第4話 Internet cafe
手近なインターネットカフェに入り、聞き込みに行く。
「いらっしゃいませー」
「あの、すみません。最近、この男がこちらを利用されませんでしたか?」
警察手帳と犯人の写真を見せながら、カウンターの若い店員に話しかけた。
店員は、少し顔をしかめながら答える。
「いやぁ……俺、毎日、シフト入れてるワケじゃないんで、分かりませんね」
「他にバイトの人は、いますか?」
「はい、ちょっと待って下さいね。おーい、小林くーん! 渡辺さーん! ちょっと来てーっ!」
店員が大声で、ふたりの名前を呼んだ。
ややあって、腕まくりをした高校生くらいの若い男が早足でやってくる。
続いて、ぽっちゃりとしたパートらしき中年の女が現れた。
彼らにも犯人の写真を見せて、同じ質問を投げかけてみる。
「少なくとも、僕がレジ番だった時は、見ていないと思いますけど」
「お客さんの顔なんて、いちいち覚えちゃいませんよ」
彼らの答えも、いまいち頼りにならなかった。
「そうですか。お忙しいところをご協力頂きまして、ありがとうございました」
私は彼らに礼を言って、インターネットカフェを後にした。
その後も、何軒かインターネットカフェを回ったが、これといった有力な情報は何も得られなかった。
私は車に戻り、ハンドルにもたれて、深々とため息を吐いた。
「はぁ~……どこにいるのやら」
ダルさを覚えると共に、お腹が鳴った。
そういえば、まだ朝ご飯を食べていなかった。
後部座席から、串だんごを取り出す。
みたらしだんご、よもぎあんだんご、磯辺焼きが二本ずつ入っていた。
今日は、これを朝ご飯にしよう。
一日経っているので、ちょっと硬い。
餅系は、足が早い(賞味期限が短い)のが難点だな。
でも、巣鴨の名店のおだんごだから、どれも美味しい。
刑事課に置いてきたお菓子は、みんな食べてくれてるかな。
昨日の聞き込みでも、大した成果は得られなかった。
捜査員はこうやって、地道に聞き込みをして、情報を集める。
「
刑事ドラマみたいに、すんなり有力な情報に辿り着けることの方が少ない。
近年はSNSの普及により、Twitterのtweetが、事件の手がかりに繋がることもある。
ありがたいことに、目撃情報をTwitterに投稿してくれる人が増えた。
匿名のTwitterでも身元特定出来ちゃうから、みんなもTwitterでの発言には気を付けてね。
多様化し、深刻化するサイバー犯罪に対応する「サイバー警察局」という組織も存在する。
いくら犯罪対策を講じても、
何故なら、事件が起きてからじゃないと、警察は動けないから。
それに、24時間365日、事件や事故は起こり続けている。
事件や事故に、大きい小さいは関係ない。
何か起これば、警察は動かなければならない。
警察だって、日夜頑張ってるんだよっ!
SNSからの情報収集や解析は、刑事課の仕事じゃない。
SNSじゃ得られない情報もあるから、聞き込みは必要なんだよね。
スマホが上手く使えなくて、Twitterを利用していないご高齢だって、かなり多い。
今回は特に、ご高齢者を標的にした強盗殺人事件。
ご高齢者達から、もっと聞き込みを重ねなければならない。
しかし、何故、人は、警察と見ると渋い顔をするのだろうか。
警察手帳を見るなり、顔をしかめられるのも、あまりいい気はしない。
心のどこかに、やましい気持ちでもあるのかね。
むしろ私は、幼い頃からおまわりさんを見ると、自分から寄って行くタイプの子供だった。
いつもニコニコ優しい交番のおまわりさんが、大好きだった。
子供の頃の夢は、「おまわりさんのお嫁さんになる!」だった。
私は再び、お婆ちゃんの原宿「巣鴨地蔵通り商店街」へ車を回した。
インターネットカフェを回っている間に、タロちゃんの充電は終わっていたようだ。
早速、タロちゃんを起動する。
起動する機械特有の小さな唸りを上げて、タロちゃんは目を開いた。
『お早うございます、穂香さん』
「お早う、タロちゃん」
聞き込み捜査用の青いメモリーカードを挿すと、途端に凛々しい表情へ変わったタロちゃんが、私に笑い掛けてくる。
『頑張ります』
「ヨロシクッ」
『はい。あ、それと、僕の名前はタロちゃんじゃなくって、加藤太郎ですってば』
「はいはい、分かってるって」
人間らしく話し掛けてくるタロちゃんが、嬉しくて仕方がない。
「やっぱ、青い太郎君の方が好きだわ。黄色の時は、名前も呼んでくれなかったし」
『すみませんね、そういう仕様ですので』
タロちゃんが苦笑しながら謝ったので、私は
「そうかもしんないけどさー、ツンツンしちゃってさぁ、寂しかったのよー?」
『仕方がないから、今は構ってあげますよ、「おばさん」』
くすくすと笑いながら、タロちゃんは立ち上がった。
「おばさん」と言われて、ちょっとカチンとくる。
23歳は、「おばさん」と呼ばれる年齢ではない。
「私はまだ、『おばさん』じゃないよ! 『穂香さん』って、呼んでくれないのっ?」
『「タロちゃん」って呼ばなかったら、呼んであげますよ? 「おばさん」』
「はいはい、タロちゃん」
人間らしいやり取りが楽しくて、あえて訂正しなかった。
するとタロちゃんが、少し怒った口調で言い返してくる。
『ほら、またタロちゃんって言ったっ。もう、遊んでないで仕事しますよ、穂香さんっ』
「はいはい、太郎君」
太郎はさっそく、聞き込みを始める。
『すみません、そちらを行くご婦人。少々、お尋ねしたいことがあるのですが……』
しかし、何故、女性ばかりに声を掛ける?
商店街には、男性だってたくさんいるのに。
やはり、顔が武器だからだろうか?
青い太郎は、百発百中(女性限定)。
あ、なんか、色+「太郎」って、言いやすいかも。
今後は、メモリーカードの色+太郎で呼ぼう。
聞き込みを始めて、10人を超えた頃。
青太郎に骨抜きにされた熟女が、有力な手掛かりを握っていた。
「ああ、そういえばねぇ。火事が起こる前、宅配の兄ちゃんが出てくるのを見たわ」
『宅配の兄ちゃん?』
「そうなのよぉ。近所の伊藤さんと立ち話してたら、宅配の車が来てね。その兄ちゃんが出て行ってからしばらくして、山本さん家から黒い煙が出たの。きっと、あの兄ちゃんが放火したんだわ」
『それは、どこの宅配業者でした?』
「確か車に、猿のキャラクターが描いてあったわよ」
「猿? ネコでも、飛脚でも、カンガルーでもなく?」
「ええ、そうよ」
私が口を挟むと、熟女は一瞬顔を歪めたが、大きく頷いた。
猿がマスコットの宅配業者は、聞いたことがない。
少なくとも、ここ周辺で見かけたことはない。
『それは、いつのことですか?』
「さぁ? 時間までは、覚えてないわねぇ」
『そうですか。それだけで充分です。有力な情報提供、ありがとうございます』
青太郎が最上級の笑顔を向けると、熟女はますます嬉しそうに紅潮する。
「あら~、お役に立てて良かったわぁ。あ、これ、これ美味しいからっ。食べてね」
また、青太郎は熟女を落とした。
何人目だ、青太郎。
刑事のくせに罪作りなヤツだ、青太郎。
「一旦戻るよ、青太郎」
『なんですか? 「青太郎」って? また、新しいあだなを考えましたね? やめて下さいよ、僕の名前は「加藤太郎」ですってば』
「良いじゃん、青太郎。分かりやすくて」
ピンクのメモリーカードがあったら、「桃太郎」って呼んでやったのに。
私は青太郎と共に車へ戻り、無線機を取る。
「こちら、田中。容疑者は宅配業者を装って、被害者の家へ侵入した模様。目撃者の情報によると、サルのマークが入った宅配業社ということです。どうぞ」
『了解』
捜査本部の簡潔な返事の後、無線はブツッと音を立てて切れた。
あっさりすぎて、ちゃんと伝わったのか気になる。
あとで、安藤に確認してみよう。
私と青太郎は、サルのマークが付いた宅配業者も情報に加えて、聞き込みを再開した。
しばらく聞き込みを続けていると、スマホが鳴った。
画面表示を見ると、相手は安藤だ。
「もしもし、安藤?」
『よう、田中。猿のマークの宅配業者が関わっているって話、聞いたか?』
「あっ、それ、私っ!」
自分の手柄が認められたと思うと、結構嬉しい。
無意識のうちに、声を張ってしまった。
すると安藤は、驚いたように笑う。
『このネタ、お前だったのか! 良く掴んだな。じゃあ、それが「おサルのカゴ屋」って名前だったって話は聞いたか?』
「いや、猿のマークとしか」
『どうやら容疑者も、前にそこで勤めていたことがあったらしい』
私はそれを聞いて、ひとつの考えが思い浮かんだ。
容疑者は宅配業者を装って、家を訪ねる。
宅配業者や郵便局員には、人は警戒することなく、玄関を開けてしまう。
最近は、ネットショッピングやフードデリバリーが普及し、さらに
「へぇ、そうだったの。それで、その猿のマークが付いた車の方は?」
『それも「おサルのカゴ屋」から盗難された車だそうだ。車種はワゴン。ナンバーはー……ええっと、ちょっと待てよ』
しばらく、何かを探しているような声が続いた。
ややあって、メモかなんかを見つけたのか、車のナンバーを教えてくれた。
『じゃあな、頑張れよ』
「うん、いつも色々ありがとね。そっちも、頑張って」
『おう、またな』
電話を切ると、私は考え込んだ。
となると、「おサルのカゴ屋」のワゴンを、探さなければならないのだろうか?
いや、待てよ。
容疑者は、インターネットカフェを利用している。
駐車場付きのインターネットカフェは、都内近郊ではそんなに多くないハズだ。
そこを突き止められれば、犯人は現れるっ!
早速、カーナビでインターネットカフェを検索。
さらに駐車場を入力して、絞り込み。
「出た!」
思った通り、駐車場が付いているところは数は少ない。
これなら、すぐ突き止められそうだ。
「よし、なかなか冴えてるぞ、今日の私! 人生初の確保なるか?」
興奮しながら車を発進させて、まもなく、無線機が残念なお知らせをしてくる。
『こちら、井上。駐車場付きのインターネットカフェに、容疑者らしき男が利用したという情報を得ました。どうぞ』
しまった、先を越された。
しかし、容疑者を確保したという情報はない。
と、いうことは、まだチャンスはある!
興奮冷めやらぬ私は、そのまま車を走らせて、インターネットカフェを探した。
が、成果は得られなかった。
どこのインターネットカフェへ行っても、他の捜査員に先を越されていた。
みんな、考える事は一緒だってことだ。
さて、どうしよう?
早くも、行き詰まってしまった。
容疑者は、インターネットカフェを利用している。
だが、この辺りのインターネットカフェにはいない。
一体、どこへ行ってしまったのか。
もし自分が容疑者だったら、どうするか?
犯行を重ねているから、金はある。
国外逃亡も可能だ。
いや、空港には警察の手が伸びているかもしれない。
だとしたら、どうする?
考えろ、私!
色々考えを巡らせてみるものの、私の頭では何も思い付かない。
私は考えるのを諦め、ダメモトで青太郎に話し掛ける。
「もし、青太郎が容疑者だったら、どうする?」
青太郎は聞き込み捜査専用だから、別段期待はしていない。
「ただ、聞いてくれれば良い」くらいの気持ちだった。
青太郎は苦笑して、いつもと同じように返してくる。
『僕は、容疑者でも「青太郎」でもありません、「加藤太郎」です』
「まぁ、そう言うと、思ってたけどね~」
『ですが――』
驚いたことに、続きがあった。
『僕が容疑者だったら、ひとり暮らしの住人を殺して、家に居座ります』
「殺……っ!」
絶句した。
そう、発想の転換だ。
警察の目をあざむく隠れミノが必要なら、ひとり暮らしのお年寄りを殺して、住んでしまえばいい。
例のワゴンだって、猿のマークをマグネットシートで隠すか、ペンキで塗り潰してしまえば良い。
最悪、乗り捨てても構わない。
「た……確かにそれなら、どこに潜んでいるか分からないけど……」
『ですが、長く居座ることは出来ません。仮に食料の備蓄があったとしても、限界があります』
「誰かが、訪ねてくるかもしれないしね。お年寄りなら、ヘルパーを雇っている可能性も高いし」
『ご近所付き合いが多いご高齢者なら、何日も不在じゃ怪しまれるかもしれません』
「まぁ、そうだよね。その場合、どうするの?」
『怪しまれる前に、次の家へ渡り歩くでしょうね』
そうやって次々と、犯罪を重ねていくのだろう。
全ては、自分が警察から逃げる為だけに!
鼻の奥がツンと痛くなって、鼻をすすった。
青太郎が、心配そうに声を掛けてくる。
『何故、泣くのですか?』
「悲しくて悔しいからに、決まってんでしょ」
青太郎がハンカチとティッシュを、差し出してくる。
『僕には「悲しい」「悔しい」という感情が、分かりません。人間が泣く理由は、理解しています。「人間は、感情が高ぶると泣く」のだと。ですが、感情は理解出来ません』
「そう」
私は受け取ったハンカチで、涙を拭った。
「それは、幸せで不幸なことだね」
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