第21話 Charging《充電》

 芸能事務所へ不審物ふしんぶつが届いた以外は特に何もなく、いばらさんは無事に家へ帰り着いた。


 今夜も近所で、夕食と夜食と明日の朝食を買い込んで張り込みだ。


 時間はたっぷりあるので、まずは「ロボット工学研究室」に電話した。


『はい、こちら、東京工科大学工学部機械工学科ロボット工学研究室です』


「こんばんは、いつもお世話になっております、刑事課の田中です」


『田中さんですか。お噂は、かねがね。初めまして、私は研究員の山崎と申します。ご用件は、なんでしょうか?』


「吉田さんは、いらっしゃいますか?」


『吉田ですね、かしこまりました。代わりますので、少々お待ち下さい』


 電話に対応してくれたのは、研究員の女性だった。


 言われた通り待っていると、聞き覚えのある声が聞こえてくる。


『どうも、お待たせしました。何かありましたか?』


「吉田さん、いつもご迷惑をお掛けしてすみません。あの、以前頂いた鉛蓄電池バッテリーなんですけど、バッテリーの充電方法を教えて頂けないでしょうか?」


『ああ、はい、バッテリーの蓄電ちくでんですね。バッテリーは、電極に電圧を掛けてあげれば蓄電ちくでんします。アンペア数にもよりますが、完全に空っぽの状態でだいたい12時間くらいは掛かると思いますよ』


「あ、なんだ、それで良いんですね。すみません、こんなことで連絡しちゃって」


『いえいえ、構いませんよ。また何か困ったことがありましたら、ご連絡下さい。僕達はいつでも、田中さんと加藤太郎君の活躍を応援していますよ』


「いつも、ありがとうございます。それでは、失礼しますね」


『はい、お電話ありがとうございました。失礼します』


 通話を終えると、私はタロちゃんのバックルに、黄色いメモリーカードを挿した。


 眼光がんこうするどくなった黄太郎きたろうに、両手を合わせてお願いする。


「ごめん、タロちゃん。ちょっとだけ、ここでひとりで待っててくれる? 私、一旦いったんしょに戻って、タロちゃんのバッテリーを充電してこないといけないからさ」


『そうですか、分かりました。出来るだけ、早く帰って来て下さい』


「うん、ごめんね。出来る限り、早く戻ってくるからね」


 黄太郎きたろうが車からりると、私はひとり車を走らせてしょへ戻った。


 刑事課の自分の机の近くにあるコンセントにプラグをして、バッテリーの充電を開始する。


 これで12時間後には、充電が完了するはずだ。


 明日の朝、黄太郎きたろうの電池が切れた頃にまた取りに来よう。


 そういえば、黄太郎きたろうをひとりぼっちにするのは2回目か。


 黄太郎きたろうが連続強盗放火殺人事件の容疑者ようぎしゃ尾行びこうして、持ち場からいなくなったんだっけ。


 その時は、GPS(Globalグローバル Positioningポジショニング Systemシステム.現在位置を測定そくていするシステム)の存在をすっかり忘れていて取り乱してしまった。


 取扱説明書によると、ミニパソコンからでもタロちゃんの位置情報を確認することが出来る。


 改めて取扱説明書を読んでみると、「こんなことも出来たんだ!」と気付くことがある。


 正直言って、最初に渡された取扱説明書が分厚すぎて、読むのが面倒臭かった。


 面倒臭がらずに、説明書はちゃんと読まないとダメだという悪い見本。


 システムアップデートで出来ることが増えたらしいから、新しい説明書にも目を通しておかないと。


 いばらさんの家の前に戻ると、黄太郎きたろうがイライラした様子で腕組みをして待っていた。


 私は運転席からり、犬のように頭をわしゃわしゃでてめる。


「偉い偉い、今日はどこにも行かず、ちゃんと待っててくれたんだね。ごめんね、待たせちゃって」


『遅い、もっと早く帰って来て下さいよ』


「ごめんて」


 もう一度謝ると、黄太郎きたろうはフンと鼻を鳴らした後、助手席のドアを開けてシートに座った。


 なんだ、その態度たいどは?


 バッテリーは、アンタの為なのに。


「僕の為に、充電してくれてありがとう」くらい言えないのか。


 黄色以外のメモリーカードなら、お礼を言ってくれるはずなのに。


 なんで黄太郎きたろうだけ、こんなに素直じゃないんだ。


 私も対抗して鼻を鳴らし、そっぽを向いて運転席に着いた。




 実は私は、いばらさんの家を張り込みしても、あんまり意味がないと思ってるんだよね。


 容疑者は、たぶん、いばらさんの正体を知らない。


 今のところ、いばらさん本人に被害はない。


 いばらさんの家に、不審物も届いていない。


 送り付けられる爆発物は、未完成。


 容疑者ようぎしゃは何が目的で、爆発物を送り続けているのか。


 容疑者ようぎしゃが、いばらさんのファンという可能性も充分ありえる。


 だが、好きな相手に爆発物を送り付けるだろうか?


 脅迫状きょうはくじょうには「自分のものにならなければ殺してやる」的なことが書いてあったらしい。


 逆に、アンチ(特定の対象に対し、激しく嫌悪を抱く人)という可能性もある。


 光あるところに、影がある。


 その光が強ければ強いほど、影は深く濃くなっていく。


 ファンが多ければ多いほど、アンチも多くなる傾向にある。


 アンチは、ファンの一部だという考え方もある。


「嫌い」と言いながら、執拗しつように対象を追い続ける。


 自分が嫌悪けんおする対象の発展を阻止する為に、悪意をともなった行動をする。


「自分が嫌悪けんおするもので、楽しむ人がいることが許せない」といった、身勝手みがってなアンチもいるらしい。


 人気に嫉妬しっとして、逆恨さかうらみする人も一定層いっていそういる。


 私には分からない感覚だけど、対象を攻撃することで快感を覚える人もいる。


 人をいじめることで快感を得るって、性格がゆがんでいる。


 いばらさんのセクシー衣装に、反感を抱いている層もいる。


 ちょっとでも性的な画像を見ると、「性的搾取せいてきさくしゅだ!」と過剰反応かじょうはんのうを示す人もいるんだとか。


 それも、「どこが?」と首をかしげたくなるような画像だったりする。


 でも、考えられるだけにすぎず、真相しんそうは分からないままだ。




 張り込みは黄太郎きたろうに任せ、私はヘッドホンを着けていばらさんの部屋に設置された盗聴器とうちょうきに耳をかたむける。


 いばらさんはひとりごとを言わないタイプらしく、小さな物音くらいしか聞こえない。


 ヒマなので、新しい取扱説明書に目を通したり、刑事課の同僚達とLineで情報交換しながら時間をつぶした。


 結局、何も起こらずに夜明けをむかえた。

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