第12話 New missions《新しい任務》

「アイドルの警護けいごぉっ?」


 私は思わず、自分の耳をうたがった。


 まさか、アイドルの警護けいごなんて仕事をやる日が来ようとは思わなんだ。


 聞き返すと、警視正せいしせいが小さくうなづいて私を指差ゆびさす。


「君も知ってるでしょ? いばら蒼衣あおい


「もちろん、知ってますけど」


 日本でいばら蒼衣あおいを知らない人は、ほとんどいないんじゃないかな。


 飛ぶ鳥を落とす勢いで、人気絶頂にんきぜっちょうのスーパーアイドル。


 露出度ろしゅつどの高い、水着みたいなセクシー衣装を着た美しい女王様。


 モデルのような美貌びぼうもさることながら、歌唱力かしょうりょくも高いことで海外でも注目されているらしい。


 そういえば、年の離れた妹もいばら蒼衣あおいが大好きで、マネして踊って歌っているのを何度も見たっけ。


 そりゃあもぉ、可愛かったのなんのって。


「君ね、いくら超人気アイドルだからって、デレデレしないで真面目に警護けいごしたまえよ?」


 何かを勘違いしたらしい警視正けいしせいに、手厳てきびしく注意された。


 私は慌てて手を横に振り、取りつくろう。


「いやいやいや、仕事はちゃんとやりますってっ!」


「ふん。まったく、田中君なんかにいばら蒼衣あおい警護けいごさせて、大丈夫なのかねぇ……」


 呆れた様子で椅子に深々と腰掛ける警視正けいしせいに、鈴木准教授じゅんきょうじゅがハイテンションでタロちゃんの背中を叩く。


『今回は、要人警護用ようじんけいごようメモリの活躍に期待せざるをないね! この日の為にこのメモリを作ったと言っても、過言かごんではあるまいっ!』


「ええっ? そんなぁ……」


 全く期待されていない私は、どうすりゃいいの。


 私は気を取り直して真剣な表情を作り、警視正けいしせいに問い掛ける。


「そのいばら蒼衣あおいさんは、何故なぜ警護けいごが必要なのでしょうか?」


いばら蒼衣あおいは何しろ超人気アイドルだから、熱狂的ねっきょうてきなファンが多くてね。贈り物やファンレターなんかがいっぱい届くらしいんだけど、その中に脅迫状きょうはくじょうが混ざっていたんだよ」


 仕事の話となるやいなや、警視正けいしせいは真面目な顔を作り、緊張感のある硬い口調で言った。


脅迫状きょうはくじょうの内容は、どのような?」


「『俺のものにならなきゃ、殺してやる』みたいなヤツだよ」


「うわぁ、怖ぁ。でも、そういうのって、人気アイドルなら良くある話ではないですか?」


 私が顔を引きつらせると、警視正けいしせいはため息を吐いて首を横に振る。


脅迫状きょうはくじょうじゃなかったからね」


「だけじゃなかったって、まさかっ?」


 ひとつうなづいて、警視正けいしせいは目をせる。


「そ。刃物はものや動物の死骸しがい、爆発物まで送られた日には、さすがに放っておけなくなってね。この度、警護けいごしなくちゃいけなくなったんだよ」


 爆発物と聞いて、私は驚いて目を見張り、身を乗り出す。


「爆発物による、被害状況は?」


「いや、それは大丈夫。どう見ても素人しろうとの手作りで、不完全な物だったから爆発しなかったらしいよ」


「そりゃ、良かった」


 手放しで喜ぶ私に、警視正けいしせいが釘を刺す。


「だからといって、油断はならない。送られてくる度に、だんだんと完成度が高くなってきてるらしいんだよ」


「それは……」


 絶句ぜっくすると、警視正けいしせいは私を指差ゆびさし、にらみつけてくる。


「いいかね? 今回は、スーパーアイドルの命が掛かっている。前回のような失態しったいは、許されないんだよ?」


「あ、あれは、失態しったいなんかじゃ……」


 私が言いよどむと、警視正けいしせいの顔はますますけわしくなる。


失態しったいでなければ、なんだと言うのかね?」


「あ……うぅ……」


 強い圧を感じて、何も言い返せない。


 確かに、私は何も出来なかった。


 犯人をひとりで追跡ついせきし、確保かくほしたのは犯人確保用の赤いメモリーカードをした赤太郎あかたろうだ。


「とにかく、君は身をていして(自分を犠牲ぎせいにして)でも、いばら蒼衣あおいを守り抜くこと! いいね?」


 警視正けいしせいは、強い口調で言い放った。


「ひとりの命は全地球よりも重い」と言った人がいたけど、そんなものはうそっぱちだ。


 ひら刑事と人気絶頂にんきぜっちょうのスーパーアイドルの命だったら、くらべるまでもない。


 命の重さは、平等じゃない。


 時に、命は紙よりも軽い。


「かしこまりました」


 顔を引き締めて敬礼すると、鈴木准教授じゅんきょうじゅがニヤリと笑いながら近付いてくる。


『「加藤太郎君」も、バージョンアップしておいたからなっ! 期待してくれっ!』


「本当ですか? ありがとうございます、鈴木准教授じゅんきょうじゅ!」


 鈴木准教授じゅんきょうじゅは、例のジュラルミンケースを開く。


 ケースの中には、見慣れたミニパソコンと6枚のメモリーカードが、衝撃吸収材しょうげききゅうしゅうざいにハメ込まれてあった。


 今回新たに追加された2枚を足して、メモリーカードは8枚になった。


 私は新しいメモリーカードを、早くしてみたくってウズウズした。


 でも、任務以外です訳にはいかない。


『とりあえず、してみれば分かる』っていう、紫のメモリーカードも楽しみで仕方がない。


 そもそも、してみなければ分からないメモリーカードって、いつ使えばいいの?


「分かったら、さっさと行って。私だって、いつまでも君に構っていられるほど、ヒマじゃないんだよっ」


 警視正けいしせい野良猫のらねこ野良犬のらいぬでも追っ払うようにシッシッと、私に手を払った。


「はい、かしこまりました」


 私は半眼はんがんで肩を落としたが、気を取り直してタロちゃんを呼ぶ。


「加藤太郎君、ついて来て」


『はい、穂香ほのかさん』


 無表情のタロちゃんが、棒読ぼうよみで返事をする。


 ああ、この声だ!


 この声を、どれだけ聞きたかったことかっ!


 感極かんきわまって、目に涙がにじんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る