第18話 Personal protection《身辺警護》

「あっ、いけない! 充電しなきゃっ!」


 以前、「ロボット工学研究室」の吉田さんからもらった、バッテリーがトランクに積んである。


 見よう見まねで、ケーブルでバッテリーとタロちゃんをつないでみる。


 バッテリーをつなげると、タロちゃんが目を閉じたまましゃべり出す。


『現在、スリープモードです。これより、充電を開始します。充電完了まであと7時間です』


 無事、充電開始されたのを確認してひと息。


 もう一度、自分の顔を確認すると、顔色は大分元通りになっていた。


 充電中のタロちゃんを車内に残し、いばらさん家のインターホンを押す。


 ややあって、いばらさんの母親が玄関を開けてくれた。


「おはようございます、刑事さん」


「どうも、お早うございます。何か、変わったことはありませんでしたか?」


 刑事らしく挨拶あいさつをすると、いばらさんの母親が笑顔で応える。


「いえ、特には何もありませんでしたよ」


「それは、良かったです」


「そういえば、刑事さんは、朝ご飯は食べられました?」


「あはは、実はまだ……」


 苦笑して正直に答えると、いばらさんの母親がうながしてくれる。


「でしたら、ご一緒にどうぞ。大したものは、お出し出来ませんけど」


「え? よろしいんですか? じゃあ、失礼してごちそうになります」


 お言葉に甘えて家に上がらせてもらい、ダイニングキッチンのテーブルへ着く。


 私ひとりだと気付いたいばらさんの母親が、不思議そうに問う。


「あら? もうひとりの刑事さんは、どうなさいました?」


「ああ、彼なら徹夜明けで車で爆睡ばくすいしてますので、おかまいなく」


 そもそも、タロちゃんは物を食べられない。


 機械だから、電力だけがエネルギー。


 いばらさんの母親は小さく笑い、朝食を作り始める。


「そうですか。ではすぐご用意しますから、少々お待ち下さいな」


「ありがとうございます」


 朝食が出来るまでの間、スマホを確認する。


 刑事課の同僚達から、“おはよう”のLineスタンプが送られてきていた。


 私も、お気に入りのスタンプで送信しておいた。


 同僚達は私がこうしている間にも、別の事件を追っていることだろう。


 いつも日本のどこかで犯罪が起こり、警察は捜査そうさを続けている。


 私は聞き込み捜査とは違う任務が回されて、どうにも慣れない。


 ちなみに、今回の私は要人ようじん直近ちょっきん配置はいちされる「身辺警護員しんぺんけいごいん


 芸能事務所や撮影スタジオには、複数人ふくすうにんの「行先地警護員ゆくさきちけいごいん」が配置はいちされている。


 不審物等ふしんぶつとうを発見した場合は、すみやかに警備隊本部けいびたいほんぶへ連絡して、回収、あるいは撤去てっきょを依頼する流れになっている。


 爆発物のうたがいがある場合は、「触るな」「踏むな」「蹴飛けとばすな」の三原則さんげんそくがある。


 真っ先に周辺の群衆ぐんしゅう避難ひなnさせ、迅速じんそくかつ、的確てきかくな対応が必要となる。


 間違っても、ドラマみたいに自分で爆発物を解体かいたいしようなんて考えてはいけない。


「お待たせしました。簡単なものですけど、お召し上がり下さい」


 あれこれ考えていると、目の前に美味しそうな食事が提供ていきょうされる。


 トースト、目玉焼き、キュウリとレタスとトマトのサラダ、コーンクリームスープ。


 これぞ、「モーニングセット」って感じ。


 こういうので良いんだよ、こういうので。


「わぁ、美味しそうですね。頂きま~す」


 実家にいた頃は、お母ちゃんに作ってもらえるのが、当たり前だった。


 ひとり暮らしを始めてから、「作ってもらえるありがたみ」を知った。


 別に、った料理じゃなくて良い。


「自分の為に作ってもらえること」が、贅沢ぜいたくなんだ。


 温かくて美味しい朝食を、ありがたく頂戴ちょうだいした。


 私が食べ終わったところで、いばらさんが顔を見せる。


「お母さん、アタシもご飯ちょうだい」


「はいはい」


 いばらさんの母親は、私の皿を片付けながら、台所へ戻った。


 ななめ向かいに座ったいばらさんが、ない口調で話し掛けてくる。


「アンタ、学校いてくんの?」


「着いて行きますけど、学業の邪魔はしないように、学校内には入りません。学校の皆さん達にはなるべく気付かれないように、外周がいしゅう警備けいびします」


「そう。なら良いよ」


 反対されるかと思いきや、すんなり受け入れてもらえた。


 昨日と比べると、ずいぶんと素直になった。


 いったい、どんな心境しんきょうの変化があったのか。


 昨日の父親の説得が、効いたのか。


 何があったにせよ、受け入れてもらえるのはありがたい。


 身辺警護しんぺんけいごするには、要人ようじんからも協力が重要となる。


 信用してもらえないと、守れない。




 いばらさんはアイドル業より学業を優先しているらしく、真面目に学校へ通っている。


 友達にはアイドルであることは隠していて、「バイトしている」と言い訳しているとか。


 その為、いばらさんが学校を出てくるのは、放課後となる。


 都内某所とないぼうしょにある高校の外周がいしゅうには、「行先地警護員」が配置はいちされている。


 私とタロちゃんも、近場の駐車場をお借りして張り込むことになった。


 芸能事務所で聞き込みをおこなった捜査員そうさいんによると、今のところいばらさん本人への被害は報告ほうこくされていないという。


 警察にもいばらさんのファンが多く、捜査そうさの気合の入りようが違う。


 別の任務にいている警察官達から「いばら蒼衣あおい捜査そうさに関われるなんていいなぁ」と、うらやましがられている。


 上からの指示で、いばらさんとの接触せっしょくを許されているのは、事務所の許可を得た私とタロちゃんのみ。


 芸能関係者以外で、いばらさんの正体を知っているのも私達だけ。


 他言無用たごんむよう(絶対に秘密)の極秘任務ごくひにんむ


 警備員達も、いばらさんの真の姿を知らず、ただ「いばら蒼衣あおいが通っている高校を警備けいびせよ」とだけ、命じられているそうだ。


 ファンの警備員、可哀想。

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