第15話 Orange memory《オレンジのメモリー》

 拒絶きょぜつされたって、警護けいごの任務におもむいている以上、対象から離れるワケにはいかない。


 マネージャーさんにお願いして、いばらさんのスケジュールを教えてもらった。


 この後は、新曲のレコーディングだそうだ。


 マネージャーさんの案内で、一緒にレコーディングスタジオへ向かった。


 レコーディングスタジオは、基本的に以下の四点で構成されている。


 ・コントロールルーム


 ・ブース


 ・マシーンルーム


 ・共同スペース


 コントロールルームは、各種音響機材があり、収録や音響などを管理する部屋。


 ブースは、実際に楽器演奏・歌唱・ナレーションなどをおこなう部屋。


 コントロールルームから、防音ガラス越しにブース内が丸見えであることから、日本では「金魚鉢きんぎょばち」と呼ばれる。


 マシーンルームは、コントロールルーム内の静穏化せいおんかと空調、効率的なメンテナンスをおこなう部屋。


 共同スペースは、事務所、各種保管庫、給湯設備、トイレなどが設置されている。




 さて、そろそろ新しいメモリーカードを使ってみよう。


 今度は、どんな性格のタロちゃんが見られるのかワクワクする。


 今必要なのは、要人警護用きょうじんけいごようのメモリーカードだ。


 オレンジ色のメモリーカードを取り出して、タロちゃんにし込んだ。


 途端に、タロちゃんの表情が自信満々のドヤ顔に変わった。


 え? なんで今ドヤ顔?


 橙太郎だいだいたろうは、呆気あっけに取られる私の肩を抱く。


『それじゃ、行きましょうか、穂香ほのか


「え? あ、はい……」


 そんな落ち着いた低音ボイスで呼び捨てにされたら、狼狽うろたえてしまう。


 軽く抱き寄せられて、顔が近いんだけど。


 顔が熱くなり、胸のときめきが止まらない。


 このメモリーカードの性格は、なんて例えたら良いんだ?


 緑太郎みどたろうがジェントルマン系だとすると、橙太郎だいたいたろうはダンディー系?


 戸惑とまどっている私に、橙太郎だいだいたろうはカッコよく笑う。


『私達で、いばら蒼衣あおいを守るんでしょう? さぁ、急ぎましょう』


「そ、そうだね」


 橙太郎だいだいたろううながされるまま、いばらさんがレコーディングする予定のスタジオへ向かって行った。




 スタジオに着くと、いばらさんはすでにブース内にいた。


 スタジオ内にいた収録スタッフの皆さんには、マネージャーさんが「今日から蒼衣を護衛してくれる刑事さん達」と、紹介してくれた。


 私は警察手帳を見せて、スタッフの皆さんに事情を説明。


「録音・録画禁止」「情報漏洩禁止」「邪魔をしないこと」などを条件に、コントロールルームへ入れてもらえることになった。


 と言っても、橙太郎だいだいたろうはロボットだから、自動的に録音・録画しちゃっているんだけどね。


 ロボット工学研究室にも、橙太郎だいだいたろう見聞みききしたことは全部転送てんそうされているから、情報漏洩じょうほうろえいしている。


 こちらも橙太郎だいだいたろうがロボットであることは極秘事項ごくひじこうなので、スタッフの皆さんにはこのことは黙っておこう。


 私と橙太郎は、コントロールルーム内に設置されたソファの隅に、ふたり並んで座った。


 ブース内のさんいばらさんは、しっとりとしたバラード調ちょうの歌を唄っている。


 いばらさんは、ただ可愛いだけのアイドルじゃなくて、高い歌唱力かしょうりょくにも定評ていひょうがあるんだよね。


 美しい生歌なまうた(録音された音声ではなく、その場で実際に歌う)に、うっとりと聞きれる。


 ファンだったら、垂涎すいぜん(よだれをらして喜ぶほど)の光景だろう。


 まだ世に出ていない超人気アイドルの新曲を、いち早く聞けるなんて、得した気分。


 私は横にいる橙太郎だいだいたろうに、こっそりと耳打ちする。


「この手の曲ってさ、歌唱力かしょうりょく要求ようきゅうされるんだよね」


『ええ。いばら蒼衣あおい歌唱力かしょうりょくは、素晴らしいものですよ」


「タロちゃんに分かるの? それ」


『もちろん。お望みなら、今すぐ同じ歌を披露ひろうしてごらんに入れますよ』


 自信に満ちた笑みで答えたので、鈴木准教授じゅんきょうじゅの技術力には感心するばかりだ。


「それも、鈴木准教授じゅんきょうじゅのこだわり?」


『鈴木准教授じゅんきょうじゅですから』


「鈴木准教授じゅんきょうじゅだもんね」


 橙太郎だいだいたろうが余裕のある大人の笑みで笑ったので、私も釣られるように笑った。


 収録が終わると、スタッフの皆さんからねぎらいの言葉と拍手がいばらさんに贈られた。


「はい、チェックOKです。ありがとうございました、お疲れ様で~す」


『はい、ありがとうございました』


 いばらさんの顔には、満足そうな笑みが浮かんでいた。


 ステージ上やカメラの前で見せる、スーパーアイドルの笑顔とはまるで違う。


 これって、どう表現したらいいんだろう。


 今は純粋に「歌えて嬉しい」という、素直な喜びにあふれてる感じがする。


 私はコントロールルームを出ると、ブースから出てきたいばらさんに話し掛ける。


「収録、お疲れ様でした。いばらさんは、本当に歌がお好きなんですね」


 いばらさんは私をにらみつけると、強い口調で言い放つ。


「ねぇっ! なんで、アタシにかまうのっ? 放っといてくれないっ?」


 キレ散らかすいばらさんに、私はニッコリと笑い掛ける。


いばらさんの歌、聞きれるくらい本当に素晴らしかったです。アイドルを辞めても、その歌声は変わりませんよね。もし、いばらさんが歌手に転向てんこうされても、私はこれからも応援し続けますよ」


 すると、いばらさんの顔から怒りの表情が消えた。


 橙太郎だいだいたろうは空気を読んでいるのか、少し離れた場所からこちらを見守っている。


 いばらさんは、少し戸惑とまどった表情で私に問い掛けてくる。


「ねぇ、アンタはなんで、刑事やってるの?」


いばらさんは、なんで歌手になりたいんですか?」


 私が質問を質問で返すと、いばらさんはしかめっ面をしながらも答えてくれる。


「歌うのが好きだから。みんなに、私の歌を聞いてもらいたいから」


「私も同じですよ」


「同じって?」


「私も、警察官をやっています。なりたいからなった。なんて、そんなもんでしょう?」


 いばらさんは真顔で私の顔をじっと見つめた後、黙って背を向けて早足はやあしで去ってしまった。


 あらら……嫌われちゃったかも。

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