第6話 Wagon
私とタロちゃんは、再び「お婆ちゃんの原宿」こと巣鴨へ聞き込みにやってきていた。
もう何度も足を運んでいるので、顔を覚えられてしまった。
私ではなく、青いメモリーカードを挿した青太郎が。
青太郎を見るや、熟女の方から話し掛けてくる有様だ。
「あら、太郎ちゃん。今日も、聞き込み? 仕事熱心で、偉いわねぇ」
『はい。皆様を守るのは、警察の義務ですから。日々、あなたのことを考えていますよ』
「イヤーンッ♡ もう、太郎ちゃんったらっ♡」
熟女は恋する乙女のように、嬉しそうに身をよじらせた。
何が「イヤーン♡」だ。
年齢を考えろ、年齢を!
悪寒が走って、全身に鳥肌が立ったわ。
青太郎も、見境なく(みさかいなく=手当たり次第に、相手を選ばずに物事を行なう)女を落とすのは止めろ。
「あ、そういえば、太郎ちゃん。清水さん家が燃えたって話、知ってる?」
『ええ……ちょうど僕が、清水さんのお宅を見張っていた時でした。僕が不甲斐なかったがばっかりに、清水さんの命を助けることが出来ず……本当に、惜しい方を亡くしました』
青太郎が役者張りに、お涙ちょうだいの大げさな演技をした。
それをムダに良い顔でやるものだから、周囲にいた熟女達の涙を誘った。
「太郎ちゃん、なんて優しい子なの……っ!」
「太郎ちゃんは、何も悪くないわっ!」
「太郎ちゃん、泣かないでっ!」
熟女達が懸命に、青太郎を慰めようとしている。
だが、慰めずとも結構だ。
そもそも、青太郎は泣いていない。
人が死んで悲しむような、繊細な心を持っているワケでもない。
ロボットだから、初めから感情を持ち合わせていない。
そのクセ、よく分からない機能なら、数多く搭載されている。
今の茶番も、その一つだ。
たぶんこれも、鈴木准教授の謎のこだわりだろう。
はかなげな笑顔で、青太郎は熟女達の顔をゆっくりと見回す。
『ありがとうございます。これからも精一杯、皆様のお役に立てるように、頑張りたいと思います』
「まぁ、なんて健気なのっ!」
「頑張って、太郎ちゃん♡」
「ステキよ、太郎ちゃん♡」
「キャーッ、太郎ちゃーんっ♡」
いつの間にやら、青太郎は熟女達に囲まれ、黄色い(?)太郎ちゃんコールと拍手に包まれている。
私は、すっかり蚊帳の外だ。
『どうか皆様、強盗殺人事件に関することがありましたら、どんな小さなことでも良いので、僕に教えて下さい。一刻も早く容疑者を捕まえて、皆様を安心させたいのです』
ほほぅ、そういう流れへ持っていくか。
こう言えば、熟女達は率先して情報提供してくれるだろう。
熟女達のムダ話が減れば、時間も節約出来る。
当然、効率も上がる。
人の心を掴むのが上手いな、青太郎。
すると熟女達は口々に、亡くなった被害者について話し始める。
「私ねぇ、この間亡くなった佐々木さんと仲良かったのよ。お土産も良く頂いてね。荷物が重くて大変だから、お土産はみんな郵便配達に頼っていたらしいわよ」
「そうそう。佐々木さんのお宅には、郵便屋さんがよく来ていたわ」
「放火された日は、見たこともない宅配屋さんが来ていたのよね」
それを聞いて、容疑者が使っていたワゴンを思い出した。
私はどうにか話の輪に入り込んで、熟女に問い掛ける。
「それは、猿のマークが付いたワゴンではありませんでした?」
「そうそう、それよ。見たことがないワゴンだったから、良く覚えてるわ」
「猿のマークって、珍しいわよね」
「私は見たことないわ」
「私は見たわよ」
『いつ、どこでですか?』
「見た」と、言った熟女に向かって、青太郎が声を掛けた。
青太郎の顔を間近で見た熟女は、とろけそうな笑顔を浮かべる。
「そうねぇ、3日前くらいだったかしら」
3日前といえば、私と黄太郎が容疑者のアパートに張り込みしていた日だ。
その日、佐々木さんは強盗殺人犯に殺され、家ごと荼毘に付された(だびにふされた=火葬された)。
遺骨の引き取り手は、いないらしい。
気の毒なことに、佐々木さんは子宝には恵まれず、旦那さんにも先立たれて、遺族はいないそうだ。
引き取り手がいない場合、遺骨はそれぞれの自治体で保管されるか、自治体の委託先の墳墓や納骨堂などに納められるのだという。
『それ以降、そのワゴンを見た人は、どなたかいらっしゃいますか?』
青太郎が熟女達に問い掛けるも、誰も知らないようだった。
ややあって、一人の熟女が呟く。
「もしかすると、もうないのかも」
『どういう意味ですか?』
私も青太郎も、周りにいた熟女達も、その熟女に注目した。
その熟女は、考え考え、言葉を続ける。
「スクラップ工場へ行ったか、どこかへ乗り捨てたか、塗装して分からなくしたか」
「なるほど。その可能性はありますね」
私は、何度も頷きながらメモを取る。
手掛かりを掴むのは大変そうだが、探してみる価値はある。
「さっそく、スクラップ工場に聞き込みに行こう。行くよ、太郎君」
『はい、穂香さん』
私が青太郎を連れて歩き出すと、熟女達は心底残念そうな顔をした。
「太郎ちゃん、もう行っちゃうの?」
「もっとお話しましょうよー」
『すみません、これからスクラップ工場へ行かなければいけませんので』
青太郎が丁重に断ると、熟女達は「太郎は真面目ねぇ」と、感心した。
「太郎ちゃん、お仕事頑張ってね」
「じゃあ、これ、持って行ってちょうだい」
「私のも、どうぞ。おやつに食べてね」
『はい、皆様、ありがとうございます』
別れ際に熟女達は、いくつもお菓子を差し出す。
満面の笑みを浮かべて、青太郎はお菓子を受け取って礼を言った。
残念ながら、それを食べるのは青太郎じゃなくて、私なんだけどね。
「太郎ちゃん、また来てくれるわよねぇ?」
『はい、もちろん来ます。皆様も、どうかくれぐれもお気を付けてお過ごし下さい』
青太郎がサービス満点の笑顔を向け、名残惜しそうな熟女達に手を振った。
アイドル気取りか。
熟女達は黄色い(?)声を上げながら、青太郎に大きく手を振る。
ずいぶん離れてから振り返っても、熟女達は手を振り続けていた。
きっと、青太郎の姿が見えなくなるまで、見送り続けるのだろう。
コインパーキングまで戻ると、早々に青いメモリーカードを引き抜いた。
青太郎は使えるヤツだが、放っておくとドンドン熟女をタラしこんでしまう。
困ったヤツだ。
スクラップ工場を、カーナビで調べる。
都内にあるスクラップ工場は、わずか1件。
巣鴨から結構距離はあるが、とりあえず車を走らせる。
工場へ辿り着く頃には、午後3時近かった。
広い敷地には、潰されて大きな鉄の塊となった車が、ブロックのように大量に積まれている。
あちこちで大型機械が動いていて、工場内はとてもうるさい。
ここでは、メモリーカードは必要なさそう。
木偶の坊状態のタロちゃんを連れて、工場内にある事務所を訪ねる。
「あのー、すみません。少々お話をお聞きしたいのですが、お時間よろしいですか?」
「どちら様ですか?」
会計事務をしていたらしい若い女性が、こちらへやってくる。
薄化粧で、メガネを掛けている地味な女性だ。
私は警察手帳を見せながら、ここへやってきた事情を話す。
「強盗殺人及び、放火の容疑者を捜索しているのですが。こちらに、猿のマークが付いたワゴンは、運ばれて来ませんでしたか?」
「そうですねー。少々お待ち下さい」
事務員は私にひとこと断りを入れると、他にいた事務員に声を掛ける。
彼女達はしばらく相談して、工場長を呼ぶことにしたらしい。
受話器を取り、内線を繋ぐ。
「すみません、そちらに工場長はいますか? ……はい。それが、刑事さんがいらっしゃってて……はい。では、お待ち下さるよう伝えます」
事務員は会話を終えると、受話器を戻した。
「今、工場長が参りますので、そちらでお待ち下さい」
事務所の片隅にある、質素な応接セットへ案内された。
私とタロちゃんは、ふたり並んでソファに腰掛けた。
「粗茶ですが、どうぞ」
「あ、どうも。お構いなく」
女性事務員が、薄い緑茶を、私と太郎の前に置いた。
いやいや、お姉さん。
タロちゃんは機械ですから、水濡れ厳禁です。
生活防水性能があるとはいえ、端子に水が入ったら、さぁ大変!
私は一応、ひと口は飲んだ方がいいかな。
お茶をすすると、予想通り、やっすい緑茶の味がした。
安いビジネスホテルとか安いドリンクバーに置いてある、ティーバッグみたいな味。
私は、あんまり味にはこだわらないタイプなんだけど、「安っぽい味」だけは分かる。
特に、日本茶はハッキリと、高い安いの判別が付く。
しばらく待っていると、作業着を着たおっさんがやってきた。
「どうもお勤め、お疲れ様です、刑事さん。私が、ここの工場長をやっております」
「お忙しいところを、申し訳ございません。刑事課の田中巡査と申します」
私は立ち上がって、警察手帳を見せた。
工場長は愛想笑いをしながら、ソファに座った。
それに合わせて、私もソファに座った。
「いやぁ、それが、そんなに忙しくはないんですよ。不況の煽りを受けましてねぇ、受注がずいぶん減ってしまって。全く、困ったものです」
「それは、大変ですね」
「いや、それに引き換え、あなたがたは羨ましい」
「羨ましい?」
私は工場長の言う意味が分からず、聞き返した。
「警察は不況なんて、どこ吹く風(無関係)でしょう? むしろ、犯罪が増えるワケですから、警察は商売繁盛でしょう?」
工場長は、ゲラゲラ笑っている。
これは、彼なりのギャグなのだろうか?
正直、笑えない。
この世には「商売繁盛」を願ってはいけない職業がたくさんある。
「病院」「消防」「葬儀屋」「警察」などが、それにあたる。
私は、乾いた笑いをするしかなかった。
とりあえず、私はここへ来た理由を工場長に説明した。
工場長は腕を組み、顔をしかめる。
「うーん……猿のマークが付いたワゴンですか。少なくとも私は、見たことありませんね」
「そうですか」
私ががっかりしていると、工場長はアゴに手を当てて考えている。
「そもそも、このあたりで、猿のマークが付いたワゴンなんて、見たことないですけど」
「そこなんですよね。黒猫や飛脚なら、良く見かけますけど」
「どっか別の場所でなら、見た覚えがあるんですけどねぇ」
手帳を取り出し、安藤から聞いた「おサルのカゴ屋」の住所を確認する。
「おサルのカゴ屋」は、東京からは遠く離れた土地にある。
大手運送会社の傘下で、小さな配送業社だそうだ。
「容疑者はなんで、わざわざ遠くからワゴンを運んできたんでしょうかね? かえって目立つのに」
「変ですよねぇ」
「変ですねぇ」
私と工場長、そして何故かタロちゃんまでが、首をひねっている。
そもそも東京都内に、他のエリアの配送車が走っていること自体が不自然だ。
エリア内ならば、さほど目立つことはなかったハズなのに。
容疑者はわざわざ、東京で犯行を続けている。
それが、今ひとつ分からない。
東京で、猿のマークのワゴンが目撃されれば、その珍しさから一発で分かる。
あえて、そうしなければいけなかった理由とは何だろう?
仮に、目立つことが目的だとしたら、一体何が考えられる?
目撃されたかったのだろうか?
自分の犯行を、誰かに止めて欲しかった?
その可能性も、なくはない。
いくら考えても、憶測の域を出ない。
工場長にあれこれ問い詰めてみても、大した情報は得られなかった。
「ご協力頂き、ありがとうございました」
「いえ、すみませんね。何のお役にも立てず」
「いえいえ、そんなことありません。ああ、そうだ。今後、猿のマークが付いたワゴンを見かけたら、ご連絡下さい」
「分かりました」
工場長に見送られて、事務所を後にした。
それにしても、本当に経営が厳しいんだろうな。
出された茶も、文字通り粗茶(安っぽくてあまり美味しくないお茶)だったし。
ソファもだいぶ古いものらしく、所々破けた部分にガムテープを貼り付けて塞いであったし。
さて、お次は、塗装業を探す。
車の塗装をする店も、数は限られている。
工場から近い小さな塗装屋へ行くと、ちょうど車を塗装している場面に出くわした。
テープとビニールシートで、ミラーや窓やタイヤを覆い、塗装用スプレーガンで車を塗り替えている。
ガレージ内には、シンナーの臭いが充満している。
私は思わず、鼻と口をハンカチで覆った。
作業が一段落してようやく、中年の作業員が私達の存在に気付いた。
ゴーグルとマスクを外して、こちらへ近付いてくる。
「ああ、気付きませんで、すみません。お客さんですか?」
「いえ、こういうものです」
警察手帳を開いて自己紹介をすると、作業員は驚いた様子で目を見張った。
「刑事さんでしたか。何のご用でしょうか?」
「こちらへ猿のマークが付いたワゴンは、来ませんでしたか?」
「猿? さぁ? 知りませんね」
作業員は不思議そうな顔をして、首を横に振った。
その後、手当たり次第に塗装屋を回ったが、どこの塗装屋も似たような答えだった。
次は、カー用品専門店へ向かう。
何も塗装屋に頼まなくても、カラースプレーを買えば、自分で車の塗装は出来る。
「いらっしゃいませー」
営業スマイルを浮かべる店員に、警察手帳と容疑者の写真を見せる。
「すみません、この男が来店しませんでしたか?」
「うちには、来てませんね」
他のカー用品専門店でも、容疑者の目撃証言は得られなかった。
その後も、塗装用スプレーやペンキが売られている店を回ったが、手掛かりはなかった。
次は、どこを探せばいい?
あと、考えられるのは、乗り捨てた場合だ。
これは、どうやって探せばいいのだろう?
あてずっぽうに探して、見つかるハズもない。
容疑者とワゴンは、一体どこへ行ったのだろう?
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