第19話 Lunch Break《昼休憩》

 先日、新しく渡された追加説明書によると、システムアップデートにより、「充電中もメモリーカードの使用可能」となったらしい。


 1枚だけ例外があって、「赤のメモリーカード」だけは、完全充電後じゃないと使えない。


 しかも、稼働かどう時間はたったの10分。


 7時間充電して10分しか使えないって、非効率ひこうりつ(時間やエネルギーが見合わない)すぎない?


 犯人確保用だから、使う機会はそんなにないけど。


 さて、ここで使うメモリーカードは、黄色にすべきか、オレンジにすべきか。


「張り込み用」と「要人警護用よういんけいごよう」だから、今回はどっちでもアリな気がする。


 正直、黄太郎きたろうは苦手。


 かといって、橙太郎だいだいたろうが好きかと言われると、「悪くも良くもない」って感じ。


 今回は要人警護ようじんけいごが任務だし、橙太郎だいだいたろうが適任だよね。


 タロちゃんの電源を入れ、オレンジのメモリーカードをした。


 途端とたんに、橙太郎だいだいたろうの目が開かれて起き上がった。


 例によって、ドヤ顔と低音ボイスで挨拶あいさつしてくる。


『おはようございます、穂香ほのか


「お、おはよう」


 橙太郎だいだいたろうの呼び捨てには、まだ慣れない。


 橙太郎だいだいたろうは上着を脱ぎ出し、私に差し出してくる。


『はい、どうぞ』


「え?」


 意図いとが分からず、目をパチクリする。


 冬間近ふゆまぢかで寒くなって来たけど、車内は暖房だんぼうを付けているし、厚着あつぎをして防寒ぼうかんもしている。


『昨日、張り込みで全然寝てないでしょう。私が代わりにいばら蒼衣あおいを見張りますし、他の警備員けいびいんもいます。穂香ほのかは、休息を取って下さい』


 橙太郎だいだいたろうの思わぬ気遣きづかいに、感動した。


「ありがとう。じゃあ、遠慮えんりょなく休ませてもらうね」


『はい、おやすみなさい』


 橙太郎だいだいたろうの上着を被ってシートを倒して横になると、橙太郎だいだいたろうが優しい手付きで頭をでてくれた。


 子供の頃は、良いことをしたら頭をでてもらえた。


 大きな手ででてもらえることが、めちゃくちゃ嬉しかった。


 いつから、頭をでてもらえなくなったんだろう。


 でてもらえなくなったのは、私が大人になった証拠。


 大人になった今でも、頭をでてめて欲しいと思う時がある。


 そんなことを考えながら、うつらうつらと眠りに落ちていった。




「キーンコーンカーンコーン」という、聞きなれたチャイムの音。


 その音を耳にして、反射的に飛び起きる。


「すみません、先生、寝てましたっ! って、あれ?」


 キョロキョロと辺りを見回して、状況を把握はあくする。


 そうだった、見張り中に仮眠をったんだ。


 学校という思い出深い場所だからか、高校時代の夢を見ていた。


 私も五年前は、高校に通っていた。


 私はどこにでもにいるような、ごく普通の女子高生だった。


 授業を受けて、テスト勉強をして、休み時間にクラスメイトと遊んで、放課後は部活動に励む、ありふれた日常があった。


 シートを起こすと、橙太郎が笑い掛けてくる。


『おはようございます、良く眠れましたか?』


「あ、おかげで眠れたけど。今、何時?」


『12時0分30秒をお知らせします、1、2、3……』


 時間を聞くと、橙太郎だいだいたろう時報じほうのように正確に答えた。


「もう、そんな時間っ? 私、めっちゃ寝てたんだ。いばらさんは、どうなった?」


『先程のチャイムで、高校は昼休みに入ったようです。いばら蒼衣あおいが学校に入ってから、異常は見られません』


「そうなんだ? 良かった。服貸してくれて、ありがとう」


『どういたしまして』


 私が寝ている間に、何も起こらなくて良かった。


 上着を返すと、橙太郎だいだいたろうは素早く着直きなおした。


 見れば、橙太郎だいだいたろう充電じゅうでんが終わっていたので、コードを外した。


 電力を使い切った鉛蓄電池バッテリーって、どうしたら良いんだろう?


 このバッテリーって、再充電さいじゅうでん出来るのかな?


 あとで、ロボット工学研究室の吉田さんに電話して聞いてみよう。


 良く眠ったら、お腹が空いた。


 私は無線機むせんきを手に取り、他の警備員けいびいんに連絡を取る。


「こちら、田中。異常はありません」


 ――こちらも、異常なし。


「ちょっとおうかがいしたいんですけど、そちらは昼休憩ひるきゅうけいはどうされますか?」


 ――こちらは、交代制で休憩きゅうけいしています。


「そうですか、分かりました。では、私も引きぎをお願いして昼休憩ひるきゅうけいもらいますね」


 ――分かりました。


 どうやらみんなは、交代で休憩きゅうけいるらしい。


 この学校では、昼休み中の外出は可能なのだろうか。


 学校によっては、教員から許可を得ないと外出出来ないらしいけど。


 私は「身辺警護員しんぺんけいびいん」なので、いばらさんが外出した場合、付いていかなければならない。


 一応、昼休みが終わるまではこのまま待機しよう。


 お腹をグーグー鳴らしながら、昼休みが終わるチャイムが鳴るのを、今か今かと待ち続けた。


『お腹、鳴ってますよ』


「言われなくても分かってるよ」


 お腹が鳴る度に、橙太郎だいだいたろうに笑われて恥ずかしかった。


 昼休み終了のチャイムを耳にした直後に、橙太郎だいだいたろうからメモリーカードを抜き取る。


「よし! 鳴ったっ! 行くよ、タロちゃんっ!」


『はい、穂香ほのかさん』


 警備員に引きぎをお願いして、アクセルを踏み込んで自分のアパートへ戻った。


 アパート前に車を止め、キーロックしてタロちゃんを車に残す。


 家に戻ると、すぐにシャワーを浴び、適当に着替えてメイク。


 ひとり暮らし用の小型冷蔵庫には、レンジでチンしてすぐ食べられる冷凍食品くらいしか入っていない。


 食事は、ほとんど中食なかしょく(弁当や総菜そうざいを買って、家に持ち帰って食べる)か、外食で済ませている。


 自炊じすいはほとんどしないから、台所は「全然使ってません感」が全開。


 食べたい物がなかったので、近場でお弁当とお茶とおやつを買った。


 車で学校近くの駐車場まで戻って来てから、車内で食べた。


「食」という字は、「人が良くなる」と書く。


 元気でいる為には、ちゃんとしっかり食べないとね。


 睡眠も食事もれた私は、すっかり元気になった。


 これで、午後も頑張れるぞ。


 その後も、橙太郎だいだいたろうと一緒に見張りを続けたが何も起こらず、放課後を迎えた。


 やはり容疑者ようぎしゃは、いばらさんの正体を知らないのかもしれない。

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