第33話 変化
「ははは、随分かっこよく登場したね。でも警察呼んどいた方が良かったんじゃないの」
そう言ってケンジくんは余裕の笑みを浮かべ構えをとる。
「ケンジは空手習ってんだよ」
ユウコがケンジくんがいかに強いか自慢げに言う。
「ほぉ、空手ね」
裏闘技場の覇者である鈴木が、もちろん動じるはずもない。
「お前みたいなカッコつけやろうが、俺は一番嫌いなんだ。お前は全身の骨を折って病院送りにしてやる。その綺麗な顔も見るも無惨にしてやるからな」
そう言って正拳突きを放つケンジくん。
「本当に空手をやっていたのか?」
スローなパンチに鈴木は疑問を抱く。
「ふ、まぐれか?よく避けたな!」
そう言って二発目のパンチを打つケンジくんだが、それに合わせて鈴木もパンチを放つ。
ケンジくんの拳と鈴木の拳が見事にぶつかり合った。
「あ、アヒィぃぃぃぃぃ」
そう言って拳を押さえて泣き叫んだのは、もちろんケンジくんの方だ。
「け、ケンジ、どうしたの?」
ユウコは聞いたこともない情けない声をあげるケンジの姿にびっくりしている。
ケンジは痛みでそれどころではない。
代わりに鈴木が答える。
「拳の骨を折っただけだ」
冷淡に言い放つその態度にゾクリとする一同。
「お、オメェ絶対許さねぇからな!顔覚えたぞ、俺の仲間が……」
そう脂汗を流しながら吠えるケンジくんの後ろ頭に、容赦なくハイキックを叩き込む。
ケンジくんは吹き飛び、路地のコンクリート壁に叩きつけられダランとなった。
「し、死んだ?」
「手加減したので死んではいないな、たぶん」
そう言って今度はユウコに近づいていく鈴木。
鈴木のヤバさに今頃気がついたユウコであった。
必死で助かろうと鈴木に話しかける。
「ま、待ってよ!よく見たらアンタめっちゃいい男じゃん!そんな小娘より私の方がいいよ!お姉さんが色々良いことしてあげ……」
バシン
話途中であったが、問答無用でビンタする鈴木。
「ふがっ!な、何すんのよ!女の顔殴っていいと思ってるの!」
なんだかイラッとした鈴木はもう一発ビンタする。
バシン
「グフッ!」
「鷹山から取った金を返せ。もちろん今日の分だけじゃない。今まで騙し取った金全額だ」
ユウコは震えながら言う。
「そ、そんな……もう使っちゃったし……」
「関係ない。返せなければ、俺がケンジくんよりもずっと恐い男だって事を教えてやるだけだ」
「ヒィー!」
女を追い詰める鈴木の姿を黙って見つめる楓。
何故だか心臓がドキドキして止まらない。
(あ、あれ?私前の彼氏と付き合ってた時、一度でもこんな気持ちになったことあったっけ?す、鈴木はやっぱり変な奴!変な奴、だけど……)
あの後、
「後は自分がやるからお前は帰れ」
そう言われて強引にその場を離れさせられた楓。
路地を出るといつの間にかタクシーが用意されており料金も支払い済み。
楓は家まで無事に送り届けられた。
月曜日。
休みの日、とんでもないことが起こったはずなのに、何事もなかったように一日は始まった。
鈴木はいつも通り、一人ぼっちで教室で本を読んでいる。
もちろん分厚い瓶底の様な眼鏡と前髪が伸び切ったダサい髪型のウイッグを装着し、どっからどう見てもイケメンとは見えない装いに戻っている。
しかしいつもと変わった事が……
鈴木の元に、クラスカースト最上位のギャル、楓が近づく。
「あれ、楓って鈴木の事マジで嫌ってなかったっけ?」
「なんか文句言うのかな?」
「面白そう、見てようよ」
クラスがざわめく中、意外にも楓は随分優しいトーンで鈴木に話しかける。
「あ、あの後、アンタ一人に任せて、悪かったわね」
鈴木は楓の方を見もせずに答える。
「別に構わない。ああいう輩の処理は俺の方が慣れているからな」
「い、いつもあんな事やってるの!?あ、危ないわよ!」
そう言った楓を、鈴木はキョトンとした顔で見つめる。
「もしかして、心配してくれてるのか」
楓はカーッと顔を赤くする。
「な、なんであたしがアンタの事なんか!そ、それより鷹山さんは大丈夫なの?」
慌てて話題を逸らす楓。
「ああ。鷹山さんにはあの女に手紙を書かせた。妹を海外の病院行かせる事にしたからもう会えない。今までありがとうってな。もちろん今までの金も手紙に添えておいた」
それを聞いた楓はなんとも言えない表情を浮かべる。
「そっか……鷹山さん、傷ついてないかな」
鈴木はキョトンを通り越して眉間に皺を寄せる。
「今日はどうしたんだ、本当に?変なものでも食ったか?そんな優しいキャラじゃないだろ、お前は」
いつもの鈴木節に、楓は本気で腹を立てる。
「はっ?マジでムカつくんだけど!聞いた私がバカだったわ」
流石に怒って帰ろうとする楓を鈴木が呼び止める。
「待て、楓。鷹山はかなりへこんではいるらしいが、『モテない男のために、俺は仕事に打ち込むんだ!』と言って、一層仕事に励んでいるらしいぞ」
楓は鷹山の話よりも、鈴木が自分の名前を楓と呼んでいる事にドギマギした。
「か、楓って!何呼び捨てにしてるのよ!」
「おお、そうか。すまん。ついこの間の癖で」
今回の件、結果的に鷹山を救えて良かったは良かったのだが、ヨシヒコの作戦自体は失敗である。
他の二人の編集の尾行を今週末もやらなくてはならない。
鈴木は、楓がモジモジとまだ何か言いたそうにしているのに気がついた。
「なんだ?まだ何かあるのか?」
楓は目を逸らしながら恥ずかしそうに言う。
「あ、あのさ。もしアンタがどーしてもって言うなら。つ、次の作戦も、つ、つきあってあげてもいいけど」
「いや断る」
鈴木は即答する。
「な、なんでよ!アンタらだけだとメチャクチャになるわよ!常識ないんだから」
「確かにそうかもしれないな」
「そうでしょ、だから私が……」
「だが断る!」
「だからなんでだよ!」
そんな風に楓と会話をしながら、鈴木はいつの間にか以前ほどチート勇者もののファンタジー小説に嫌悪感を抱いていない自分がいることに気がついた。
なんだか不思議な気分であった。
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