第17話 Reason《理由》

 二階にあるいばらさんの部屋を見上げる位置に、私とタロちゃんが乗った愛車が停まっている。


 ここなら玄関もしっかり見張れるし、不審者ふしんしゃが来ようとも、すぐさま対応出来る。 


「タロちゃん、ちょっと失礼」


 タロちゃんに、張り込み用の黄色いメモリーカードにし込む。


 すると、タロちゃんの顔が一変して引き締まり、いばらさんの部屋に目を向けた。


 私はヘッドホンを着けた耳に、意識を集中させる。


「タロちゃんは、いばらさんの家を見張ってて。私は、盗聴器とうちょうきを聞いてるから」


『女子高生の部屋を盗聴するなんて、最低ですね』


 こちらをチラリとも見ないで、タロちゃんが冷たい口調で言った。


 心外しんがいな言葉を投げ付けられて、私はムッとして言い返す。


「違うって! これは、鈴木准教授がやれって言ったんだよっ? 張り込みの時に、絶対役立つってっ!」


『仮にも刑事が、盗聴なんて恥ずかしいと思わないんですか?』


「違うって言ってるでしょっ! それに『仮にも』って何っ? 仮にもってっ! 私は、正真正銘しょうしんしょうめい警察官なんだけどっ?」


 いくら訂正して怒鳴り付けても、黄太郎きたろうは眉ひとつ動かさずに冷ややかに告げる。


『そんなんだから、アンタは、いつまでも平刑事なんですよ』


「ホンット、可愛くないな! 黄色いタロちゃんはっ!」


『いい加減、黙って下さいよ』


 狭い車内で指を突きつけながら、私は大声を張り上げた。


 すると黄太郎きたろうの大きな左手が、私の口をふさいだ。


 生きているワケじゃないのに、その手には体温がある。


「これはロボットなんだ」と、頭では分かっているのに。


 あまりにも人間らしいから無意識に「人間だ」と、誤認ごにんしてしまう私がいる。


 それにしても、黄太郎きたろうのヤツ。


 相変わらずの仏頂面ぶっちょうづらで、こちらをちっとも見ようともしてくれない。


 張り込みだから、静かにしなきゃいけないことくらい、私だって分かってるけど。


 他のメモリーカードとギャップが激しすぎて、どうにも調子が狂う。


 そもそも、なんで性格が変わる設定にした?


 例によって、鈴木准教授じゅんきょうじゅの遊び心か?


 今回、また新たに新しいメモリーカードが二枚増えた。


 要人警護用ようじんけいごようのオレンジのメモリーカード。


 使ってみるまで何が起きるか分からない、紫のメモリーカード。


 オレンジのメモリーカードには、ダンディが入っていた。


 紫は、どんな機能と性格が組み込まれているんだろう?


 使いどころが、全く分からない。


 とにかく、使ってみるまでのお楽しみ。


 今は生意気なまいき黄太郎きたろうでも、我慢がまんするしかない。


 っていうか、いつまで、私の口ふさいでんの?


 そろそろ、手を離して欲しい。


 どうにかして、黄太郎きたろうの手を外そうと抵抗ていこうすると、やっと黄太郎きたろうがこちらを向いた。


 しかしその顔は、けわしい表情を浮かべていた。


『これ以上、ムダ口を叩かないって約束出来るなら、離してあげても良いですよ』


 黄太郎に口をふさがれたまま、私は何度も小さくうなづいた。


 そうしてようやく、黄太郎きたろうが手を離してくれた。


「ぷはっ! ふぃ~っ。ありがと、タロちゃん」


 上手く呼吸が出来なかったので、私は大きく息を吐き出した。


 すると、また再び口をふさがれた。


「――むぐっ?」


『全く、アンタは黙っていることが出来ないんですか? いい加減にして下さい』


 口をふさがれている所為せいで、何も言い返せなかった。


 しばらくしてから、ようやく手を離してもらえた。




 一晩中、いばらさんの家を張り込みしたが、不審人物ふしんしゃが来ることはなかった。


 いばらさんの母親が言っていた通り、容疑者ようぎしゃは家には寄り付かないらしい。


 脅迫状きょうはくじょうや贈り物は、全部事務所にてだったというし。


 もしかすると容疑者は、いばらさんの真の姿を知らないのか?


 スーパーアイドルのいばらさんと、女子高生のいばらさんは、ほぼ別人ってくらい違う。


 熱狂的なファンやストーカーだったら、同一人物だと気付くかもしれない。


 気付いている上で、あえて事務所に脅迫状やプレゼントを贈っているとしたら?


 いばらさんに、アイドルをめて欲しいという意図いとか?


「ねぇ、タロちゃん……あ」


 助手席に座る黄太郎きたろうに意見を求めようとして、気が付く。


 ついさっき、電池切れになって落ちちゃったんだ。


 それにしても、本当に綺麗きれいな顔してるよね。


 誘われるように、タロちゃんの顔に手を伸ばす。


 職人が丹精たんせい込めて作り上げた、芸術品みたいな完成度。


 肌のシリコンの手触りが気持ちが良くて、ずっと触っていられる。


 電源が落ちているから、人肌よりちょっと冷たい。


 そのまま指を滑らせて、形の良い唇に触れる。


 こんなこと、人間相手には出来ない。


 唇だけ、やけに柔らかい。


 反対側の手で自分の唇を触り比べてみるが、手触りに違いはない。


 ふいに、「キスしてみたい」という欲求が湧き上がる。


 電源が落ちている今だけは、ちょっとくらいは良いよね?


 タロちゃんの顎に手をえて、ゆっくりと顔を……。


「おはようっ!」


 あとわずかというところで、上からいばらさんの声が降ってきた。


 飛び上がるほどビックリして、車の天井に頭を強くぶつけてしまった。


「――ったぁいっ!」


 痛む頭を押さえながら車から飛び出して、いばらさんを見上げる。


「おはようございます、いばらさん!」


「ちょっと! 何、その顔っ! ちゃんと見張りしてたのっ?」


 部屋着姿のいばらさんが二階の窓から見下ろして、怒鳴り散らしてくる。


「その顔」って、私は今どんな顔をしているのだろう?


 耳まで熱いってことは、真っ赤かもしれない。


 誤魔化ごまかすように、両手で自分の顔をパンパン叩きながら弁解べんかいする。


「ちゃ、ちゃんと一晩中、見張りしていましたっ!」


「ふんっ、どうだかっ!」


 いばらさんは吐き捨てるように言うと、ピシャリと窓を閉めて引っ込んでしまった。


 私も愛車に戻って、バックミラーで自分の顔を確認してみる。


「うわ……」


 暑くもないのに、顔が真っ赤っかだ。


 若い男女が車中泊しゃちゅうはくしていたんだから、かんぐられるのもムリはない。


 実際、タロちゃんにキスしようとしていたし。


 ダメダメ、今は仕事中なんだから、気を引き締めよう。

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