさんのみ。


 彼は黒鉄クラス(中級―2)なのです。

 未だ初心者たちとは距離がありますけれど、この茶色スライムの動きは最上級の黒スライムに匹敵するので周囲10m以内ほどの範囲に入ると襲撃される可能性もあります。


 一応、念のため、ブランデンさんに注意喚起をしました。


「先生、右手の褐色の空き地に茶色スライムが潜んでいますので、ご注意を。」


「何?

 茶がこんな近くに?

 何で分かった?」


「えっと、索敵という能力がありますのでわかりました。」


 この際、自分の能力がわかっても仕方がない。

 

「そうか、それは良いスキルを持っているな。

 斥候役にはいいスキルだぞ。」


 そんなことを話している間に、ちょっと問題が起きました。

 例の問題児二人がふざけ合って、一方が追いかけるようになり、逃げる片割れが例の空き地に向かっているのです。


 ブランデンが怒鳴った。


「マリス、バレット、止まれ。

 空き地に危険な魔物が居る。」


 二人は急停止を掛けたようですが、生憎と先んじて逃げていたマリスは危険領域に入り込んでしまったようです。

 茶褐色の丸い球上のものが、宙を飛んでマリスに襲い掛かっていました。


 気に入らない男達ではあるのですが、目の前でむざむざと死なすほどではありません。

 放置するわけにも行かないので一瞬の判断で、アクアバレットを撃ちました。

 

 しかもスライムは核を撃ち抜かねば駄目なので、咄嗟の判断で氷属性を掛けたバレットにしました。

 見事に宙を飛んでいるスライムに命中、たちまちスライムを凍らせ、マリスは顔面に氷の塊をガツンと貰っただけで済みました。


 まぁ、それでも地面に派手にひっくり返って盛大に鼻血を出し、泣きそうな顔をしていましたけれどね。

 四人の護衛役のうち一人がヒーラーであったらしく、すぐに措置をしてくれたようです。


 リリー曰く、これでヒーラーの請求が行くからマリスは借金を負うことになるだろうということです。

 因みに血の臭いは周辺の魔物を呼び寄せる効果があるそうな。


 ブランデンが直ちにその場から離れることを決断しました。


「血の臭いに誘われる魔物もいるのでこの場を離れる。

 付いてこい。」


 北の門の方向に歩き出しながらブランデンは私に質問した。


「今の魔法はお前だな?」


「ええ、まずかったでしょうか?」


「いや、助かった。

 茶色は、猛毒を持っているからな。

 あれに食いつかれたら中級ポーションの上以上でなければまず助からん。

 冒険者は自己責任ではあるが、ひよっこどもとは言え、目の前でむざむざと死なれるのは堪らんからな。

 それにしても凄い威力の魔法だな。

 一瞬にして凍り付くとは思っても居なかった。」


 私は微笑むだけに留めておきました。

 余計なことを言うと、墓穴を掘りそうだったからですよ。


 でも自分ながら驚いています。

 判断も魔法の行使も凄く速かったと思います。


 多分一瞬でも迷っていれば間に合っていなかったでしょう。

 それと私から見て、マリスとスライムが重ならない位置に居たのが幸運だったのです。


 重なっていたならきっと対応ができていなかっただろうと思います。

 或いは試していないけれど私の持つ治癒魔法で何とかなるかもしれないけれど、そっちの方は余りひけらかさないように気を付けなければいけないですよね。


 結構離れた場所で再度薬草採取を開始し、一応全員が目標を達成したので、北門から全員が無事に街に入ったのは、日没までに半時ほどもある時間でした。

 一旦ギルドに行き、薬草を買い取ってもらって、解散しました。

 

 翌日の予定は、東の森で出現しているゴブリンを狩る予定なのだそうです。

 私が宿に向かって歩いているとマリスとバレットが追いかけて来ました。


 お礼でも言うかと持ったら、何とクレームをつけてきたのです。

 

「お前の所為で、先輩のヒーラーから銀貨五枚の請求を受けたぞ。

 俺が負傷したのは、お前の所為なんだから、お前が払え。」


 呆れた奴ですねぇ。

 助けられて礼も言わずに金を請求するなんて、何を考えているのかしらと思う。


「おや、助けて欲しくなかったとおっしゃる。

 じゃぁ、もう一度、茶色のスライムに襲ってもらいましょうか?

 どうやらほんのちょっとの治療よりも、死ぬかそれとも中級の上のポーションが必要な怪我がお好みのようですから・・・。」


「何を馬鹿な。

 たかがスライムじゃないか。

 俺の力ならスライムぐらい倒せる。」


「おや、知らないのですね。

 茶色のスライムは、黒と紫に次ぐ危険度で、討伐は中級以上の冒険者がお勧めなんですよ。

 だからブランデンさんが貴方達に止まれって叫んだんですよ。

 貴方達では襲われたなら絶対に助からないからです。

 それに仮に食いつかれたら猛毒でヒールは効きません。

 中級の上のポーション以上を持っているならもしかすると治せるかもしれませんね。

 但し、それを使えば多分金貨十枚ほどが必要なんじゃないかしら。

 雑貨屋さんではこの街では売っていないと聞きましたよ。

 そちらがいいと言うならどうぞ。

 私は貴方が死ぬのを見たくないから、ついつい助けてしまったけれど、次は絶対に助けませんからそのつもりでね。

 助けを呼んでも私は無視して逃げます。

 冒険者の行動は自己責任、冒険者同士だからと言って助け合う必要は無いと教わったでしょう。

 じゃ、さようなら。」


 呆気にとられた二人を置いて私は帰途に着いたのです。

 どうやら彼らは単なるスライムと勘違いしているようですね。


 無知ということはある意味で非常に怖いことですね。


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