第22話 Confession《自白》

 一週間、いばらさんに張り付いていたが、特に何も起こらなかった。


 その一方で、いばらさんが所属する芸能事務所には、爆発物もどきが届き続けた。


 ところがついに、恐れていたことが起こった。


 本物の爆発物が、届いてしまった。


 やっぱりというか、なんというか。


 誰もが予想していたことだったが、現実となると脅威きょういである。


 幸いなことに、鑑識官かんしきかんが発見した直後、すぐに爆発物処理班が呼ばれ、無事に回収された。


 爆発物には、脅迫状きょうはくじょうえられていた。


いばら蒼衣あおいは今すぐアイドルをめろ。さもなくば……』


 爆発物に脅迫状きょうはくじょうが入っていたのは、今回が初めてだった。


 爆発物が完成したから、いよいよ本腰ほんごしを入れたのかもしれない。


 脅迫状きょうはくじょうは、パソコンで作成されたものだった。


 爆発物の材料も脅迫状きょうはくじょうの紙もインクも量産品りょうさんひんで、どこで購入こうにゅうしたものかは特定出来ないそうだ。


 鑑識かんしきが調べたところ、容疑者は手袋をハメていたらしく、指紋は採取さいしゅされなかったという。


 過去の爆発犯とも検証けんしょうしてみたが、該当がいとうなし。


 箱に入っていたわずかな遺留物いりゅうぶつも、該当がいとうなし。


 個人識別こじんしきべつするDNA型鑑定がたかんていも、該当がいとうなし。


 類似るいじ事件は数あれど、どの事件とも手口てぐちが違うらしい。


 爆発物の形状、箱のサイズ、配送センターの住所も、全てバラバラ。


 容疑者は周到しゅうとうにも、毎回手口てぐちを変えているようだ。


 特定や立証りっしょうつながるものは、何も発見されていない。


 まるで、容疑者ようぎしゃの良いように翻弄ほんろうされているようだ。


 今回の「爆発物使用未遂脅迫事件」は、大々的だいだいてきに報道された。


 これにより、いばら蒼衣あおいは活動休止へ追い込まれた。




 これからはいばらさんは、どうなるのだろうか。


 今のところ、脅迫状きょうはくじょう不審物ふしんぶつが事務所に届いているくらいで、実害じつがいは出ていない。


 かといって、これから被害が出ないという保証ほしょうもない。


 容疑者は、いばらさんに危害を加えるつもりはあるのだろうか。


「さもなくば」とにおわせるだけじゃなく、具体的に「何をするか」を明確めいかくに書いて欲しかった。


 容疑者ようぎしゃ確保かくほしたら、一時間くらい説教してやりたい。


 いばらさんの安全を確保するなら、警察で保護すべきなんだろうけど。


 今、学校を休んだら学校関係者から不審ふしんがられるかもしれない。


 学校を休む理由なんて、いくらでもあるけど。


 いばらさんにとって学校は、ありのままの女子高生でいられる大事な場所。


 よりにもよって、大嫌いなアイドルのせいで学校を休むなんて不本意ふほんいだろう。


 身の安全を優先ゆうせんすべきか、それともいばらさんの意思いし優先ゆうせんすべきか。


 警察なら、何よりも要人ようじんの安全を優先ゆうせんすべきだと思う。


 でも私は出来る限り、いばらさんの意思いし尊重そんちょうしたい。


 もちろん、いばらさんが「怖いから学校休んで引きこもりたい」と言ったら、そっちを優先ゆうせんする。


 なんにしても、いばらさんの意思いしを聞いてみないことには、どうしようもない。



 とにかくいばらさんの意思を知りたくて、いばらさんの家を訪ねた。


 チャイムを鳴らすと、いばらさんの母親が玄関先で対応してくれた。


「刑事さん、いつもお手数をお掛けしてしまって、ごめんなさいね」


いばらさん……、蒼衣あおいさんはどうされています?」


「娘はすっかりふさぎ込んでしまって、部屋に閉じこもってしまっているんですよ」


 母親が申し訳なさそうに、いばらさんの現状げんじょうを教えてくれた。


 やっぱり本物の爆発物が送り付けられたことに、ショックを受けているようだ。


 いばらさんは、未成年の女の子だ。


 命に関わる爆発物事件に巻き込まれれば、怖いに決まっている。


 ダメもと(ダメで元々もともと)で、おずおずと聞いてみる。


「あの、蒼衣さんとお話は出来ないでしょうかね?」


「どうでしょう? 一応、声を掛けてみますから少々お待ち下さいね」


「すみません、お願いします」


 私を玄関で待たせて、母親は2階へ上がって行った。


 母親がいばらさんの部屋の扉をノックし、話し掛ける声が聞こえてくる。


「刑事さんが、『あなたとお話したい』って言ってるんだけど、どうする?」


 扉の向こうから、いばらさんのこもった声が聞こえる。


 でも、何を話しているかまでは聞き取れない。


 何度かやり取りをした後、いばらさんは部屋から出て、母親と一緒に降りて来てくれた。


 私とタロちゃんを見ると、ばつの悪そうな顔で話し掛けてくる。


「アタシも、刑事さんに話したいことがあったの」


「話したいこと?」


「良いから、上がって」


「あ、はい。お邪魔します」


 私は誘われるまま家に上がり、リビングルームへ通された。


 リビングに置かれたテーブルに私とタロちゃんが並んで着き、向かいの席にいばらさんが着いた。


 母親はお茶の準備をしに、キッチンへ向かった。


「話したいことってなんですか?」


「あのね、実は今回の事件の犯人は、アタシなの」


「は?」


 いばらさんが、犯人?


 思わぬ自白じはくに、驚きを隠せない。


いばらさんの自作自演じはくじえんってことですか?」


「事務所に脅迫状きょうはくじょうを送ったり、爆弾を送り付けたりしたのは違う人だから、『アタシが犯人』って言うのはちょっと違うかもだけど」


「それって、いばらさんが誰かに殺害予告を依頼したってことですか?」


「依頼したってのも、違うかな? でもたぶんきっかけは、アタシだと思う」


「んん?」


 いばらさんが何を言いたいのか、良く分からない。


 少し険しい表情になったいばらさんが、声を潜ひそめる。


「刑事さんには、教えてあげる。これって、アタシも罪に問われるのかな?」

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