第23話 Purple memory《紫のメモリー》

『お話の途中ですみませんが、ちょっとだけお時間を頂けますか?』


 いばらさんが自白じはくし始めた時、何故かタロちゃんがストップを掛けた。


 話の腰を折られたいばらさんが不服そうに、タロちゃんを見る。


「何よ?」


穂香ほのかさん、紫色のメモリーカードを僕に下さい』


「へ? あ、うん、良いけど……」


 タロちゃんは淡々とした口調で、私に手のひらを差し出した。


 タロちゃんから、メモリーカードを要求されたのは初めてだ。


 これも、バージョンアップされた新機能か?


 私は動揺しつつも、メモリーカードケースから紫のメモリーカードを取り出して、タロちゃんの手に乗せる。


「はい」


『ありがとうございます』


 にこりともせずにタロちゃんは、紫色のメモリーカードを受け取った。


 謎にカッコイイポーズを取ると、自分のバックルにメモリーカードをす。


『変身!』


 いやアンタ、「変身」って、特撮ヒーローじゃないんだから。


 変わるのは、捜査内容と性格だけで、変身はしないでしょ。


 それはそれとして、タロちゃんが自分でメモリーカードをすところは初めて見た。


 自分で挿させると、無駄にイケメンボイスで「変身」って言うのか。


 ちょっと面白いから、今後は自分でメモリーカードを挿させよう。


 いばらさんは訳が分からないといった顔付きで、私達のやり取りを見ていた。


 私と鈴木准教授じゅんきょうじゅとロボット工学研究室の研究員達以外には、何が何やら分からないだろう。


「変身」って言うのは、私も今初めて知ったけど。


 鈴木准教授じゅんきょうじゅが言うには、「してみれば分かる」という紫のメモリーカード。


 説明書には「取調とりしらべ用」と、書いてあった。


 恐らくタロちゃんは、いばらさんを被疑者(ひぎしゃ=犯罪の疑いがある人)と判断して、紫のメモリーカードを要求したんだ。


 さて、紫太郎むらさきたろうは、どんな活躍と性格を見せてくれるのか楽しみだ。


 紫太郎むらさきたろう凛々りりしい顔付きになり、いばらさんに向き直る。


『すみません、お待たせしました。話の続きを、お願いします』


「う、うん……」


 いばらさんは、に落ちない顔をしながらも、話し始める。


「あのさ、X(旧Twitter)に『いばら蒼衣あおいbotボット』ってのがあるんだけど、知ってる?」


『ええ、もちろん』


「ボットって、何?」


 私が問うと、いばらさんは「そんなことも知らないの?」と、呆れ顔になった。


 私もアカウントは持っているけれど、完全に見る専。


 アイコンもヘッダーも設定してないし、自己紹介欄にも何も書いていない。


 好きな人をフォローしているだけで、X(旧Twitter)自体にはあまり詳しくない。


 そういえば、「〇〇botボット」は時々見かけた気がする。


 分からないから、スルーしてたけど。


 すると、紫太郎むらさきたろうがこちらを向いて教えてくれる。


『簡単に言うと、自動的に決まった文章を投稿ポストするロボットのことです』


「へぇ、そんなのがあるんだ?」


「そ。事務所が勝手に作った、いばら蒼衣あおいbotボット。定期的に、『いばら蒼衣あおいっぽい発言』を繰り返すだけのアカウントなんだけどね」


 紫太郎はいばらさんに向き直り、真剣な表情で話をうながす。


『そのbotボットが、どうかしたんですか?』


「いつもbotボットに噛みついてくる人達が一定数いるんだけど、『botボット相手に、何してんだか』って、バカにしてたのね」


『ふむ……それで、その人達が何かして来たんですか?』


「最初はそんなに気にしてなかったんだけど、『アイドルをめろ』ってコメントが増えてきたの」


「それは、お気の毒に」


 いくら嫌いなアイドル業でも、誹謗中傷ひぼうちゅうしょうされたら傷付くだろう。


 同情しかけたけど、いばらさんは違ったらしい。


「この人達を、利用しない手はないって思ったわ。だって、あたし、アイドルめたいんだもん」


 あ、そっち行っちゃいましたか。


 いばらさんは、なかなか神経が図太ずぶといタイプらしい。


 紫太郎むらさきたろうは感心した風で、何度もうなづきながら話をうながす。


利害りがい一致いっちしたんですね。それで、あなたは、何か行動を起こしましたか?』


「新しくアカウント作って、『そんなにめて欲しいなら、事務所に爆弾でも送り付けて、“アイドル活動を辞めないと殺す”くらいの脅迫きょうはくでもしたら?』って投稿ポストしたの」


 その話を受けて、紫太郎むらさきたろうはジャケットの内ポケットからスマホを取り出した。


 え? スマホまで持ってたの?


 紫太郎むらさきたろうはスマホを手早く操作して、いばらさんに画面を見せつける。


『これですね?』


「そう、それ! それからよ。脅迫状きょうはくじょう不審物ふしんぶつが、事務所に送り付けられるようになったのは」


「どれ? 私にも見せてくれる?」


『どうぞ』


 紫太郎が差し出したスマホを受け取り、画面を見る。


 そこには、「いばら蒼衣あおいbotボット」というアカウントが映し出されていた。


 確かに、さっきいばらさんが言った言葉が投稿ポストされていた。


 その投稿ポストには、たくさんの「リツイート」と「いいね」と「返信」が付き、buzzバズっていた。


『掲示板の“アンチスレ”も、その話題で盛り上がっています』


「うん、あたしもそれ見た。アンチもファンの一部ってのも、分かる気がするわ。だって、『嫌い嫌い』言いながら、あたしのことずっと追ってんの。そこいらのファンより詳しいくらい」


『心理学的観点から言えば、好きも嫌いも相手に関心があるからこそ、生まれる感情なんです。だから、「嫌い嫌い」言いながら追ってしまう。本当に無関心だったら、見ませんからね』


「なぁんだ。じゃあ、アンチってただのツンデレなんじゃん」


 いばらさんは、やれやれと言った呆れ顔になった。


「アンチが多いのは、人気の証拠」とも言うからね。

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