第9話 アシモフの死
アシモフは退院したものの、研究所に帰ってからもがき苦しんでいた。薬を飲んでも精神コントロールがきかなく、体は薬の副作用により弱るいっぽうで、脂汗が出る毎日である。
ジースは他のアンドロイドと交代しながら、仕事の他にアシモフの看病をしていた。
新聞やテレビでは、この事件のことについて、ブラックシャドウ壊滅に成功した事と、アシモフがさらわれ洗脳されていた事まで報道された。そのため、毎日記者が何度もアシモフの家に来たが、ジースは博士が健康でないと言って記者を帰した。
「吐き気がする。頭が割れそうだ」
老体の体にはこの後遺症は厳しすぎた。さらに、アシモフは自分がいくら自分の意志ではないにしろ、とんでもない事をした自分を責めていた。自分が可愛がっていたアンドロイドをこの手で壊す事をしてしまった事や、アンドロイドをデーターだけ変えて殺人マシーンを作ってしまったことがアシモフの頭から離れられない。
苦しんでいるアシモフを看病しているジースはアシモフを落ち着かせるために言った。
「博士。われわれアンドロイドは博士のした事は気にしていません。早く忘れる事です。
それが自分の体を回復させる近道だとクリスもいっています」
アシモフは弱々しい声で、
「しかし、わしはこの手でサンエバーたちを壊そうとしたのを覚えている。まるで悪夢を見ているようじゃった」
「博士。博士には責任はありません。責任はこのジースにあります。博士を守りきれなかった事です。しかもバイオチップが入っていたのですから仕方ないじゃないですか」
アシモフはジースの言葉を聞いても自分自身を責めていた。
しばらく経ってサンエバーが帰ってきた。
「博士。気分はどうですか」
「おお、サンエバーか。お前がいなければワシはもっととんでもない事したかもしれなかった。本当にすまん」
「気にしないで下さい。あまり悩みすぎると体に毒です」
サンエバーはクリスに電波を飛ばした。
「この年であまりに苦しまれたら脳の毛細血管が切れて危ない。なんとか博士の負担を軽くできないか」
「実は、本当はデーターによると、博士の状態は検査では異常があったんだ。かなり深刻だ。なるべくなら普通にしてブラックシャドウの事は忘れればいいのだが、博士は責任感が強いから、その性格からいっても忘れる事ができない。あまりに自分を責めているから精神が厳しい状態になるということだ。精神コントロールがきかない原因は、博士が自分を許していないという事が原因だと思う。それに加え、今回の事件に関しては外がうるさい」
「内も外も厳しいということか。まだ入院していたほうがいいのではないか」
「病院でもたいしたことはできないし、博士にとっては研究所の方が落ち着いていいと思ったんだが」
アンドロイド達はただアシモフが回復する事だけを望んでいた。
そこに、モグリが慌てた様子で急に帰ってきた。
「サンエバーか。大変な事になるかもしれんから相談にきた」
「話なら電波を飛ばせばいいと思うが」
「いや、マーク警部も来ているし、自分も博士の様子を見にきたかったんだ」
「わかった。研究所へ警部さんを案内してくれ」
マーク警部が入ってきてサンエバーに話をしだした。
「今回の件はお気の毒です」
サンエバーはマークに言った。
「要件はこの事件の情報公開ということでしょうか」
「そうです。博士には直接お会いになれませんか」
サンエバーはジースやモグリと電波を飛ばして意見交換をして決めた。
「大丈夫ですが、博士は今厳しい病状ですので短時間となりますが」
「結構です」
「わかりました。寝室へ案内します」
サンエバーが、マークをアシモフのところに案内し、マークはアシモフが意気消沈して寝込んでいるのを目の当たりにした。
アシモフはマークを見て言った。
「今回の件でワシはどのような罪を着せられますか」
マークは答えた。
「法律上では博士は大丈夫です。博士がした事は脳のバイオチップが原因ですから心配はいりません。ただ・・・」
「ただ?」
「博士がブラックシャドウでお作りになった殺人マシーンの事についてなんですが、これを公表するかどうかなんですが」
そこにサンエバーは口を挟んで、
「博士がプログラムを変えたアンドロイドは、我々アンドロイドとしか戦っていません。我々も相手だったアンドロイドも人にはまだ危害を加えていませんので、その公表は避けていただきたいのですが」
マークは言った。
「そこなんです。博士にはとてつもないほどの物を造る技術を持っていらっしゃいます。今回は人には危害を加えたわけではありませんが、アンドロイドにはかすかな脅威を感じました。また博士が何者かに捕らえられたらと思いますと、危機感を感じざるをえません。」
ジースが会話に口を挟んで、
「次は大丈夫です。博士には指一本触れさせません」
マークはしばらく考えて、
「アシモフ博士。あなたにはいいアンドロイドが側にいて良かったですね。実は私はプログラミングを変えたアンドロイドを殺人ロボットとして公表するかしないか迷いましたが、公表すれば、モグリやその他のアンドロイドも殺人ロボットと見られてしまい、アンドロイドの居場所がなくなるのではないかと思いました。私も博士がどんな思いでアンドロイドを作ったかをアンドロイドを通してわかった気がしますので、今回の事件の公表に関しては、アンドロイドが不利の立場にならないようにします。私もモグリのような優秀な部下を失いたくありませんので」
アシモフは腰を上げて起き上がり、マークに一礼して、
「すいません。よろしくお願いします」
このマークの発言により、アンドロイドの戦闘が国民に知られず脅威感が伝わる事は無くなったので、アシモフと側にいたアンドロイド達はホッとした。しかし、マーク警部が部屋から出て行った後、アシモフが気が緩んだ瞬間また苦しみだし、
「ぶ、ぶ、分裂しそうだ」
と言ったその後、アシモフは意識を失った。サンエバー達はなす術もなく見ているだけであった。そこに、ちょうどクリスから連絡が入った。
「博士の病状はどうだ」
サンエバーが答えた。
「今ちょうど意識を失ったところだ」
「そうか。それで、いま少し解かった事がある」
「本当か」
「博士が精神コントロールがきかないのは、博士の人格とは別な人格が脳に働いているからだ。そして、それはバイオチップのせいで、人間が本来持っている殺意をつかさどる脳細胞が覚醒されたからだ。つまり、博士は本来の自分と覚醒された自分との狭間で苦しんでいる」
「それで戦闘用のアンドロイドができたのか。で、博士はどうにもならんのか」
「わからない。今の薬が合っていないから、違う薬や、他の物質を検索しているが、どれを使えば博士を安定させられるかが見つからないんだ」
「そうか」
サンエバーはしばらく考えて言った。
「その細胞だけ抑えるという事は薬では不可能なのか」
「薬は体内のあらゆる部分を血管を通して流れるから部分的な細胞だけとなると不可能だ」
「では、その細胞を抑えるためだけのバイオチップを脳に入れることはできないのか」
「いい発想なんだが、そのバイオチップを作る技術がない」
その後、アシモフは目が覚めては苦しみ、気絶する、と言った事が一日に数回起こり、そのようなことが何週間と続いた。そして、苦しむ力さえも失った。そんなある日の夜、サンエバーが看病していると、アシモフは静かに言った。
「サンエバーよ」
「何ですか」
「ジースとアナン、そして、クリス、ハンス、モグリをここに呼んでおくれ」
「わかりました」
サンエバーはいきなりなんだろうと思いながら、他の五人を呼んで、その五人は大急ぎで駆けつけてきた。
「ほう。六人そろったようじゃな。もうワシは長くないかもしれん」
ジースは言った。
「何を弱気な事をおっしゃるのですか」
さらにクリスも言った。
「博士。そんな事はありません。必ず打開できるような処置をとりますので元気出してください」
「しかし、まだ打開できる方法はないのであろう」
「でも、博士。私は必ず博士を治してみせます」
「もういい。わしもこの年じゃ。寿命なら仕方がない。お前たちはワシを気遣っているのであろう。しかし、ワシの体はワシが一番よくわかる」
サンエバー達は沈黙した。アシモフは眉間にしわをよせて苦しそうな表情をしながら話を続けた。
「我がアンドロイドたちよ。ワシは当初はロボットは人間の道具としてしか見ていなかった。人間の言われるままに動く、それが優秀で、そうでないものは、たとえ正しかったとしても否定され、不良品扱いになる。人間の都合でそんな宿命を負わせたアンドロイドたちには心底悪いと思っている」
サンエバーは言った。
「それでも我々は大丈夫です」
アシモフは話を続けた。
「ワシは君たちアンドロイドを完成させてある事に気づいた。君たちも人と同じく生命だ。体の構造が違っても、人と同じに考え、感情を持つ事ができるんだと。そして、君たちアンドロイドは私が今まで見てきた人間よりもはるかに人間らしさを持っている。お前たちみたいにいい奴は人間の中にはそれほどおらん。お前たちはワシの宝じゃ」
アシモフはしばらく目を閉じ、深く長い息を吐いて、また目を開けて言った。
「しかし、わしはアンドロイドを増産させたのは失敗じゃったのかもしれん。ワシがいなくなれば、これから君たちは血のにじむような苦労をするような気がする」
アシモフは少し間隔を置いて話を続けた。
「ワシにとってアンドロイドは子供みたいなものじゃが、世間はただの機械としか思ってないほうが多い。もし、最悪な事態が来たら、サンエバー、お前がどうするか決めておくれ」
「博士」
「相続の事じゃが、ワシには子供もいなければ親族もおらん。よって、わしの財産はサンエバーに相続する事にする。サンエバーよ、後を頼んだぞ」
そして、アシモフは目を閉じたまま昏睡状態が続き、ついに他界した。
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