New memorys

第11話 Restart《再開》

 タロちゃんはシステムアップデートの為、一旦いったん、東京工科大学工学部機械工学科ロボット工学研究室へ戻った。


 タロちゃんが実家へ帰ってしまったので、私も公傷休暇こうしょうきゅうか(公務員が業務上ぎょうむじょう傷病しょうびょうで休むこと)中に、実家へ帰ることにした。


 盆、正月、ゴールデンウイーク以外に、まとまった休みを取れることなんて、なかなかないからね。


 電話で「実家へ帰る」と連絡したら、お母ちゃんが不思議がっていた。


こんげこんな、中途半端な時期に帰ってくるとかなんてなんがあったとねなにがあったの?』


「『連続強盗殺人放火事件』の容疑者が逮捕されたっちゅうというニュース、知っちょるている?」


『ああ、知っちょるている知っちょるているそんげらそんなニュースもありよったねあったね


「『警察官一名負傷』ってあったじゃろあったでしょ? あれ、私」


『え? なんけなによ? あれ、アンタじゃったっけだったの? ウソじゃろでしょ?』


そいがそれが、ウソじゃねぇとよじゃないのよそいでからよそれで、怪我治るまで休みもらえたかいから、一週間ばっかしくらい、そっち帰っても良いね?」


『そうねぇ? じゃったらだったら、気ぃ付けて帰って来こんねなさい


「なら、行くかいねからね


 そんなこんなで、実家へ帰ることになった。


 


「アンタ、あんま無茶せんでよしないでよ


 お母ちゃんは、いつもみたいに私の体を心配してくれた。


なんゆうちょっとか何を言っているんだ。刑事なんて、恨まれてナンボぞなんぼだろう?」


 お父ちゃんは豪快ごうかいに笑いながら、私の背中をバシンッと叩いた。


 途端に、傷に激痛が走る。


「っちょっ、お父ちゃん、痛いてっちゃけどっいんだけどっ!」


そんげらもんそんなもの、名誉の負傷じゃがだろうっ」


 痛みにもだえる私を見て、お父ちゃんはゲラゲラ楽しそうに笑った。


「お姉ちゃん、大丈夫なの?」


「うん、こんくらい平気平気っ」


 最初のうちこそ、心配してくれていた妹だったが。


 傷を理由に毎日ゴロゴロしていたら、「お姉ちゃん、邪魔」と怒られた……ひどい。


 家族と過ごす、あったかくておだやかな日々は幸せだった。


 それなのに、いつもタロちゃんのことを考えていた。


 朝、目が覚めると真っ先にタロちゃんの姿を探して、いないことを確認してガッカリする。


「おはよう、お姉ちゃんっ」


「おはよう、穂香ほのか


「おはよう、穂香ほのか。ご飯の前に、よ、顔洗ってきねのきなさい


「……おはよう」


 私のことを『穂香ほのかさん』と、呼んでくれる者はいない。


 空っぽのポケットを探るくせは、いつからついたんだろう?


 いくらポケットを探っても、メモリーカードは一枚たりとも入っていない。


 タロちゃんと共に、鈴木准教授じゅんきょうじゅに回収されたからだ。


 テレビの電源を入れる時、私の姿を映し出すタロちゃんの目が脳裏のうりをよぎった。


 無意識に、テレビに映るイケメン芸能人とタロちゃんを比べていた。


 しかも、タロちゃんの方がよっぽどイケメンだと思ってしまう自分自身に驚いた。


美味おいしかねしいね


「うん、美味しい」


 お母ちゃんと一緒におやつを食べていた時、タロちゃんから『僕の代わりに食べて下さい』と、菓子を手渡される姿を思い出した。


 久し振りに、湯船入ってゆったりとお湯に浸かった。


 タロちゃんと出会ってから傷口がふさがるまで、ずっとシャワーだった。


 お風呂は温かくて気持ちが良かったのに、何故か無性むしょうさびしくなった。


 一日の終わりには、必ずコンセントの位置を確認してしまう。


 今まで寝る前には必ず、タロちゃんを充電しなくてはならなかった。


 そうやって、いつもいつもタロちゃんのことを考えていた。


 恋ってヤツは、本当にやっかいだ。


 しかも、末期まっき


「ごめんね……」


 私は毎日、婚約者こんやくしゃ遺影いえいに手を合わせて謝った。




 あれから2週間近く、タロちゃんと会っていなかった。


 背中の傷もえ、ようやく現場復帰げんばふっきと喜んだ矢先やさき、いきなり呼び出しを食らった。


 緊張しながら、重役室じゅうやくしつのドアをノックすると、警視正けいしせいの声が返ってくる。


「入りたまえ」


「はい、失礼します」


 部屋の中へ入ると、警視正けいしせいと鈴木准教授じゅんきょうじゅ


 そして、無表情むひょうじょうのタロちゃんが立っていた。


「あ、タロちゃん!」


 私はタロちゃんとえたことがうれしくてうれしくて、他には目もくれず、タロちゃんへった。


 そんなこんなで、再会の喜びもひとしおだ。


「タロちゃん! 久し振りっ!」


「ん、んんっ!」


「あ、申し訳ございません……」


 思わずはしゃいでしまい、警視正けいしせいのわざとらしい咳払せきばらいで我に返った。


 重厚じゅうこうなデスクの前に戻って、姿勢しせいただして敬礼けいれいする。


刑事課所属けいじかしょぞく、田中穂香ほのか巡査じゅんさです」


「久々に相棒あいぼうと会えて、うれしいのは分かるけどね。私達を、無視しないでくれるかね?」


 警視正けいしせいが深々とため息を吐いて、ズケズケと言った。


 私は、謝るしかない。


「申し訳ございません、失礼致しました」


まったく、君ときたら、『加藤太郎君』がいないと、本当に何にも出来ないんだから。しかも、容疑者に刺されて重体? ホント、いい加減にしたまえよ。君のようなひら刑事なんて、いつ辞めてくれたって構わないんだよ?」


 心底呆れ果てた顔の警視正けいしせいからくどくどと説教せっきょうされて、ぐうの音も出ない。


 しばらくすると、拡張器かくちょうき付きヘッドセットマイクをけた鈴木准教授じゅんきょうじゅが、口を開く。


『そろそろ、良いか?』


「ああ、鈴木准教授じゅんきょうじゅ。すみませんね、うちのひら刑事が面倒掛けて」


 やれやれといった口調で言う警視正けいしせいに、鈴木准教授じゅんきょうじゅは軽く横に首を振る。


『それは、構わない。田中君、君を呼んだのは他でもない。“加藤太郎君”のことだ』


「タロちゃ……いえ、『加藤太郎君』が、どうかしたんですか?」


 鈴木准教授じゅんきょうじゅの口からタロちゃんの名前が出てきて、私は思わず身を乗り出した。 


 鈴木准教授じゅんきょうじゅは2枚のメモリーカードを取り出すと、急にテンションを上げて私に見せ付ける。


『田中君も“加藤太郎君”の扱いに、慣れてきたようだからね! 新しいメモリカードを、試してもらおうと思ったんだよっ!』


「新しいメモリーカード? 今度は、どんなデータが入っているんですか?」


『よくぞ聞いてくれたっ! このオレンジのメモリカードは、要人警護用ようじんけいごよう! そして、紫のメモリカードは、使ってみれば分かるっ!』


「『使ってみれば分かる』って……適当ですね」


 鈴木准教授じゅんきょうじゅから手渡された、新しいメモリーカードを見ながら力なくつぶやいた。


 この人は、本当に相変わらずだなぁ。


 そんな私に、鈴木准教授はサムズアップをしてニヤリと笑う。


『今まで通り、君の活躍には期待しているよっ!』

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