第5話 アンドロイドの考え

 フェスティバルが終わってから三ヶ月が経った。その頃には先の六体に加え、増産された多数のアンドロイドが派遣されていた。あるものは泊りがけで、あるものは日帰りである。

 職種は様々だ。農業、運搬・運送、金融関係、旅行関係、建設、鉄道、航空設備、工場内勤務、機械類の修理、食品、化粧品、雑誌、秘書、研究所の助手などといったものにも進出していた。

 アンドロイドの能力は、アシモフの研究所に残っているジースを除いた五体のアンドロイドの活躍によって高く評価されていた。

 アナンとモグリは事件・災害に直接対応するだけではなく、予防課の仕事にもかり出されることが多くなった。

 ハンスは相変わらず莫大な仕事量をあっさりとこなしていた。

 クリスは入院患者を励まし歩き、直接患者を治療することもあった。

 サンエバーは、教師として自分の担当する生徒の成績が上がるように努力し、確実に結果が実っていた。

 このようにアンドロイドは人間社会の中で順調に時を過ごしていた。

 五体のアンドロイドの中で、自分の考えを最も人間に話していたのがサンエバーであった。それは職業柄ということもあるが、教師としてのポリシーからきたものである。サンエバーはほとんどの生徒と打ち解けて接しており、生徒からの相談も何かと受けていた。

 ある日、一人の女生徒が、サンエバーの数学研究室に入ってきた。

「先生、私、最近生きているのが空しいんです」

「どうしてですか」

「なんていうか、自由じゃないんです。何かに縛られて生きているって感じなんです」

「束縛されていると感じているわけですね」

「そう。世の中、規則や形式ばっかだから」

「納得できないというわけですね」

「そう。勝手に決められたことを守っているって感じなんです。何でこんなことをしなくちゃいけないのか。何でこんなことをするのかがわかりません。子供の私たちにとっては大人が法律って感じなんです」

「物事に意味のないものはないと思います。規則もそうです。それが君たちのためになるかどうかは別ですが。しかし、学校の規則は基本的には、生徒が社会問題を起こさないためにあります。この時期は物事を判別しにくい時期ですからね。しかし、学校の規則の中にも大人のエゴによるものもあるかもしれません。

 ですが、大人にも法律があります。それも治安をよくするためです。つまり、社会を安定させるためです。学校での規則は大人の社会では法律なのです。生徒が自由を得るためには、学校や教師、親たちを納得させるものが必要だと思います。世間もそうです。ですから、何のために規則があるのかを自分なりに考えてみてください」

「規則ということについては考えてみようと思います。でも、本当の自由って何ですか」

「私は、限られた環境や与えられた環境の中で、自分自身の夢や目標を達成することだと思います。そして、自分が何でもできるような環境をつくることも大事だと思います。ところで君は夢や目標を持っていますか」

 その女子生徒はしばらく考えて、

「具体的なものはないけど、輝いた自分を見たい。それが私の夢」

「そうですか。具体的なものがないなら、何か探したほうがいいと思います。それが見つかれば、自分が何をすべきか発見できると思いますし、充実感や達成感を感じれば輝いた自分を見ることができると思います。後は、自由に関しての様々な情報が入っているフロッピーを渡しますので、研究してみてください。そして、じっくり考えた上でいろいろとトライしてみて下さい」

「わかりました」

 次はある男子生徒がサンエバーのところにやってきて質問をした。

「先生。正しさってなんですか」

「何故そう思うようになったんですか」

「なんとなく」

「そうですね。人によって何が正しいか、何が間違っているかということについての基準が違いますし、そういう基準も持っていない人もいますから説明しにくいですね。私なりの分析でよければ言ってもいいですか」

「先生の考えを聞かせてください」

「そうですね。正しさの原点は生きることと幸福ということではないでしょうか。その生きることと幸福は、自分のためだけのものであったり、自分とその他のもののためだったりします。自分のためだけのものとは、自分の地位のためや、欲望のためのみというです。つまり、他人を不幸にしても、あるいはみんなのために大切にしなければならないものを壊しても、自分さえよければいいという考え方。それは自分自分にとって正義でも、エゴであり、利己主義です」

 ここで一息ついて、サンエバーは話を続けた。

「自分や他の双方のためというのは、自分も生き残るし、相手も生き残るという自他共存主義です。その『他のもの』とは、愛するもの、大切なもの、貴重なもの、などという、自分が守りたいもの、守らなければならないものです。それは、人であったり、自然であったり、心であったり、信念であったり、自分が築き上げたものであったりします」

 ここで、また一息ついてサンエバーは話を続けた。

「正しさを持っている人の生き方は、簡単に言えば、大きく分けると二種類ですね。それは利己主義と自他共存主義の二つです。この生き方を人は両方持っていたり、片方だけの場合もあります。ただ確信を持って言えることは、利己主義の人は孤独に陥りやすく、社会や他者に対して不信感を抱く確率が高くなります。自他共存主義の人は、自分も他のものも大事にする傾向があり、味方も増えます」

 サンエバーは生徒の表情を確認しながら、さらに話を続けた。

「人間は、どちらの主義を持つべきかといえば、幸せに生きることを重視するなら、後者の自他共存主義ですね。仮に、世の中が利己主義ばかりとなったとしたら、常に他の者を害してまでも手に入れるという世界になります。自他共存主義だと、互いに調和がとれ、社会は安定しますし、個人としては、人とのかかわりが楽しくなり、生き甲斐がもてたり、幸せな生活を送ることができると思います。と、こんな感じですが、どうでしょうか」

「幸福への生き方が正しさにつながる事はわかりました。それでは具体的にはどのような考え方を持てばいいんですか」

「それは、我々は地球の、できれば宇宙の森羅万象の出来事を通して、何が人類にとって、個人にとって有益か。そのためにはどのような価値観を持てばいいかを学ぶ、また、考える必要があります。その上で決めていきましょう」

「なんか難しいですね」

「要するに、何に価値があるのかを敏感に察知し、認識していけばいいと思います。価値のあるものとは、先ほど言ったとおり、何が大事かで決まると思います。価値観は育った環境により、他者と多少異なっても、自分で見つけた価値観ならば、それを貫く信念を持つことが大事だと思います。まずはそれを持ってみましょう」

「わかりました。では宗教についてはどうですか」

「そうですね。宗教は人間のためのもの、幸福になるためのものでなければいけませんね。なぜなら、人間が幸福になるためのものでなければ意味がないからです。この前提がしっかりしていないものは真の宗教とはいえません。要するに、宗教は人間のため、幸福のため、自分にとって心の支えになるものであったらいいと思います。そのような答えでいいですか。もっと知りたいことがあれば、このフロッピーにデータが入っているので研究してみてください。本当に力のある宗教とはどんなものかわかると思います」

 ある時、一人の女子生徒がサンエバーと話していた。

「先生、恋愛したことあります?」

「恋愛というものがどういうものかは正直に申し上げるとわかりません。私は男性タイプですが、男でも女でもありませんから」

「じゃあ恋愛について話してもしょうがないかな」

「そんなことはありません。一応私なりに分析した結果、ある程度の結論がでてますが」

「じゃあ理想の恋愛ってわかります?どの男子と話してもなんか覚めてしまうんです」

「理想が高いんですね。それに、君は恋に恋しているのではないでしょうか」

「それはどういうことですか」

「男と女の理想の関係を頭の中で描いているということです。君はそんな状態に見えますがどうでしょうか」

「言われてみればそういう気がします。それで、理想の関係ってどういう関係ですか?」

「具体的に言えば、お互いに思いやり、信頼でき、認め合い、励ましあい、成長し合い、触発し合い、甘える事ができ、気持ちが通じ合い、気を許し合えて、楽しくて、安心ができ、落ち着くことができ、分かち合えて、愛情を与えれば、その分だけ与えられるような関係であると思いますが」

 その女子生徒はしばらく考えて、

「そうですね。そう思います。でも、よく考えたらいきなりは不可能かもしれない」

「それは、相手が見つかったら、互いに努力してみればよいでしょう。つまり、いろんなことを話したり、共に行動をしたりしてみればよいでしょう。そうすることによって、お互いに好きになっていけば自然とそういう関係になっていくと私は分析していますが、どう思いますか」

「私もそう思います。ところでHはどうなんですか」

「そうですね。そういう行為は気を許しあえるとか、分かち合えるといったのに含まれるものだと思いますが」

「・・・・・・先生が人間だったらよかったのになあ」

 放課後一人でぽつんと椅子に座って教室の窓から外を見つめている男子生徒が目についた。サンエバーは声をかけた。

「君は休み時間いつも一人ですね。どうしましたか」

「先生、実は自分には友達ができないんです。どうしたらできますか」

「そうですね。どういう人の周りに人が集まるかを分析しますと、簡単に言えば、魅力のある人間ですね」

「魅力ってどんなものなんでしょうか」

「魅力がある人とはどんな人かというと、親しみがある、理解がある、友情に厚い、愛情がある、美しさを持っている、楽しい、面白い、思いやりがある、人を大切にする、人の気持ちがわかる、知恵がある、優しい、強い、活動力がある、積極的である、真剣である、判断力がある、差別がない、逃げない、人間味がある、丁寧である、親切である、言語明瞭、などといった要素を多く持っている人だと私は分析しました」

「・・・・・・どうやったらそういうものを自分の身につけられますか」

「魅力ある人はその裏付けとして、つまり、魅力の基になっているものとしては、次のようなものを持っています。分析力がある、努力家である、忍耐力がある、自分の意志を持っている、悲しみを知っている、辛さを知っている、勇気がある、慈悲の心を持っている、寛大である、知識がある、などといった要素です。これらのものを心でとらえると、魅力が得られると思います」

「難しいですね」

「私もこのような要素をすべてもてる自信はありませんが、なるべく多くもとうと思っています。どうでしょうか。私は君が他の生徒に溶け込みやすいように努力してみますので、君も努力してみてください」

 その次の日の授業中、サンエバーは微分・積分を教えていた。

「ですから、y=2x+5を微分すると、定数の5は0になり、y´=2となります。ダッシュは微分したという記号です。何か質問はありませんか」

 ここで、前日にサンエバーと話した男子生徒が質問した。

「ミスタービーンに似ている田中先生はミスタービーンダッシュと呼ばれていますが、微分したら0になってしまうんですか」

 クラスの半分がそのギャグに笑った。サンエバーはその質問に対し答えた。

「そうですね。でも、積分したら復活しますからよく授業を聞くように」

 このマニアックでユーモラスなギャグで賑わった出来事は、サンエバーがあらかじめその男子生徒と打ち合わせていたことであった。それがきっかけで彼は友達ができた。

 また違う女子生徒がサンエバーの研究室へやってきた。

「先生。命って何だと思いますか」

「急にどうしたんですか」

「女性って子供を生みますよね。その子供は生命ですよね。だから、生命を誕生させることになるから、生命って何かなあと思いまして・・・・・・別に私は妊娠したわけじゃないですよ」

「その問いに答えるのはかなり難しいですね。私なりの答えでよろしいですか」

「いいですよ」

「私は、生命というものは意志を持って活動するものであると思います。その意志は、生きようとする意志、自らが存在しつづけようとする意志、目的や役割を果たそうとする意志です。人間も間違いなくこのような意志をもっています。そのように考えると、ミクロ的にいえば原子や分子も絶対零度でない限り活動するためこれも生命だと思っています。なぜなら活動をするということは意志があるからです。我々にはわからない意志が・・・・・・。マクロ的に見ても同じです。地球や宇宙も活動しています。地球は自転し、宇宙も膨張・縮小するからです。それらは何を目的として活動するのかはわかりませんが、活動をするということは意志があるということです。つまり、存在するすべてが生命であると思います。ですから、生命は有機体の生物だけではありません。私自身はほとんど無機体ですが意志を持って活動するため、アンドロイドも生命だと思っています」

「では、宇宙の中にある地球で生きている私たちは、生命の中に生命があるということですか」

「そう言えます。現に女性の体の中に胎児が生まれる事や、人間の中に大腸菌がいるということと同じです。つまり、生命の中で生命が互いに触発し影響しあって生きているということになります」

「では、人の命に関してはどう思いますか?」

「そうですね。人間の生命とはどんなものなのかを今までの流れで簡単に言えば、人間は小さな生命が集まった巨大な生命体だと思います。人間のように巨大で複雑な生命体は二度と同じ生命体を生み出すことはできません。つまり、自分という生命は永遠にあるかどうかはわかりませんが、今この時代に自分自身が人間という形で生命体になったものは、二度と同じ生命体にならないということです。ですから、今この時代にある人生は一度きりだと思います。それならば、自分自身がせっかくこの世にいるのだから、後で振り返って自分は生きていてよかったと思える生き方をしたいですね。ですから、人を含めてむやみに生命をないがしろにしてはいけないと思います。なぜなら、生命は生きることによって喜びを感じるのが本来の姿だと思うからです。後は、細かいことはフロッピーを渡しますのでいろいろと研究してみてください」

 ある男子生徒は休み時間にサンエバーの研究室を訪れた。

「先生。今時間があります?」

「ありますがどうかしましたか」

「実は、ちょっと人生のことについて話してみたいと思いまして」

「人生ってどういうものかということですか」

「そうです」

「私なりの答えでいいですか」

「はい」

「そうですね。人生ということに関して人はそれぞれだと思いますが、どの人も自分に満足のいく人生をおくりたいと思っている事は間違いありませんね」

「満足のいく人生ってどんなものですか」

「それは、後悔のない人生ということだと思います。つまり、自分は生きていてよかったと、やりたいことをやり遂げたと思うことです」

「そうですね。でもやりたいことが様々な原因によりできない場合はどうなりますか」

「できるように自分も環境もいい方向に変えていくしかないですね。そして、そのようにするには力がいります」

「どのような力ですか」

「そうですね。その力を挙げてみると、創造力、分析能力、判断力、思考能力、応用力、記憶力、行動力、解決能力、学習能力、処理能力、対応力、統率力、理解力、表現力、推理力、包容力、集中力、持続力、運動能力、想像力、精神力、忍耐力、適応能力などです。挙げればきりがありませんが、全部必要だと思います」

「わかりました。では、そのような力を身につけて、人は人生の中で何のために生きるんですか」

「難しい質問ですね。これは人それぞれ違いますが、私なりの答えでよければ言いますが」

「先生の考えを聞かせてください」

「そうですね。まずは楽しむため、そして大事なものを守るためではないでしょうか。楽しむためという事は、楽しまなければ人生面白くないからです。大事なものを守るためとは、自分が自分であるために生きる上でみつけた、大切な人や、重要なもの、人の心、これが自分だという信念、それに加えて自分自身を守るという事ではないでしょうか」

「わかりました」

「後は、人生についてのフロッピーを渡しますのでまた考えてみてください」

と、これらが、アンドロイドの基本的な考えであった。


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