第6話 錬金術・薬師ギルド

 トラブルになりかかった冒険者ギルドを後にして、エリカは二つほどブロックを隔てた通りに面する錬金術・薬師ギルドに来ています。

 冒険者ギルドは木造三階建ての建物でしたが、錬金術・薬師ギルドは石造りの重厚なデザインの四階建ての建物でした。


 冒険者ギルドの受付脇が冒険者の溜り場的な食堂兼酒場で賑わっていたのに比して、錬金術・薬師ギルドの受付は閑散としていましたね。

 受付に二人、買取窓口に一人の職員がいるだけでいずれも暇そうにしていました。


 錬金術・薬師ギルドのドアを開けてエリカが中に入って行くと、三人の視線が一斉にエリカに注がれたようです。

 今日は登録の手続きだけなので、内部を一瞥した上で受付の方に向かって行きます。


 先程発行してもらった冒険者ギルドの登録カードには、種族:人族、年齢:17歳、名前:エリカとだけ記載されていたのを確認しています。

 今のところ自分の容貌を確認出来てはいないのですが、年齢から言えばおそらくは高校生程度の若さになっているのでしょう。


 従って、二人いる受付嬢の内、若く見える左手の女性の前に進んで錬金術・薬師ギルドへの登録手続きをお願いしました。


「私は、受付のマヨルカと申します。

 錬金術・薬師ギルドへの登録手続きは、試験が伴います。

 試験に合格しないと登録はできません。

 試験を受けるには受験料として大銀貨二枚を頂きますが宜しいでしょうか?」


 エリカは必要事項をその場で記載し、申請書とともに受験料として大銀貨二枚を収め、8日後の試験に臨むことになりました。

 その申請書を提出した際にマヨルカが若干顔を曇らせたのにはエリカは気づきませんでした。


 ◇◇◇◇


 エリカが丁重に礼を言って錬金術・薬師ギルドを立ち去った後で、マヨルカ嬢が隣のマリア嬢に言った。


「今の子、錬金術師と薬師双方の試験を受けるみたいなんですけれど・・・。

 試験は午前・午後を通じて昼間だけの時間しかないのに、二つの試験を掛け持ちだなんて無理ですよねぇ?

 それに卒業学校の名前も師匠の名前も記載していないし、・・・・。

 独学で通るような生易しい試験じゃないのになぁ。」


「あら、久方ぶりに可愛い子が来たと思ったのだけれど、そんな世間知らずだったの・・・。

 でも、仕方ないわよ。

 マヨルカがいまさら言ったところでどうしようもない。

 受験申請があったならどんな事由が有っても拒否してはならないというのが錬金術・薬師ギルドウチのモットーなんだから。」


 錬金術師も薬師も通常の場合、いずれかの専門学校を卒業し、名のある師匠の元に徒弟として住み込み、実践の練度を上げてから試験を受けるのが常識なのです。

 過去には、学校を卒業してすぐに受験する者もいたのですが合格するのは百人中一人か二人と言う稀な状態であるために、現在では専門学校卒業後少なくても三年間は名のある師匠の下で見習いとして修練するのが当たり前になっているのです。


 稀に学校に入らずに錬金術師又は薬師の徒弟で過ごしてから受験する者もいるのですが、その場合はほとんどが錬金術師又は薬師の身内であることが多いのです。

 そうした事情から、必ず師事を受けた師匠の名前を書くのが普通なのですが、今日来たエリカと言う娘は、師匠の欄に「無し」と記載していたのです。


 何も書いていなければ問い正すこともできたのだけれど、明確に「無し」と記載されていれば尋ねようもありません。

 一度受験に失敗すると1年間は受験できないというギルドの決まりもあるので、仮に錬金術や薬師の素質のある子ならば、人材確保的には少々問題なのです。


 受付嬢のマヨルカとマリアは二人してため息をついていた。

 錬金術師と薬師は、重要な職業であるにもかかわらず、最近はとてもなり手が少ないのです。


 一つは慣行的に専門学校での履修が求められていることで、14歳以上の者が少なくとも三年間授業を履修しなければならないことと、それに輪をかけて数年間の徒弟による実務を経験しないと実際に試験に合格しないために錬金術師も薬師も年齢が非常に高くなるのです。

 実際のところ、年少でも20歳を超えないとまず錬金術師や薬師になれないのが現状なのです。


 15歳で成人し、一人前の職人や冒険者として稼ぎ始められるご時世に、20歳以上になるまでまともに収入を得られないというのは、選ぶ側としては非常に厳しい職業なのです。

 実際のところ、余程の富裕層の子女でもない限り、専門学校生はそのほとんどが生活と学資を稼ぐためにアルバイトをしており、それがために学業がおろそかとなって卒業さえ遅れる者が多いのが現実なのです。


 また、名のある師匠の徒弟になってもアルバイトよりも少ない小遣いしか貰えず、生活に困窮しているのが実情で、病気になればそのまま放置される者も居るやに聞いています。

 そんな苦労をしながら頑張っても、一度で合格するとは限らず、このカボック支部での合格者の最高年齢は実に32歳という記録もあるのです。


 試験は、前乾季ハブラ後乾季ナブラの各終わりに一度、前雨季ハクルには無くて後雨季ナクルの終わりに一度と、年に三回あるのですが、現状でハブラの終わりである8日後に受験するのは先ほどの娘も含めて6名だけのはずです。

 マヨルカとマリアの見立てでは、年齢及び師事を受けている師匠の名前から、今回の受験者で受かるのは一人もいないのではと密かに憶測しているのです。


 ◇◇◇◇


 エリカは、錬金術・薬師ギルドを出た後で食堂と宿屋を探しました。

 時刻的には陽が結構傾いて来ていますので夕刻に差し掛かっているように思うのです。


 日が暮れる前に食堂と宿を探し当てないと街の中で野宿をする羽目になりかねません。

 中世でもそれなりにあかりはあったものと思いますが、実際のところ日本の江戸時代などは日出から日没までが生活時間帯であって、夜は特殊な例を除いて活動を止める時間帯なのです。


 この異世界では魔法が有ったり、魔道具が有ったりと多少状況は違うかもしれませんが、少なくとも街灯らしきものは見かけていませんので、夜の街は間違いなく暗くなるはずで、灯りに使う油やそのほかの消耗品を大事にするならば無駄に灯りをつけるところは少ないことになるでしょう。

 江戸時代の宿屋も日没直前に探したのでは満室で入れない処が多かったようですからね。


 脳内にある街のマップを広げて宿屋を検索すると沢山ありました。

 その中でも灰色や黄色の表記のところ(安全上に若干の問題があるところ)を避けて、緑色の宿を探すと3ブロック先に「白狐の曲がり宿」という宿がありました。


 食事マークもついているのできっと夕食も出るのじゃないかと期待しながら向かいました。

 木造二階建ての宿はこじんまりとしていますが、外見上は小ぎれいに見えます。


 軒先をくぐるとすぐにカランカランと鐘の音が鳴り、奥から小さな可愛い女の子が出てきました。

 ケモミミさんで、背後にふんわり尻尾も揺れて見えています。


「いらっしゃいませ。

 お泊りですか?

 それともお食事ですか?」


「泊りと食事の両方をお願いします。」


「はい、夕食はもう少し後になりますが、夕食付きで銀貨6枚、朝食も付けると銀貨8枚になります。」


「では、10日ほど宿泊をお願いします。

 朝夕の食事付きでね。」


「10日ですか?

 5日以上だと割引になりますけれど・・・・。」


 女の子は奥の方へ振り向いて叫びました。


「お母さ~ん、食事付きで10日以上のお泊りですってぇ。

 いくらになるの?」


 奥の方から同じケモミミのお母さんが出てきました。


「いらっしゃいませ、『白狐の曲がり宿』にようこそおいで下さいました。

 10日のお泊りで朝夕の食事付きですと銀貨72枚になります。

 ウチは、毎日前払いでお願いしておりますが、宜しいでしょうか?」


「はい、では、日ごとに前払いするのは面倒なので10日分の前払いでお願いします。

 大銀貨7枚と銀貨2枚でよろしいでしょうか?」


 エリカはポシェットからお金を取り出した。

 実際にはインベントリからお金を取り出したのですが、外見上はポシェットから取り出したように見せただけなのです。


 リリーからインベントリは希少なので、不心得者から狙われやすいと聞いているからなんです。

 女将さんはきっちりと数えてから言いました。


「はい確かに頂きました。

 あと、宿泊の場合は身分証明書を確認させて頂いていますので提示をお願いできますか?」


 エリカは登録したばかりの冒険者ギルドの登録カードを見せました。

 女将さんはそれを見てうなずいてから、宿帳に記載し、カギ箱からカギを一つ取って渡してくれました。


「お部屋は二階の5号室で、カギはこちらになります。

 コーデリア、お客様をご案内しておくれ。」


「あ、その前に、もしかしてお風呂なんかはありますか?」


「いいえ、あいにくとウチにはお風呂はございません。

 カボックでお風呂があるのは王宮や貴族御用達の『火の鳥亭』ぐらいかと・・・。

 お湯ならば小桶一杯大銅貨3枚でご用意できます。」


「わかりました。

 それでは結構です。

 お湯が入用の際は帳場にお願いするようにします。」


「かしこまりました。

 ご夕食の用意ができましたならお知らせ申します。」


 コーデリアと呼ばれた女の子が部屋まで案内してくれました。

 チップを渡す必要があるのか迷ったが、リリーのアドバイスでは不要とのことだったので、お礼だけを言っておきました。


 部屋にはベッドがあり、簡素な机と椅子もありましたが、鏡などはありません。

 机の上に置いてある水差しには水が入っていました。


 鑑定すると水は飲用に適するとされていましたね。

 水差しは陶器の様で釉薬ゆうやくが塗ってあるのか光沢のある淡い藍色をしていましたが、磁器では無いようですネ。


 そうして部屋には洗面所もありませんし、トイレもありませんでした。

 部屋の外に出てみると廊下の端にトイレが見えましたのでどうやら共同トイレの様です。


 トイレのドアを開けて中を確認しましたけれど、当然のことながら水洗ではないポットン式のトイレでした。

 私の幼い頃には我が家でもそんなトイレでしたから勝手は知ってはいますけれど、かれこれ90年近くも前の事になるのですねぇ。


 でもポットン式のトイレは、臭気や衛生面での問題もあって余り宜しくないので、何とかしなければいけないと思います。

 できれば水洗にして温水洗浄便座を採用したいですね。


 トイレの後の手洗いは、手水鉢ちょうずばちの水をひしゃくですくってかけ流すタイプのようです。

 目の高さに一応綺麗な木綿のタオル様のものが軒から下がっていますので、これで手をふくのでしょう。


 うーん、感染症の恐れもありますから、魔法のクリーンを使うことにして、このお手拭きは使わないようにしましょうね。

 そうして宿屋に来れば、あるいは有るかなと思っていた鏡がありません。


 そう言えば部屋の窓もガラスではなく、木製のスリットがついた扉でした。

 多少の光はスリットの間から入りますが、吹き付ける雨はあれでは防げません。


 嵐が来そうな場合は、恐らく外側の鎧戸よろいどを閉めてしまうのでしょう。

 当然に部屋の中は暗くなってしまうのでしょうネ。


 まぁ、江戸時代の日本はきっと同じ様なものだったはずです。

 ここには無い鏡ですが、何とか自分の姿を確認したいですねぇ。


 無ければ作るしかありませんが・・・。

 庭先で何か材料が無いかどうか探してみることにしました。


 宿の敷地内の中庭に出てみましたが、この宿はきっちりとお掃除もできていますのでお庭の方も綺麗に掃き清められているほか不用品も外には無いようです。

 仕方が無いのでリリーと相談して、地中にかつを求めました。


 センサーで地中を探って行きますと、20mほど地下に岩盤があり、中に結構な有用元素が含まれていることが分かりました。

 必要なのは金属と鏡面を支える板ですね。


 大きなものを造っても仕方が無いので手鏡程度のモノを造ることにしました。

 鏡面の支持母体の主要素はシリカゲルにしました。


 珪藻土は多孔質で軽い上に水分を吸収してくれます。

 私がまだ元気なころにバスマット製品に珪藻土の品が出て、孫が持ってきてくれたのを覚えています。


 珪藻土の主成分は二酸化ケイ素ですので、色々試行錯誤しながら成分を抽出し、合成したら以外に簡単にできちゃいました。

 二酸化ケイ素を圧縮し、固化の付与魔法をかけると普通の石よりも余程頑丈にできたみたいです。


 その表面を磨き上げるとともに、別途地中に含まれていたアルミニウムを抽出しました。

 これは左程の分量は必要ありません。


 光を透過しないだけの厚みがあればいいので精々金メッキの四倍程度の厚さでしょうから数ミクロンもあればいいでしょう。

 但し、二酸化ケイ素の表面が多孔質ですので、これを埋める工夫が必要で、剛性の高い青銅製の厚さ0.1ミリの薄膜を表面に固着、同じく表面を平滑に磨き上げてからアルミニウム分子を均一に並べました。


 別に電子顕微鏡を見ながらやったわけじゃないですよ。

 頭の中で、結果をイメージして魔法で作り上げたのです。


 作業時間にして延べで10分ほどでしょうか。

 見事に歪みのない綺麗な鏡が出来上がりました。


 前世の天体望遠鏡で大きなものはほとんどが反射望遠鏡なのですが、国際的にその名を知られている様な天文台で使用されている大望遠鏡の反射鏡は、全てアルミ合金でできているんだそうです。

 ガラスでは重力で歪みが生じて綺麗な映像が得られないという理由なんですが、実はその反射鏡の球面を仕上げるのは全て手作業なのだそうです。


 一応大まかな研磨作業は機械でもできるのですが、仕上げは職人の指の感触に頼らざるを得ないのだとか・・・。

 職人さんの技術って本当に凄いんですねぇ。


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