第25話 Freedom《自由》

 本物の爆発物が送り付けられて、いばら蒼衣あおいが芸能活動を休止してから一週間後。


 いばら蒼衣あおいは、電撃でんげき引退いんたいした。


 記者会見などはおこなわれず、芸能事務所を通して書面しょめんのみでの引退宣言。


 超人気アイドルの引退は、世界を揺るがす大事件として大きく報じられた。


 まことしやかに(いかにも本当らしく)、死亡説すら流れた。


 大勢のファン達は、悲嘆ひたんれた(深い悲しみに、長い間正常な思考が出来なくなった)。


 一方、有名掲示板の「アンチスレ」では祭り状態になった。


 ざまぁ発言や死亡説に歓喜かんきするコメントが相次あいつぎ、不謹慎ふきんしんと大炎上。


 X(旧Twitter)やYouTubeなどで、「我こそがいばら蒼衣あおいを殺した真犯人だ」と、犯人をいつわ愉快犯ゆかいはんも続々と現れた。


 その後しばらく、「爆発物使用未遂脅迫事件」関連かんれん逮捕者たいほしゃ続出ぞくしゅつした。


 やがて、時の流れと共に徐々じょじょ沈静化ちんせいかしていった。




「爆発物使用未遂脅迫事件」でちまたが大混乱していた、その一方。


 私とタロちゃんは変わらず、いばらさん、もとい、香織かおりちゃんの身辺警護しんぺんけいごを続けている。


 行先地警護員ゆくさきちけいごいん達もまた、高校周辺と芸能事務所の警備けいびを続けていた。


 芸能事務所に送り付けられる、いばら蒼衣あおいてのプレゼントやファンレターは一時的に激増げきぞうした。


 ファンレターのほとんどが、引退をしむ声だったという。


 死亡説を信じたファンからは、おやみの花束が届いた。


 爆発物は、引退宣言するまで毎日届き続けた。


 引退宣言以降は、あっさりと途絶とだえた。


 まるで「目的は達成された」とでも、言うように。


 爆発物が届かなくなったからと言って、事件は終わりではない。


 爆発物を送り付けた容疑者を確保するまでは、事件は終わらない。


 芸能事務所に聞き込みをおこなった捜査員そうさいんの話によれば、毎日、配達業者が頻繁ひんぱんに出入りしていたらしい。


 配達員がプレゼントやファンレターを、一日中数えきれないほど持ってくるのだという。


 大きな事務所なので人の出入りが多すぎて、誰がどこの配達員かも把握はあくし切れていないのだとか。


 防犯カメラも設置されていたのだが、事務所に出入り出来る人間が多すぎた。


 配達員に限らず、誰でも爆発物を持ち込める状況であった。


 出入り出来る人間であれば、山のように積まれたプレゼントに、爆発物をまぎれ込ませることも簡単だった。


 ザル警備けいびにもほどがある。


 捜査員そうさいん達は、事務所に出入り出来る人間を調べ上げ、ひとりひとり聞き込み捜査をおこなった。


 また、配達業者も聞き込みをして回った。


 その結果、芸能事務所へ配達に行っていた配達員数名が、いばら蒼衣あおい引退後に仕事をめたという。


 めた配達員を問い詰めたところ、ほとんどが「いばら蒼衣あおいに会えるかもしれないと思ってたけど、もう会えないから」と、証言しょうげんした。


 しかし、辞めた配達員の中にも容疑者ようぎしゃはいなかった。




 捜査員そうさいん達の懸命けんめいな努力の末、ついに容疑者ようぎしゃを突き止めた。


「オトシ(尋問のプロ)のキララ」と名高い、星埜ほしの雲母きららさんが問い詰めたところ白状はくじょうした。


 容疑者は、いばら蒼衣あおいよりも芸歴げいれきが長い売れないアイドルだった。


 彼女は、デビューしてすぐに超人気アイドルになったいばら蒼衣あおいに強い嫉妬心しっとしんを抱いていた。


 いばら蒼衣あおいさえいなくなれば、自分が有名になれると思っていた。


 インターネットで、爆発物を作れる人間を探し出し、爆発物の制作と配送を依頼。


 高額な依頼料と引き換えに、自分の手を汚さずに、いばら蒼衣あおいを活動休止させることに成功。


 目障めざわりな茨蒼衣を、活動休止追い込んだところまでは良かった。


 いばら蒼衣あおいは、一切いっさい姿すがたを見せることなく引退。


 予想以上に大きな事態となり、死亡説まで騒がれ始めて、だんだんと怖くなってきた。


「もしかしたら自分は、とんでもないことをしてしまったのではないか」と、思い始めた。


 だが、このまま黙っていればバレないんじゃないかと思って、ずっと黙っていた。


 捜査員そうさいんが自分の家を訪ねて来た時、ようやく観念かんねんしたらしい。


 自白じはくし終わると、彼女は「せいせいした」と、晴れ晴れとした表情で言ったそうだ。


 彼女は、「いばら蒼衣あおいを殺した女」として、一躍いちやくときの人となった。


 だがしかし、芸能界にはもう二度と復帰ふっき出来ないだろうと言われている。 




 捜査員そうさいんから容疑者ようぎしゃ確保かくほの報告を受けて、私は真っ先に香織かおりちゃんに伝えた。


「真犯人、捕まったそうですよ」


「そう、良かった。じゃあ、もう穂香ほのかちゃんは、アタシのこと守らなくて良いんだ?」


 香織かおりちゃんがうれしそうに笑って言ったので、私もにっこりと笑い返す。


「はい。香織かおりちゃんは、もう自由ですよ」


「じゃあ、最後に、カラオケ行こうよ! 加藤さんも一緒にねっ!」


「はい、行きましょう」


『はい、喜んで』


 私とタロちゃんは、香織かおりちゃんと3人でカラオケへ行った。


いばら蒼衣あおいとカラオケへ行った」と自慢したら、めちゃくちゃうらやましがられて嫉妬しっとされた。


 いばら蒼衣あおいは歌って踊れる正統派せいとうはアイドルとして、アイドルに名をきざんだ。


 アイドルを引退した香織かおりちゃんは、悠々自適ゆうゆうじてきな女子高生生活を満喫まんきつしている。 

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