第8話 ポーション造りと買い出し
翌朝は夜明け前に目が覚めました。
部屋の中は暗いのですが、少しすると慣れたのか夜目が効いて部屋の様子はよくわかるようになりました。
静かに窓の鎧戸を開けましたが、やはり夜明けには少し早いようです。
僅かに空が薄明るい感じだから小一時間もすれば明るくなるでしょう。
冒険者ギルドの研修は明日からなので、今日の予定は、薬草の採取をするつもりなのです。
リリーに能力を保証されているとは言いながら、ぶっつけ本番の試験と言うのは何となく不安ですからね。
薬草を採取して、その場でポーションを造ってみるつもりなんですヨ。
ポーションを入れる容器も自分で作ってみようと思っているのですが、売られているポーションがどんな容器に入れられているのか見てみたいのです。
錬金術・薬師ギルドには陳列していなかったように思います。
あるいは別のところで売られているのかもしれません。
冒険者ギルドか錬金術・薬師ギルドで聴いてみようと思っています。
夜が白々と明ける頃、食堂に降りて行くとコーデリアがもう働いていました。
裏庭の井戸端で顔を洗って食堂に入ると、女将さんに声を掛けられました。
「早いですね。
朝食食べられますか?」
「はい、お願いします。
そういえば、ポーションってどこで売られているのかご存知でしょうか?」
「ポーションは、ポーション屋又は雑貨屋で売られているほか、冒険者ギルドの酒場にも置いていますよ。
初級から中級の並までならば雑貨屋か冒険者ギルドでも買えますが、中級の上や上級ポーションはポーション屋に予約しておかねば買えませんね。
この街のポーション屋ではそもそも上級のモノを置いていません。
上級ポーションを造る人が王都ぐらいにしか居ないので中々手に入らないのです。
それにやたら高いですからね。
上級の一番安いモノでも確か金貨20枚はするはずです。
しかも効能期限がありますからねぇ。
冒険者を含めて庶民には手が出ません。」
女将さんは私が赤銅ランクの初心者だと知っているので丁寧に教えてくれました。
雑貨屋ならば、確か冒険者ギルドのそばにあったような気がする。
朝食を食べたら散歩がてら
朝食は例によって黒パンにスープですが、朝のスープには野菜も入っていません。
乾燥肉のダシ入りらしいスープの味はやっぱり微妙です。
スープに浸した黒パンを口の中に放り込んで何とか朝食を飲み込みました。
で、散歩に行きますと言って鍵を預け、宿を出ました。
行く先は冒険者ギルド。
ギルドは開いていないかもしれませんが、雑貨屋は開いているかもしれないのです。
そうしてギルドの二軒隣に雑貨屋の看板を見つけました。
店は開いているようです。
年配のおじいさんが一人店の中に居ました。
「おはようございます。
冒険者になりたてでよくわからないのですけれど、ポーションっていくらぐらいするモノなのか教えてくださいますか?
あと、できれば実物を見せてもらえるとありがたいのですけれど。」
「オウ、初心者かい。
冷やかしじゃぁ、商売にならないが・・・。
まぁ、これから客になるかもしれないからな。」
そう言っておじいさんが後ろの棚から
「お前さんから見て前列がMPポーションで、右端から初級の下、初級の並み、初級の上、中級の下、中級の並みだな。
そうしてそれらの後列がHPポーションで、右端から初級の下、初級の並み、初級の上、中級の下、中級の並みになる。
MPポーションもHPポーションも中級の上以上のモノはウチには置いていないよ。
値段は、どちらのポーションも初級の下で大銀貨一枚、初級の並みで大銀貨二枚、初級の上で大銀貨4枚だ。
中級は下でも金貨一枚、並では金貨二枚だな。」
結構、高いんですねぇ。
HP初級の瓶は無色。HP中級の瓶は茶色、MP初級の瓶は薄い青、MP中級は濃い緑でした。
上級になるにつれ遮光性が高い瓶を使っているので、上級になるともっと黒っぽいものになりそうです。
各瓶の内溶液は、上位になるほど色が濃いような感じです。
HPポーションは赤み系、MPポーションは青み系ですね。
瓶の色はそれぞれのクラスで同じ系列を使っている様なので、HPポーションの初級の下と中級の下、MPポーションの初級の下と中級の下を購入しました。
あとで瓶の製造か若しくは複製ができるかどうか試してみるつもりなのです。
金貨二枚と大銀貨二枚の出費は結構大きいですね。
初心者の小娘がいきなり高い買い物をするものですから、雑貨屋のおじいさんがびっくりしていました。
それから、外に出るために門に向かいます。
そう言えば、街に入る時に門で支払った入門料金、証明書があれば返してもらえるんでしたよね。
門番さんに申告しなければいけないですね。
銀貨一枚ですけれどお金は大事です。
多分入ってきたときと同じ北門(?)で、冒険者ギルドの身分証明書を見せ、「入門の際の入金は返してもらえるのでしょうか?」と門番さんに尋ねると、すぐに名簿を確認し、銀貨一枚を返してくれました。
私は門番さんにお礼を言って門の外に出ました。
今日はあまり遠くには行かないつもりです。
冒険者ギルドのお姉さんから研修を受けてから依頼を受けるようにって言われていますからね。
自分の能力の確認のために行うことであっても、薬草探しは本来冒険者の仕事の一つの筈です。
依頼無しでしてはならないとは言われていませんけれど、講習会の趣旨からいえば外れるでしょうね。
だから、徹底して今日は安全第一で動きます。
空間魔法で気配察知を働かせ、周囲に鑑定をかけまくりで街の周囲を覆う城壁の外を廻ります。
沢山は無いのですけれど、薬草がちらほらとありました。
一つ見つけると空間魔法のセンサーで同じものをすぐに見つけられます。
このようにして薬草を始めとして有用なものをたくさん採集しました。
北門から右回りに回って四分の一周で東門に近づきました。
そこで木陰に入って、最初に瓶作りに励んでみました。
メインの材料は、珪砂に炭酸ナトリウムと炭酸カルシウムになります。
炭酸ナトリウムと炭酸カルシウムは、炭素、酸素、ナトリウム、カルシウムから合成できますので、地中の岩石から元素を抽出して合成してみました。
珪砂は地中にあるものを抽出しました。
実験ではあるのですけれど、今後造る兼ね合いもあるので珪砂を4トン、炭酸ナトリウムと炭酸カルシウムを各1トンほどインベントリに溜め込みました。
それから合成です。
熱を加えて溶解するのが普通なのでしょうけれど、魔法では単に融合させます。
ガラスって固いですけれど、ある意味で分子が液状化した固体なんですよね。
だから魔法の融合に敏感に反応します。
これに硫黄粉末、酸化鉄に炭素粉末を加えると茶色のガラスができます。
成形も魔法で行えば簡単ですね。
熱を加えていないので出来上がってすぐに手で触ることもできます。
成分を色々変えて、HPポーション初級の無色瓶と中級の茶系色瓶が真似できました。
同様に鉄、銅、クロム、コバルトなどの成分を調整してMPポーションの初級瓶と中級瓶も造ってみました。
意外と簡単でわずかの間に各50本ほどの瓶ができました。
上級瓶の色はわからないので一応マンガンを加えて黒にしました。
光を透過させない方が多分保管にいいのでしょう。
医療薬でもそのようなものがあります。
それから色々採取した薬草でポーションづくりを試してみました。
本来ならば
薬草の中の有効成分を抽出して水の中に溶け込ませるだけなんです。
水は魔法で生み出し、聖属性の浄化魔法をかけた聖水を使います。
普通の浄水に比べると薬効がアップするはずです。
初級HPポーション用のアキルネ草とシレビン草を使って、初級HPポーションの上が出来上がりました。
同じ初級の上でも、+3のレベルのモノですので、限りなく中級に近い品になります。
同様に初級MPポーション用のダワン花の花弁とクルイシマの球根を使って、初級MPポーションの上が同じく+3のレベルで出来上がりました。
取り敢えずそれぞれ10本ほど瓶に入れて保管しています。
初級ポーションの下や並みは、わざわざランクを落として作るのが勿体ないので止めました。
次いで中級のモノも作ってみましたが非常に簡単ですね。
HP、MPとも中級の上、+3レベルができたので同じく10本分を保管しています。
そう言えば、ほかにも創傷ポーションがあるはずなんですけれど、雑貨屋の説明では無かったですね。
リリーに聞いてみたら、何と
試験制度としては作れる可能性もあり得るとして残ってはいるのですが、単純に言って、この世界では現段階で創傷ポーションを造れる者は居ないので、形骸化しているのだそうです。
仮にエリカが造ったりすれば試験員が仰天することになるでしょうし、その確認も大変なことになるでしょうねとはリリーの言葉です。
創傷ポーションの代わりに、聖魔法によるヒール、ハイヒールなどの魔法があるそうですが、これらの魔法では、例えば失った腕の再生まではできないらしいです。
通説では、聖魔法が使える者は、神の祝福を得た者である教会の神官と巫女に限定されるらしいのですが、実際にはそうした聖魔法を使える者を早いうちから教会が取り込んで囲い込んでいるだけで、実際に使える能力を持つ者は少なからずいるようです。
但し、そうした神官や巫女でも、エクストラヒール、エリアヒール、ハイキュアやリバイブを使える者はいないようですね。
因みに創傷ポーションは、初級クラスで中程度までの怪我をポーションに含まれる魔力で治します。
中級クラスでは放置すれば死に至る怪我を治しますし、上級クラスは欠損部位の修復が可能になります。
但し、中級以上は創傷ポーションに含まれた魔力と共に負傷者の魔力も利用するため、負傷者の状況によっては治癒までに長時間を要することもあります。
これに比べると、治癒魔法によるヒールやキュアは術者の魔力を使って癒しますので、術者の保有魔力やレベルで治癒ができたりできなかったりするのです。
残念ながらHP、MPの上級ポーションも、創傷ポーションも、原料となる薬草が採取できませんでしたので今回は作成できませんでした。
リリー曰く、これらの材料は魔素の多く含まれる環境でないと育たないため、都市部周辺では採取が難しいようです。
いずれにせよ薬師の試験では、HP又はMP初級ポーションの作成だけのようですから簡単にクリアできると思います。
色々とやっているうちに四の時が鳴りました。
四の時は、お昼時なのです。
リリーの説明によると、この世界の庶民は朝夕の二食が多いようですが、冒険者など身体を使う職業の人達はお昼というよりは間食をすることが多いようです。
二食でも構わないのですが、食事の回数が減るとドカ食いになりそうなので、健康面から言うと出来れば三食が望ましいのです。
私は東門から町に入り、広場で昼食になりそうなものを売っている屋台を探しました。
宿で出される朝食と夕食では野菜不足なので、繊維質のモノやビタミンやカロチンが豊富なものを探してみました。
あちらこちらと探し回って、野菜を置いている屋台を見つけました。
かぼちゃのような「サボシャ」、トマトの様な「トト」、キュウリ若しくは瓜のような「ロディアン」がおいてありました。
それになぜか人の頭よりも大きそうな丸い蕪状のものがありました。
鑑定すると糖分が含まれている「ベント」と呼ばれる飼料と分かったのですが、あるいは前世でビート若しくはサトウダイコンと呼ばれていた代物の様な気がします。
食堂の味付けに甘味成分はほとんどなかったようですから、砂糖は未だ見つかっていないか若しくは大変高価なものかもしれません。
物は試しですから、サボシャ、トト、ロディアン、それにベントを購入しました。
お店の叔父さんによれば、野菜を買ってくれる人は少ないそうなのです。
うーん、これは、食生活の改善が必要ですね。
因みにベントは、店の主人曰く、すりおろしたり小さく切ったりして馬の飼料にするのだそうです。
あちらこちらと屋台を巡っているうちに、香辛料の臭いに気づきました。
屋台で香辛料を含む乾物類を置いているところを見つけたのです。
置いてある品を鑑定にかけたところ、桂皮(シナモン)、ウコン(ターメリック)、生姜(ジンジャー)、乾燥玉ねぎ(オニオン)、山椒、胡椒がありました。
それぞれガリア、エルド、ウィレル、ビスト、アメント、セレニと名がついていましたが、私は、生前漢方薬も勉強していて、香辛料に結構詳しかったので実物を見て間違いないと思いました。
これらの品は、どうも肉の保存用などに用いられているようで、調味料としてはあまり使われていないようです。
お値段は高くありませんでしたから、結構な量を買い求めました。
他にも香辛料らしきものがいくつかあったのですが、鑑定すると体に良くない物が大量に含まれている毒物ではないかと思われるものだったので、今回は見送ります。
私の中に蓄えられているデータベースにも錬金術や薬剤の素材としてはあるのですが、どうも調味料には含まれないようです。
錬金術師や薬師としての活動に必要ならば、その時点で入手しようと思います。
この乾物屋さんに何と干し昆布がありました。
「コンダナ」と言うのだそうですが、何に使うのかと聞くと、
化学式で見る限り多量のグルタミン酸を含んでいますので、これでダシを取ればいい味になると思うのです。
後はお肉屋さんで骨付きの鶏肉を買いました。
ガラだけでも良かったのですけれど、生憎とそのお店ではガラだけと言うのは無かったのです。
市場の買い物だけで金貨二枚ほどを使ってしまいましたが、これって無駄遣い?
余りお金も持っていないのですから、これからはケチって生活しましょうね。
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