第34話 キャンプしようぜ!

「今回の尾行のターゲットは安藤邦光(アンドウクニミツ)40歳。彼は今回の企画で主にスローライフものを担当している」


ヨシヒコは鈴木の方をチラリと見てから説明を続ける。


「クニミツくんは前々からアウトドアに興味があったらしくてね。だから僕の方で一緒にキャンプ道具でも見に行かないかって誘ってみたんだ。そしたらすぐに約束を取り付けられたよ。実はクニミツくんと僕は同期入社でね。結構仲がいいんだ。だから今回鈴木くんは尾行と言うよりは、離れた場所で僕たちの会話を聞いて、第三者の立場でクニミツくんが白か黒か判定してもらいたいんだ。そう思ったんだけど……」


ヨシヒコはため息をついて鈴木を見る。


「なんでまた、今度は知らない女の子がいるんだよ!」


山村真里亞(ヤマムラマリア)はにっこり笑いヨシヒコにぺこりと頭を下げた。


「初めまして。鈴木くんのクラスメイトの山村真里亞です!今日は鈴木くんがここに来るって聞いて、借りてた本を返しに来ました」


「それはいいけど、なんでまだ帰らないの!」


「なんか面白そうだなって」


「だそうだ」


人ごとだと思って何も悪びれない鈴木。


「頼むから帰ってよ!」


「私、実は小さい頃からキャンプやってたんで絶対役に立ちますよ!」


考えてみればすでに須藤楓にも作戦はバレてしまっている。

もうこうなったらなるようになれと自暴自棄になったヨシヒコであった。


「もういいよ。じゃあ説明する」


「はい」


「御意」


「まず、クニミツくんの悪い噂についてだけど、家庭関係がうまく行ってないみたいで、奥さんに暴力を振るってるらしいんだ。でも実はその話はあまり信用していない。クニミツはそんな事する奴じゃない。でもこれは僕が同期だからっていう色目もあるのかもしれない。だからこそ第三者に判定して欲しいんだ」


「私、家庭不和とか敏感だからすぐわかるかも」


真里亞の家庭環境のあらましを知ってしまっている鈴木は言葉を詰まらせた。


「あとクニミツくんはキャンプとかに憧れを持っているっぽいんだよね。それがきっとスローライフものを推してる理由になっているんじゃないかな?だから今回のキャンプ道具探しではさ、キャンプって楽しいけど大変な部分もあるから、そこら辺の現実を教えてあげれば案外幻滅して、スローライフものを推す気持ちも薄くなるのかなって」


「うん、確かにキャンプって自然との対話だからね!厳しいところあるよ!」


「同感だ」


山ごもりで体を鍛えたこともある鈴木もその意見には納得である。


「さて、そろそろクニミツくんが来るよ。二人は電話繋いだまま適当に売り場にいてね」


5分ほど二人が店をプラプラしていると、安藤邦光と思われる男が現れた。


ロマンスグレーのフサフサヘアーのイケオジがヨシヒコと合流する。

なぜか頬に絆創膏を貼っており、イケメンなのにそれだけがちょっと残念だ。


クニミツは子供のように目をキラキラさせている。


「今日は楽しみにしていたんだ。ありがとな、ヨシヒコ」


これからキャンプのネガキャンを始めてこの目が曇っていくのを想像すると、胸がちくりと痛むヨシヒコである。


「お、お礼なんかいいよ。それより早く見よう。まずはテントからだ!」


心を鬼にしてテント売り場にクニミツを引っ張るヨシヒコ。


「えっ?テントってこんなにするの!?」


予想通りの反応なのだが、捨てられた子犬のような顔をするクニミツに絆され、ヨシヒコは、


「あ、あっちに入門モデルのもっと安いのがあるから!」


そう助け舟を出してしまう。


「こ、これならなんとか……でもこれ、結構立てるの難しそうだな。時間も結構かかりそう」


一方鈴木と真里亞はというと。


「えっ?鈴木くん。キャンプってテント買わなきゃいけないの!?」


「お、おそらく。一般的には……」


「いや、キャンプってお金がない時に、自然の恵みが溢れてる山で自給自足する事を言うんだよね?」


「……たぶん違う」


それはたぶんキャンプではなくサバイバルというのだと喉元まで出かかった鈴木だが、普段空気の読めない鈴木そこはグッと堪えた。


鈴木は真里亞の家の借金を匿名で肩代わりしていた。

別に鈴木は金も返してもらわなくても良かったのだが、「お金の貸し借りはきちんとしなきゃダメ!」という真里亞の考えから、月々一定の額が鈴木の口座に振り込まれていた。


「えー!!!見てよヨシヒコ!タープって2万円もするの!?」


「鈴木くん、ヤバい!2万ってうちの家賃より高いじゃん」


「ま、マグカップ一つ5000円!?」


「私の20日分の食費……」


「釣りざおも結構するな……釣りもやって見たかったんだけどな……諦めよ」


「えっ?魚って大きな岩を叩きつけて浮いたものを素手で取るんだよね?」


「山村さん。たぶんそれは禁止漁方だ……」


「バーベキューの道具も高い……えっ!?薪って一キロ500円もするの!?」


「500円あればお醤油とお砂糖と塩と……」


キャンプ道具を見ているうちに、クニミツの顔はどんよりと曇っていった。

クニミツと同様に、真里亞の話を聞いている鈴木の顔もなぜか同様にどんより曇っていく。


ヨシヒコはというと、ちょっと可哀想には思っていたが、この計画の成功を確信していた。

少なくとも、キャンプに抱く幻想は消えたと思う。


案の定クニミツは諦めと共に、店の出口にふらふらと歩いていく。

しかしその時だった。


「……これ、何?」


「ん?ああ、それは焚き火台だな」


「たき……火」


ヨシヒコはクニミツが見た焚き火台の値段をチラリと見た。


2万3800円。


きっとこれも諦めるだろうと思った。


しかし意外なことに、クニミツはしばらくの間じっと焚き火台を見つめている。


売り場の陰からクニミツを見つめる真里亞が言う。


「分かる。火は重要だよね。野犬が近寄って来なくなるし」


「山村さん、ちょっと黙ろうか」


鈴木と真里亞。どうやらこの組み合わせは、珍しく鈴木がツッコミに回らなければならないようだ。


流石に長いと思ったのか、ヨシヒコが声をかける。


「おい、クニミツ。そろそろ……」


すると、クニミツはポツポツと語り出す。


「ヨシヒコ……俺さ……最近家に帰るのが辛いんだよね。帰れば子供の事とかで妻と言い合いになって、いつも喧嘩。この顔の絆創膏も今朝妻に引っ掻かれたんだ」


そう言ってクニミツは自嘲気味に笑う。


「喧嘩が嫌で、わざと仕事忙しくして、残業増やして、企画にも立候補して……そしたらいつの間にか頑張って仕事して帰っても、テーブルの上にラップかけた冷めた夕飯が置いてあるだけになってた。冷めた飯食ってシャワー浴びて寝るだけ。俺は何のために仕事しているんだろうって……」


「クニミツ……」


ずっと焚き火台を見ているので話しかけようと思っていた店員もこれには参ってしまい、声をかけるどころでは無くなった。

物々しい雰囲気だ。

客の一部もクニミツの話に密かに耳をそば立てている。


「どっか遠くに行きたいとか、癒されたいって思って……だからキャンプだったのかな?でもダメだった。金かかるもんなんだな、キャンプ。小遣い少しずつ貯めて、今日5万持って来たんだけど妻にバレて、そんな金どこにあるのって言われて……」


そう言って、その時できた傷だと言わんばかりに頬の絆創膏をトントンと指差した。


「さっそってくれて、ありがとなヨシヒコ。でもキャンプ、ちょっと俺には無理だわ。でも焚き火……したかったな……」


ヨシヒコは何も言えなくなり下を向いた。

その時、


「子供さんって何歳なんですか?」


「え、誰!?」


陰で隠れていたはずの真里亞が堂々とクニミツの前に出ており、あろうことか話しかけている。

ヨシヒコはフリーズする。


真里亞のよく通る声と、緊迫した雰囲気のせいで、周囲の客も店員も真里亞とクニミツに一気に注目した。


「通りすがりのキャンプ好きの女子高校生です。話が聞こえたから。それで、子供さんは何歳ですか?」


「じゅ、十歳だけど……」


「私がその歳の時、お父さんは借金残して知らない女と家を出て行きました。私は今もその借金を返すためにアルバイトしてるから分かるけど、働いている人って本当にすごいよ!かっこいい!」


なぜか見ず知らずの女子高生に言われ涙が溢れそうになるクニミツ。


ちょうど周りにいた癒しを求めに来ていたおじさんサラリーマン達と店員も密かに涙を流した。

野次馬の一人が言った。


「お嬢ちゃんの言う通りだ!あとお嬢ちゃん、こんなものしかないけど」


「キャンプ初心者!キャンプはいいぞ!諦めんなよ!お嬢ちゃん、これ黒飴食べるかい」


真里亞は色んな人からお菓子をもらい、心底嬉しそうに笑った。


「わぁ!こんなにいいんですか」


それを見て、おじさんたちもニコニコだ!

若い店員が熱意を燃やす。


「俺、安くていい焚き火台無いか調べます!それで店長に割引できないか聞いて……」


「話は聞かせてもらった!」


「て、店長!」


「ここに初心者向けの4980円の焚き火台がある……これは展示品に限り、今から半額だ!」


「み、みなさん……」


驚きと感動でどうすれば良いか分からないクニミツに真里亞が天使の笑みを向ける。


「良かったね、おじさん。絶対やろうよ、キャンプ!」

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