第16話 Parents《親》

「刑事さん、お疲れ様です」


「いえいえ、どうか、お構いなくっ」


 いばらさんの仕事が、ひと通り終わった後。


 私はいばらさんの家にお邪魔して、リビングでお茶をご馳走になっていた。


 驚いたことに、いばらさんは実家住まいで、ご両親と三人で暮らしてるらしい。


 アイドルだから一人暮らしで、派手な生活をしているのかと思っていたけど。


 いばらさんって、かなり真面目な性格みたい。


 リビングのテーブルには、いばらさんのご両親が並んで席に着いている。


 テーブル越しに、私とメモリーカードを抜いたタロちゃんが向かい合っていた。


 いばらさんは家に入ると、すぐに自分の部屋に引きこもってしまった。


 ホント、嫌われちゃってんのね私。


 えらそうに説教垂せっきょうたれたから、当然か。


 ポジティブに考えれば、引きこもってもらっていた方が、身の安全は保たれるかもしれない。


 私は真剣な面持ちで、いばらさんのご両親に問う。


「ご実家の方に、物騒ぶっそうな贈り物は届いていないんですか?」


「ええ。全て会社てに届いてるみたいで、うちには何も」


 いばらさんの母親は、困った笑顔を浮かべながら答えた。


「そりゃ良かった」


 私が手放しで喜ぶ一方、いばらさんの母親は悲しげに目を伏せる。


「でも、最近、娘はすっかり神経質になってしまいまして。いつも、ピリピリしているみたいなんですよ」


「そりゃあ、命狙われたら、誰だって心中しんちゅうおだやかじゃいられませんよ」


 私はねぎらうように笑い掛け、胸を張って続ける。


「ですが、これからは、私どもが誠心誠意、お嬢さんを見守りますから、どうぞご安心下さい」


「はい。どうか、娘をよろしくお願いします」


 いばらさんのご両親は、私に向かって深々と頭を下げた。


 いばらさんの父親は二階を見上げると、親の貫禄かんろくでゆっくりと口を開く。


「うちの子は、決して悪い娘じゃないんですが。年頃のせいか、どうも素直じゃなくてね」


「分かりますよ。私にも、年の離れた妹がひとりいるんですけど。つい最近まで、『お姉ちゃんお姉ちゃん』だったのに、ある日突然、急につれなくなりましてね」


 私が頭を掻きながらヘラヘラ笑いながら言うと、いばらさんのご両親はくすくすと笑う。


「あらまぁ、そうなんですか」


「年頃の娘は、なかなか気難しいですよね」


「ですよねー」


 和やかな笑いが起きる中、タロちゃんだけが真顔だった。


 話がひと段落したところで、私は腰を上げる。


「そろそろ、私どもは、車に戻ります」


「そんな、もっとごゆっくりされたらいいのに。もしよろしければ、うちにお泊りになられても」


 いばらさんの母親が引き止めてくれたけど、私は丁重にお断りする。


「いえいえ、遊びに来てるワケじゃありませんから。私どもは、家の外から警護けいごさせて頂きますのでお構いなく。あ、お茶、ご馳走様でした。行くよ、タロちゃん」


『はい、穂香ほのかさん』


 私とタロちゃんは軽く頭を下げて、玄関へ向かった。


 いばらさんのご両親は、玄関口で私とタロちゃんを見送ってくれる。


「何かあったら、いつでも声をお掛け下さいね」


「はい。そちらもどんな小さなことでも、変化がありましたら何でもおっしゃって下さい」


 私が答えると、いばらさんのご両親は小さく頷く。


「ええ、分かりました」


「よろしくお願いします」


「はい。あ、そうだっ」


 私は胸ポケットから、小さな機械を取り出した。


 これは、鈴木准教授じゅんきょうじゅが開発した超高性能盗聴器とうちょうきだそうだ。


 ぎこちなく愛想笑あいそわらいをして、しどろもどろ、それを差し出す。


「そのぉ……、もし良かったらで良いんですけど。この盗聴器をですね、娘さんの部屋のドアにでも付けてもらえませんかね? あの、やましい気持ちじゃなくって、何かあった時の為に……」


 いばらさんのご両親は、困ったように顔を見合わせた。


 私は、失敗したと思った。


 そりゃそうだ。


 いくら警護けいごの為とはいえ、年頃の娘を盗聴とうちょうするなんて、とんでもない話だ。


 私も同じことを言われたら、断固反対だんこはんたいする。


「あ~、やっぱ、ダメですよね。すみませんでした、これはなかったことにして下さい」


 慌ててしまおうとすると、いばらさんの父親が、私の手の上から盗聴器をつまんだ。


「え?」


「協力しますよ。娘の命には、代えられないですからね」


 そう言って、いばらさんの父親は、母親と顔を見合わせてうなづき合った。



 私とタロちゃんは、いばらさんの部屋を見上げられる場所に車を停めて待機。


 ミニパソコンに繋いだヘッドホンを装着すると、鈴木准教授特製高感度盗聴器が音を拾う。


 トントントンと、階段を上がる足音。


 足音が止むと、コンコンッとノックの音がした後、いばらさんの父親の声が聞こえる。


『少し話せるか』


『話したくない』


 すぐに、いばらさんの不機嫌ふきげんそうな声が返ってきた。


 それに構わず、父親のおだやかな声が言い聞かせるように語り始める。


『「アイドルは二のつぎ」と、言っていたそうだね。お父さんとしては衣装のことも心配だけど、それよりその気持ちが心配なんだ。そんな半端はんぱな気持ちじゃ、いつか取り返しのつかないことになる。めたいなら、めなさい』


 父親の優しい想いがこもった説得せっとくにも、いばらさんは何も答えなかった。

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