第14話 Idol singer《アイドル歌手》

 ところ変わって、芸能事務所「Celephaïsセレファイス」の社長室。


 私は、重厚じゅうこうな机の奥に座った社長の前に立ち、敬礼する。


「この度、いばら蒼衣あおいさんの警護けいごをさせて頂くことになりました田中穂香ほのかと申します」


 私は警察手帳を見せながら、自己紹介をした。


 隣に立っているメモリーカードをしていないタロちゃんも、同様に名乗る。


『同じく、加藤太郎です』


 私は手帳を読みながら、社長に確認する。


いばら蒼衣あおいさんにおくられたプレゼントは、脅迫状きょうはくじょうに動物の死骸しがい刃物はもの、爆発物だそうですね」


「ええ……」


 深刻そうにうつむく社長に、私は同情し、フォローするように慌てて言う。


「あの、え~っと、その、いばらさんは超人気アイドルですから熱狂的ねっきょうてきなファンも多いんでしょうね」


「人気があるのは、良いことなんですけどねぇ。悪いことに、マスコミに情報が漏れてしまいましてね。それ以来、事務所のイメージダウンもはなはだしいですよ」


 社長は、やれやれといった感じで首を横に振った。


 いばらさんより、事務所が大事という口調だ。


 怒りがこみ上げてきたけど、私は何も言わなかった。


 その時、ドアノックする音が聞こえた。


「入りなさい」


 社長の返事を受けて、ドアが開かれた。


「失礼します」


 入ってきたのは、いかにも学校帰りといった制服姿の女子高生だった。


 このも、ここの事務所の人なのかな?


 まだ高校生だし、社員じゃないだろうからアイドル志望かな?


 社長は軽く笑みを浮かべると、女子高生に私達を紹介する。


「ああ、ちょうどいいところに。蒼衣あおい、こちらは今日から君を警護けいごしてくれる刑事さんだ」


「どうも」


 女子高生はニコリともせずに、私達に軽く会釈えしゃくした。


 え? これがいばら蒼衣あおい? 全然イメージが違う!


 いばら蒼衣あおいといえば、芸能人オーラ全開のセクシー女王様。


 目の前にいる女子高生は美少女ではあるけど、普通の女子高生って感じだ。


 ギャップに驚いていると、社長はドッキリが成功したような顔で楽しげに笑う。


「刑事さんがた、これがうちの蒼衣あおいです。ご覧の通り、彼女はまだ高校生でしてね。蒼衣あおいの本当の姿は、ここだけの秘密ですよ?」


「へぇ、まるで別人ですね」


 私が感心していると、いばらさんが仏頂面ぶっちょうづらで言い放つ。


「やっぱりアタシ、アイドルめます!」


「えぇっ?」


 突然の爆弾発言に、私は目ん玉くほど驚いた。


 机に退職願たいしょくねがいを叩き付けると、いばらさんはきびす(かかと)を返す。


「失礼しますっ!」


 私が呆気あっけに取られているうちに、いばらさんは出て行った。


 それを見送って、社長が深々とため息を吐く。


物騒ぶそうな物が届くようになってからというもの、ああなってしまいましてね」


「女王様は、ご機嫌きげんナナメってことですか」


 私が苦笑しながら肩をすくめると、社長は大きく頷く。


「とにかく、蒼衣あおいの身が危険なのは間違いありませんから。蒼衣あおい警護けいご、よろしくお願いしますよ」


「はい、かしこまりました。いばらさんの身の安全は、我々がお守り致します」


 私が姿勢を正して敬礼けいれいすると、タロちゃんもそれに習った。




 私とタロちゃんは社長室を出ると、いばらさんの後を追った。


 いばらさんは休憩室のベンチに腰掛けてミネラルウォーターを口にしながら、愚痴ぐちを言っていた。


「なんでアタシが、こんな目にわなくっちゃいけないのっ?」


「まぁまぁ、怒ってもしょうがないでしょ?」


 隣に座った中年女性がなだめようとしてるけど、いばらさんのイライラは収まらない。


「こっちは、別にやりたくもないアイドルやってるってのにさっ」


「会社にも事情があってね、仕方ない部分もあるのよ」


「マネージャーは良いよね、一般人だから自由で」


「ワタシだって、何もかも自由ってワケじゃないですよ」


 中年女性は、マネージャーさんだったらしい。


 マネージャーさんが苦笑すると、いばらさんは不貞腐ふてくされて続ける。


「アイドルって、こんな理不尽りふじんな仕事だとは思わなかった。ホント、みんな良くやっていられるよね」


 いばらさんはマネージャーさんに向かって、自分の強い意思いしを伝える。


「アタシ、アイドルめるから」


「それ、本気で言ってるんですか?」


 困り果てた表情のマネージャーさんに、いばらさんは大きく頷く。


「うん。元々アイドルなんて、興味なかったし」


「ファンが大勢いるんですよ? 歌手の夢だって、どうするんですか?」


 マネージャーさんが引き止めようと懸命けんめいうったえると、いばらさんはねた口調に答える。


「だって、アイドルはもういやなんだもん」


 いばらさんは私が見ていることに気が付くと、こちらをジロジロ見る。


「現実の刑事って、ドラマと違って地味で役に立たなそう」


 いばらさんが小バカにしたような口調で言ったので、私はカチンときた。


 短気な私は、むっとして言い放つ。


いばらさん、何か勘違いしてませんか?」


「何が?」


 私の態度が気に食わなかったのか、いばらさんは不服そうに言い返した。


 私は説き伏せるように、怒声を張る。


「私達警察はね、誰かに評価されたくて命張ってるワケじゃないんですよっ!」


『はい』


 横にいたタロちゃんも、短く同意してくれた。


 しかし、いばらさんは冷たい視線で私を射抜く。


「で?」


「『で』って?」


「だから?」


 冷たい口調で言い返されて、私はしどろもどろになって答える。


「あ、いや、だから、私は……」


「ホント、どいつもこいつも口先くちさきだけなんだからっ!」


 いばらさんは呆れた声で言うと、私に背を向けて歩き出した。


 私は慌てて、呼び止める。


「待って下さい! まだ話は……」


「もう、うんざりっ!」


 腹立だしげに言い放つと、いばらさんは早々に立ち去ってしまった。


 私はやり場のない手を伸ばしたまま、情けない表情を浮かべた。


 取り残されたマネージャーさんが、苦笑して私達に頭を下げてくる。


「あの年代の女の子に、頭ごなしに説教せっきょうしても無駄ですよ。あの子、本当は良い子なんですよ。このところ、思うようにならないことばかりで、癇癪かんしゃく起こしているだけなんです。申し訳ございません」


説教せっきょうって……、そんなつもりはなかったんですけど」


 私は肩を落として、タロちゃんに話し掛ける。


「私、何か間違ったこと言ったかな?」


『いえ、ただちょっと……』


 タロちゃんが何やら意味深長いみしんちょうつぶやいたので、意味が分からず問い詰める。


「『ちょっと』? 何?」


 タロちゃんはそれっきり、何も答えてくれなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る