第42話 敗北

鈴木はヨシヒコとの約束通り、カク⚪︎ム運営の最高責任者である編集長に会いに来ていた。

ヨシヒコの話の通りであれば、ファンタジー小説の魅力についてただ語ればいいだけである。

熱狂的なファンタジー小説のファンである鈴木にとって、それは大して難しくもない事だったはずだが、何かが胸の奥につかえている感じがし、どうにも嫌な気分だった。


「よく来てくれたね、鈴木くん!さぁ応接室に行ってくれ。編集長が待っているよ。さぁ」


そう言ってヨシヒコに案内されるがままに、鈴木は応接室に入った。


流石は大企業、立派な応接室だ。

広々とした応接室の椅子に男が1人腰掛けていた。彼が編集長だろう。


彼は鈴木が部屋に入って来たことに気がつくとすぐに立ち上がり、スッと握手の手を差し伸べてきた。


「鈴木くん、だよね?ヨシヒコくんから聞いていると思うが、ここの責任者を務めています、編集長の神上(カミジョウ)です。今日は急な申し出を受けてきてもらって本当に感謝しています」


鈴木は編集長というからには中年男性を想像していたのだが、そう言ってニコッと笑う男は、ずいぶん若い見た目をしている。


「早速で悪いんだが、君の理想のファンタジー小説について聞かせてくれないかな、今お茶を持って来させるから、座ってゆっくり……」


そう話をふる編集長に向かい、鈴木は即座に答える。


「その話の前に、先に聞かせて欲しい事があります。この話が進めば本当にチート勇者ものやスローライフもの、悪役令嬢ものの作品は無くなってしまうのですか?」


鈴木がそう言うと編集長は薄気味悪い、ケラケラという乾いたた笑い声を上げた。


「当たり前だよ。それらの小説は一番になれなかった。鈴木くんは高校生だからまだ分からないかもしれないけどね、結局世の中は1番優れたもの以外は淘汰されて消えていくものなんだよ。今回はそれが早まっただけ。当たり前の事なんだよ」


確かに、編集長の言う通り、本当にいいもの以外は時代と共に消え去っていくものだ。

だがこの数日間で様々な出会いと経験をした鈴木にとって、その考えは極端で、どこか間違っている様に思えてしまった。


「……でも他の誰かにとってはそれが一番かもしれない。俺にとってはファンタジー小説が心の支えだったけれど、他の人にとってはチート勇者やスローライフ、悪役令嬢が心の支えになっているかもしれない。それを無理やり消してしまうなんて……」


そう鈴木が言うと、編集長はピキッと額に皺を寄せ、深いため息をついた。


「なんかガッカリだよ。鈴木くんはもっと面白い考えを持っていると思ったのに。もういいや」


編集長がそう言うと、フッと部屋の電気が急に消えた。


何が起きたか考える前に鈴木の体は動いていた。

嫌な予感を野生動物の様に直感的に感じ取った鈴木は、編集長を思い切り殴りつける。

しかし鈴木の渾身のパンチは、生まれて初めて空を切った。


いつの間にかそこは応接室ではなくなっていた。

真っ白な広い部屋に鈴木は閉じ込められてしまっている。


「ここは……」


編集長はいつの間にか鈴木の前から姿を消しており、代わりに中性的な見た目のおかしな服装をした者がそこにいた。

雰囲気から察するに、今まで会ってきた女神たちと同じようなやつであろう。


「はははは!いきなり殴るなんて!ちょっと面白かったよ。でも終わりだ!!最後は結局僕の一人勝ち!それが一番面白いよね♩君に与えた力は奪ったから……さぁ、次は君が殴られる番だ!!!」


そう、編集長の正体は最上級神ロキであった。


ロキは容赦なく鈴木に襲いかかる。

速い!


鈴木はなんとかロキのパンチを捉え咄嗟に腕でガードしたが、ただの人間の鈴木に最上級神であるパンチが受け切れるはずもない。


吹き飛ばされた鈴木は壁に叩きつけられ、大量の血を吐いた。


「かはっ!」


それを見てロキは驚いた顔をしている。


「いやーマジか。力を奪ったのによくガードできたね。本当に君人間?そんであれ喰らって死んでないって……まぁいいや。すぐ楽にしてあげるよ!」


そう言ってピクリとも動かなくなった鈴木に追い打ちをかけようとするロキに、「お待ちください!」と突然声がかかった。

ロキはその声にピタリと動きを止める。


「ロキ様。お取り込み中の所失礼します」


そういって現れたのはロキと結託していた女神ランであった。


「なんだ、ランくんか。今いい所なんだけどな、邪魔しないでくれる?君も殺すよ?」


そう言われて殺気をむき出しにするロキにランはゾッと背筋を凍らせた。


「お、お取り込み中に恐れ多いとは思ったのですが、すぐにこれをお見せしようと思って……」


そう言ってランはロープで縛り付けているシヴァとティアを蹴り飛ばし、ロキの前に晒した。

蹴られたことに2人は抗議するが、口にもは猿轡がしてあり何を言っているか分からない。


「んーーー!!」


「んーんー!!!!」


喋ることができずにジタバタとしている2人の女神を見て、ロキは心底嬉しそうに笑った。


「はっはっはっ!!君に渡しておいた女神の力を奪うロープが役に立ったようだね。あの女神の中でも生意気な2人がこんな情けない姿なんて!ランくん!想像以上だ!よくやった。なるほど!こいつらが見ている前で鈴木を痛ぶったほうが面白そうだな、よく止めてくれたよ、クックック」


そう言ってランの仕事にご満悦なロキである。。


「はい、私も最後の時を一緒に拝見したいですし」


「そうか、でも確かにそうだ!やっぱりイタズラの最後はキャスト全員集合!派手にやらなきゃね!」


そう言ってロキは鈴木にとどめを刺すために、ゆっくりと歩いて行った。

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