第24話 intention《意思》

 紫太郎むらさきたろうはひとつうなづき、現状げんじょうから推測すいそくする。


『未完成の爆発物は、アンチからの贈り物でしょう。毎回手口てぐちが違ったのは、贈り主が別人だったからでしょうね』


 ここまでの話を聞いて、真相が見えた気がした。


「そうか。本当に命を狙うつもりなら、本物を送り付けるはずだよね。爆発物は、アンチ達のイタズラで、爆発させる気なんて最初からなかった。だから、どれも未完成だったんだ」


 私はそこまで言って、気付く。


「でも、『本物』が届いたよね」


いばら蒼衣あおいを、本気で殺したがっている“本物の爆弾魔”がいるってことです』


 紫太郎むらさきたろうが、冷たい声色こわいろで言った。


 いばらさんはこちらに身を乗り出してきて、必死に言いつのる。


「だって、こんなことになるなんて思わないじゃん! ちょっとイタズラのつもりで投稿ポストしたらbuzzバズっちゃって、本当に爆弾が送られてくるなんて思わないじゃんっ!」


『世の中には、イタズラや冗談を本気にする人もいるんですよ』


「でも、違うじゃん! 本当に命狙われるなんて、思わなかったもんっ!」


 いばらさんはわめき散らした後、急に落ち込んで助けを求めるような目で聞いてくる。


「これって、何か罪になるの?」


「う~ん、そうですね。煽動罪せんどうざい(違法行為をするように、あおる罪)になりますかね……」


「やっぱ、罪になるのっ? あたし、捕まっちゃうっ?」


 私が思い出しながら答えると、いばらさんがショックを受けて今にも泣きそうな顔になった。


 しかし紫太郎むらさきたろうが、それを否定する。


『いえ、爆発物取締罰則とりしまりばっそく第4条煽動罪せんどうざいには当たりません』


「ほ、ホントッ?」


 希望を見出みいだしたように、いばらさんは私から紫太郎むらさきたろうへ視線を移す。


 紫太郎むらさきたろうは、先程の投稿ポストを指差しながら説明する。


influencerインフルエンサー(大きな影響力を持つ人)である、いばら蒼衣あおい名義めいぎ投稿ポストしたならまだしも。新しく作ったばかりの無名アカウントで、たった一回投稿ポストしたものが、たまたまBuzzバズった。これだけでは、爆発物取締罰則とりしまりばっそく第4条煽動罪せんどうざいには当たりません』


「ほ……本当?」


煽動せんどう発言を繰り返し発信しているアカウントは、他にもいくらでもいます。また、掲示板でも爆発物の作成方法を教唆きょうさ(教え、そそのかす)しているスレッド住民も多数見受けられます。あまりにも目に余るような場合は、罪になるでしょうが。この程度で罪に問われるようでは、刑務所がいくつあっても足りませんよ』


「良かったぁ……」


 紫太郎むらさきたろうの説明を聞いて、いばらさんは安堵あんどの深いため息を吐いた。


 しかし、紫太郎むらさきは起こりうる危険な事態じたいに対して警戒けいかいおこたらない。


検挙けんきょ被疑者ひぎしゃを特定し捜査そうさする)すべきは、本物を送り付けてきた真犯人です』


 爆発物処理班の話によると、爆発物は「圧力鍋爆弾あつりょくなべばくだん」だったそうだ。


圧力鍋爆弾あつりょくなべばくだん」は、比較的簡単に製造可能と言われている。


 その上、殺傷力さっしょうりょくが非常に高く、世界各地で「圧力鍋爆弾あつりょくなべばくだん」をもちいた爆破テロ事件が起きている。


 再現実験でマイクロバスの下に設置して爆破したところ、バスは跡形あとかたもなく大破たいは


 地面には、直径約2メートル、深さ約1メートルの穴が開いたという。


 今回は、鑑識官かんしきかんが発見出来たから良かったものの、気付かずに開けていたら、どれほどの惨劇になっていたことか。


圧力鍋爆弾あつりょくなべばくだん」を送り付けてきた容疑者の手がかりは、今のところない。


 どうしたら、容疑者ようぎしゃを突き止めることが出来るのだろうか。


 容疑者ようぎしゃの脅迫内容はシンプルで、「いばら蒼衣あおいは、アイドルをめろ」の一点のみ。


 ここで、いばらさんの意思いしを確認する。


いばらさんは今後、アイドル活動はどうされますか?」


「アタシ、もともとアイドルがやりたかった訳じゃないし、この機にアイドルを引退しようと思うの」


「そうですか。アイドルが、歌手や俳優業へ転向することは別に珍しいことじゃありませんからね。本格的に歌手を目指されても、良いんじゃないでしょうか」


「もう、あの露出ろしゅつが激しい派手な衣装を着て、アイドルソングを歌わなくて良いって思うとせいせいするわ」


 いばらさんは今も命を狙われているというのに、吹っ切れたような顔をしていた。


「明日も、学校へは通われますか?」


「行っても良いの?」


容疑者ようぎしゃ確保かくほされて身の安全が確認されるまでは、警護けいごを続けなければなりませんがそれでも良ければ」


「行っても良いなら行きたい。アイドルめるんだし、ちゃんと勉強して大学行くつもりだから」


「ですよね。私は、いばらさんの意思いし尊重そんちょうします。これからもいばらさんの身は、私達が守ります」


 私が笑顔を作って敬礼してみせると、いばらさんもおどけた様子で敬礼を返してくる。


「アンタだけだよ、『めても良い』って言ってくれたの。事務所の社長もマネージャーも、『めるな』って、そればっかりでさ。学校の友達もみんな『蒼衣あおい蒼衣あおい』ってキャッキャしてるから、誰にも相談出来なくてずっとひとりで悩んでた。アタシの話をちゃんと聞いてくれて、ありがとう」


 いばらさんが、初めて笑顔を見せてくれた。


 アイドルの営業スマイルじゃない、本物の嬉しそうな笑顔だった。


「ねぇ、刑事さん、ずっと聞いてなかったけど、アンタ、名前はなんて言うの?」


「え? 名前? ああ、そういえば、自己紹介してませんでしたね。今更ですけど、私の名前は田中穂香ほのかです」


「じゃあ、『穂香ほのかちゃん』って呼んでも良い? アタシ、本名は香織かおりって言うの。これからは、『香織ちゃん』って呼んでくれるとうれしいな」


「では、これからもよろしくお願いしますね、香織かおりちゃん」


「よろしくね、穂香ほのかちゃん」


 いばらさん……、いや、香織ちゃんと私は顔を見合わせて笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る