第43話 筋肉は裏切らない

ロキはグッタリしている鈴木にとどめの一撃を入れようと振りかぶった。


「君は神に逆らったんだもんね!死んで当然なんだよ!!」


笑いながら鈴木の顔面目掛けて殴りかかる。

絶体絶命の状況!そんな中、


「鉄壁!!!!!」


突然中年の声が部屋に鳴り響いた。


声の主はいつの間にか鈴木の前に滑り込んでおり、ロキの一撃を大きな盾で受けていた。


神一撃さえも防ぐことができる、『鉄壁』のスキルを操るその男は……そう、スローライフ色欲まみれおじさん、カインであった。


強力なガードスキルのおかげで、ロキの攻撃は弾かれる。


「お前を助けるのは癪だが、シヴァ様に頼まれたからな」


そんなカインの姿を見たロキは唇を噛み、忌々しそうに呟く。


「なぜシヴァの管理する世界のお前がここに……」


そうこうしている間に戦闘体制を整えていたシヴァは、すでにロキのすぐ後ろまで来ていた。


「左上からの攻撃、避けられる可能性89%、右下なら32%!シヴァ、右下狙え!」


そうインカムから聞こえるティアの分析結果を聞き、シヴァはロキの右下半身にフルパワーの蹴りを入れる。


「こざかしい真似を!!」


ロキは分析通り避けることはできなかった。


だがなんとかガードし、ダメージを最小限に抑える。


「おい!ガードされてるじゃねぇか!せっかくあたしが油断させたんだから!ちゃんとやれよシヴァのおばさん!」


攻撃があまり効いていないのを見て、ランはシヴァを怒鳴りつける。


「あとで覚えときなさいよ、ラン!」


「う、嘘でーす。ランちゃんシヴァおネイちゃん大好きー」


「バカやってないで!あれを受けられちゃったんだから、次の作戦早く行くわよ!2人とも!」


そんな風に連携を取り合う3人の女神を見て、ロキはこめかみをひくつかせる。


「捉えたというのは嘘……僕を裏切ったのか!ラン!!」


怒気を含んだ声に空気がビリビリと震えるが、ランはそんな剣幕のロキを見ても涼しい顔をしている。


「裏切るもなにも!最初に騙したのはテメェーだろうがよー!お前みたいな嘘つきの言うこと信用できるかよ」


そう言い放つランを見て、ぶちギレるかと思ったが、ロキは急に怒気を放つのをやめ、下を向き、静かに笑い出した。


それを見た女神たちはロキの気が狂ったのかと思った。


「ふ、ふははははははは!最高だよ!最高!僕が望んでいたのはこういう展開だ!恐れ多くも神に逆らう悪を、僕がチート能力で瞬殺する!これこそ読者全員が望んだ展開!!!」


まるでこの物語の主役の様に振る舞うロキを見て、自称この物語の主人公、『秘密兵器』とティアに煽てられ、今まで隠れていたあの男がとうとう我慢できなくなって飛び出す。


「いつまでも、そう余裕ぶっていられると思うなよ!」


ロキに向かい、ビシリと厨二病ポーズを決めるのは、ティアが管理するファンタジー世界のチート勇者、ロミオだった。


「氷つけ!コキュートス!」


ロミオが自身最大の氷魔法をロキにぶつける。


凄まじい威力の魔法を受け、たちまちロキの体は凍りつく。


「ふっ……他愛もない」


と、ロミオはカッコつけたが、次の瞬間異常な熱波がロミオを襲う。


「うわっちゃ!あち、あち!!」


ロキは体から獄炎を放ち、一瞬で氷を溶かしてみせたのだ。


「ははは、そんなチンケな魔法で、神を倒せると思ったかい?」


「ぐ!くそぉ!!」


悔しがるロミオを押し退け、次はランが連れてきたあの男が前に出る。


「貴様は下がっていろ。神には魔界の王であるこの私以外、太刀打ちできんだろうよ!喰らえ!冥府の鎖!!!」


冥府から召喚した鎖でロキを縛り付ける悪役令嬢世界の魔王。


しかし、

「つまらない!つまらないつまらない!!つまらない!!!」


ロキはそう言っていとも簡単に鎖を破壊する。


「め、冥府の鎖がああも簡単に……」


やはりどんな魔法もスキルも、ロキには通用しない。やはり最高神格を持つロキには誰も勝てないのではないかという考えが、ちらりと全員の頭をよぎった。その時……


「はははははは!もう終わりかよ!もっと僕を楽しませて……」


そう大声で叫んだロキの背筋に、ゾクリと一瞬悪寒が走った。


その場にいる誰もが気づかなかった。

重症で動けなかったはずの鈴木が血だらけになりながらロキの後ろにいつの間にか立っていた。


「喰らえ……」


それはただの人間のパンチのはずだった。

そんな事は分かっていたはずのロキだが、ロキは鈴木の鬼気迫る姿に恐怖を感じ、思わず眼を瞑ってしまった。


「ひっ!」


ロキの頬に鈴木の全力のパンチがヒットする。

だが……


もちろんロキには傷一つつけられない。

しかし、これはロキのプライドを傷つけるのには十分だった。

ロキは自分が一瞬でもこの男に恐怖してしまった事を恥じ、激怒した。


「神であるこの僕に……人間ごときが!!!!」


ロキはすでにボロボロの鈴木に本気の蹴りをお見舞いする。


ガードも間に合わなかった鈴木はまたしても吹き飛び、壁に叩きつけられる。

あれで生きていられる人間などいるはずがない。


「ああ、僕とした事があんな雑魚相手にムキになっちゃったよ♩」


ロキの力は想像以上だ。

全員ゴクリと唾を飲む。


「一人一人じゃ無理だ!一斉にやるぞ!」


シヴァのその掛け声に、その場の全員が一斉にロキに向かい飛びかかった。


シヴァの言う通り、あれだけの面子全員が一斉に飛びかかれば、いくらロキとはいえ無事では済まなかっただろう。


だが……


「いくら君たちが強かろうと、『デタラメなシナリオ』は僕を勝利に導く……」


そう言ったかと思うと、因果は捻じ曲がっていく。

ロキに飛びかかった全員は、訳がわからぬままに吹き飛ばされ全員壁に叩きつけられる。


たった一撃。


『デタラメなシナリオ』の力は想像以上だった。

あれだけのメンバーが、一瞬で戦闘不能になってしまう。


呻き声の一つすら聞こえない。


静かになったその場で、ロキは薄ら笑いを浮かべ呟く。


「ああ、つまんない。やっぱりこんな結末か」


そう言ってロキはその場を後にしようとした。


「……待て……」


「はっ?」


全員ボロ雑巾の様になったその場で、唯一立ち上がりロキを呼び止めたのは、誰も予想しなかっただろう、この場でただ1人の何の力も持たない人間、鈴木修だった。


鈴木は立ち上がり、大きく息を吸い込み大胸筋を膨らませた。


「ふ、はは!なんの力もない君が、唯一立ち上がるとはね!生きていたのは褒めてやる!でも無駄な……」


そう話すロキの視界から鈴木が消えた。

かと思うと、頬に激痛が走り、視界が揺れた。


「(な、なんだこれ?)」


脳が揺れて上手く言葉が出てこない。

最強の神ロキは、初めて致命的なダメージを受けた事に戸惑う。


しかしそんな事はお構いなしに、すぐに二撃目を放つ鈴木。


「よ、避け!」


そう叫び逃げようとするが、間に合わず今度は腹に重い一撃を食らった。


「ぐげぇー!うえー」


そう惨めに這いつくばるロキに向かい、鈴木はちょいちょいと中指を立てる。


「立て。こんなもんじゃないだろ」


「なぜだ?お前の力は奪ったんだぞ!神である私に……何故人間のお前が?」


そう言うと鈴木はさも当たり前と言ったふうに答える。


「神だろうが人間だろうが関係ない。鍛えた筋肉だけは、裏切らない」


そう言った鈴木の上腕筋がキラリと光った。


「め、めちゃくちゃいうな!それにお前は、あれだけのダメージを喰らっていたのに!」


「傷ついた筋肉は再生しより強くなる。超回復だ。ダメージを負った俺はさらに強くなった」


「ちょ、超回復って!そう言うんじゃねぇだろ!」


「……超回復だ」


「ふ、ふざけやがって!だがいくらお前が強くてもそんな事は無意味だ!僕には!『デタラメなシナリオ』という最強のスキルがあるんだ!これがある限り!僕の勝ちは、揺るがない!!!」


ティアはそんなロキの言葉を聞き、ニヤリと笑う。

「一片死んどけ!くそ神が!」


隠し持っていたボタンにグッと力を入れる。


「プログラム発動。『デタラメなシナリオ』が制御不能になります」


これでロキの思い通りにはいかない。

そうとは知らず、ロキは高笑いをして鈴木を煽る。


「ははは!もう遅い!スキルを発動したからにはお前の攻撃は……」


そう言ったロキの顔面に鈴木の蹴りが炸裂する。


「ひでっ!!」


先ほどとは形勢が逆転した。

ロキは訳もわからず壁に叩きつけられる。


「な、なんで?僕のスキルは発動しているはずなのに?」


『デタラメなシナリオ』は制御不能となったのだ。

すなわち、誰が勝つかはこの場の全員が最も強いと信じるものになるわけだ。


だったら結果は決まっている。

女神たちは笑った。


「バカだね」


「ああ」


「まだ、分かんないのかね」


ロキはそんな女神をみて狼狽える。


「な、なんだ貴様ら?お前らは?お前らはこの理不尽の理由が分かってるって言うのか?な、何か貴様らが仕組んだんだな!卑怯者め!理由を教えろ」


狼狽えるロキを見て、その場の全員ため息をつく。


「ああ、私たちは一度やられてるからよく分かってるよ」


「そう、あんたが鈴木に力を与えてたって言うけど……そうじゃないんだよ」


「教えてほしいなら教えてあげるよ」


チート勇者、スローライフ中年、イケメン魔王、そして3人の女神たち。順番に言葉を紡いでいく。


「魔法よりも……」


「スキルよりも……」


「魔王よりも……」


「計略よりも……」


「女神よりも……」


「神よりも……」


鈴木は最後の言葉をロキの耳元でぼそりと呟く。


「どう考えても……筋肉の方が強い」


「し、信じない!そんなギャグ漫画みたいなデタラメな!俺は……」


ロキが言い終わる前に、鈴木の鍛え抜かれた身体から史上最強の一撃が振り下ろされる。


鈴木の一撃はロキに命中し、異次元の彼方まで吹き飛んでいったのだった。


誰かが言った。


「ナイスバルク!」

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