第27話 魔王VS鈴木

鈴木がスカーレットの所に着いた頃には、時すでに遅し。

魔王ラティオスはスカーレットに洗脳されてしまっていた。


「誰だか知らないが気に入った!貴様は我のモノになれ!」


初対面でそんなメチャクチャなことを言われたにもかかわらず、ポーッと顔を赤くするスカーレット。

これも推し補正というやつである。


そんな光景を見て、鈴木はため息をつく。


「少し、遅かったようだな」


鈴木は王子の洗脳を解いた後、女神に変な工作をされないよう、すぐ様スカーレットの下に向かっていた。

しかし女神ランは城の異変を確認しに来る前に、既に洗脳のスキルをスカーレットに付与していたのである。それもマリアが持たされた洗脳スキルの何倍も強い洗脳スキルを。


「ふふふ、マリアの事はでかい失態だったけれど、ラティオスが駒になれば私の勝ちだから♪だってラティオスは最強!ティアとシヴァに勝てば次期女神筆頭は私になるんだから、失敗もチャラにできるどころかお釣りがくるさ」


ランはまた鈴木に殴られてはかなわないので、鈴木が知覚出来ないほど遠くで望遠鏡を使って成り行きを見つめていた。


「なんだ貴様は」


鈴木の姿を見咎めた魔王は露骨に不快な顔を作った。

その顔を見て鈴木は挑発的に中指を立てて見せる。


「はっ!我を魔王ラティオスと知ってのことか!殺してやる!」


推しに見惚れていたスカーレットであったが、流石に彼女も鈴木に気がつく。

スカーレットは学生服姿の鈴木を見て、あれは自分と同じ異世界からこの世界に来た者だとはっとした。


「だ、駄目です、ラティオス様!あ、あれは私と同郷の者で、その、えっと……」


鈴木を庇う様なスカーレットのその態度が、逆にラティオスに火をつけた。


「この女は我の者だ!我以外の者を気にかける事など許さん!」


問答無用で剣を抜き、鈴木に切り掛かるラティオス。


鈴木はそれを上段蹴りで受け止めた。


「ほぉ」


まさか受けられるとは思っていなかったラティオスは一旦距離をとる。


「それなりに使える者とは思わなかったぞ!又人間どもが寄越した刺客か?ならば!」


魔王ラティオスが練り上げたのは黒い魔法。

鈴木も初体験の闇属性の魔術である。

右手に黒い雷を纏い、ラティオスは不気味に笑った。


「死ね」


音速を超えるスピードで放たれる黒い雷撃。

しかしそれを鈴木はいとも容易くかわして見せる。


「なっ!?」


「女神が最強の魔王などと言っていたから期待したが……こんなものか?」


「貴様!」


怒りを露わにし、今度は黒い焰を召喚してみせる。


「次はそうはいかんぞ!」


黒焰を飛ばすラティオス。

大した威力にも見えなかったので鈴木は黒焰を手でかき消そうとするが、焰は鈴木の手に触れた瞬間、まとわりついて離れなくなった。


「ふははは!魔界の黒い焰はその者が燃え尽きるまで絶対に消えない」


「ほぉ、そうなのか」


そう言って鈴木はまとわりついた焰に向かいフーッと息を吹きかける。

もちろん黒焰は一瞬にして消え去る。


「はっ?」


「中々おしゃれな火だったな。俺の誕生日ケーキは蝋燭にこの火を頼むよ」


プライドをへし折られ、若干涙目なラティオス。


「く、くそぉ……貴様、何者だ!お前のような人間がいるはずがない!魔族なのか?」


こんなやつが人間のはずがない!魔族の自分が人間に負けるなどあってはならないのだ。

そんなラティオスの気持ちを汲み取ったのか、鈴木は少し語気を和らげる。


「何を焦っているんだ。心配するな、別に殺しはしない。俺はただ貴様の洗脳を解きに来た善良な人間だ」


「せ、洗脳?何を言っている?」


「そこにいるスカーレットに見つめられた途端、お前は不自然に体が熱くなり、心を奪われた、違うか」


「そ、それは……」


「ま、待って!私洗脳なんて知らない!」


いきなり自分が洗脳を使ったなどと言われて寝耳に水のスカーレット嬢。


「それはそうだろう。この世界にあなたを連れて来たくそ女神が、勝手にあなたに付与したものだから」


「そ、そうなの?」


「ち、ちなみどうやって我の洗脳を解くつもりなんだ?」


「思いっきりぶん殴る」


「!?」


近づいてくる鈴木にたじろぎ、ラティオスは魔法を唱える。


「冥府の鎖!」


そう言うと地面から黒いオーラを纏った鎖が鈴木の身体中を縛り付ける。


「ははは!それはゴーレム1000体が力を込めても切れない鎖だ!そのまま冥界に引きずりこむ!お前は一生冥界を彷徨い続けるんだ!」


「悲しいな」


「ははは、今更命乞いか?」


「俺の筋肉の評価は、たかだかゴーレム1000体と一緒なのかと思って、悲しくなった」


バキャァン


激しい音を鳴らし、冥界の鎖が次々とちぎれていく。


「め、冥界の鎖が……私が寿命を削って召喚した、私の最強魔法が……」


ペタンと地面に尻をつくラティオス。

その姿に魔王としての威厳はもうない。


鈴木はヒョイとラティオスを持ち上げた。


「や、殺れ!俺の負けだ」


「心配するな、本当に洗脳を解くだけだ。殺しはしない、でもまずはちょっと位置の調整を……」


鈴木はラティオスを持ち上げたまま向きを調整する。


ランは自分の覗いている望遠鏡の正面に向かうように鈴木が立った事に違和感を覚える。


「あーん!なんでよ!なんであいつラティオスより強いのよ!何者!?えっ!?あいつなんかこっちに向き変えてない?あ、手振った……まさか……ここが見えてるなんてことは……ないよね?」


そのまさかである。

鈴木は思いっきりラティオスを殴りつける。


もちろんラティオスは女神に向かい吹き飛んでいく。


「えっ!嘘!なんでこっち飛んでくるのよ!」


逃げようとするが時すでに遅し。

鈴木の狙い通り、ラティオスはくそ女神に命中し、そのまま女神ごと空の彼方に消えていってしまった。


「よし、次は……」


クソ女神が吹き飛んだのを確認し、スカーレットの方に歩みを進める鈴木。

鈴木はスカーレットの瞳を覗き込む。


「うん、どうやら洗脳の力は消えているな」


ランは一度きりの洗脳能力しかスカーレットに与えなかったのだ。

他の男が惚れてしまってももややこしいと思ったのだろう。


スカーレットはスクっと立ち上がる。


鈴木は油断していた。


「ウインドカッター!」


突然鈴木に向かって魔法を放つスカーレット。

油断していた鈴木は前髪を落とされてしまう。


鈴木は初めての驚いた表情を見せた。


スカーレットを見ると、何故か下を向いて泣いている。


「私を……私を殺してよ!あんたのせいで……推しだったはずのラティオスが急にちっぽけな物に見えちゃって、あのままあんたがほっといてくれれば、何も気づかずに私は幸せにいられたのに!」


子供の様に泣きじゃくるスカーレットを、鈴木は真剣に見つめる。


「それがまやかしであってもか?」


「そうよ!まやかしだってなんだって構わない!幸せになれれば!私はいつだって報われなかった!一生懸命頑張っていたのに!」


「それは、きっと転生前の事だな。お前が頑張っていたというのは事実だろうが、精一杯生きているのはお前だけではない。俺はシンデレラストーリーという言葉が嫌いだ。努力していたらきっといつか王子が迎えにくる。そんな他人任せの幸せに、俺は少しも惹かれない」


「何よ!32のOLがそんな事を望むなんて痛いって?」


「そうは言っていない、もっと自分の周りに目を向けて見ろって事だ。お前の努力はちゃんと結果になっている」


「何処だ、スカーレット!スカーレット!」


「洗脳が解けたアーノルド王子だ。お前を探しに来た」


「どうして?」


「お前の事を本当に愛しているのだろう。こんな展開はゲームにはなかったはずだ。つまりそれは紛れもないお前の積み上げてきた努力の成果だ」


「私を、本当の私を見て、アーノルド王子は……」


「それでもまだラティオスや他の者が好きだというのなら、お前は洗脳など使わず、自分の力でラティオスの心を掴むといい。しかしそこに失敗があるか、成功があるかそれは分からない。人生はだからこそ面白い」


鼻水を啜るスカーレット。


「使え、もうすぐ王子がくる」


ハンカチを差し出す鈴木。


「ありがと」


そう言って鈴木の顔を見たスカーレット。

ハッとする。

伸び切った前髪がさっきのウインドカッターで切れてしまい、鈴木の素顔が明らかになったのだ。


ラティオスが霞むほどの美男子に、スカーレットは一瞬で心を奪われた。


何故かいつまでも鈴木の顔を眺めているスカーレットに変な感じはしたものの、鈴木は自分は邪魔者と思い、元の世界に帰ることにする。


「じゃあな」


「あ、待って!」


鈴木を追いかけようとするスカーレットをアーノルド王子が現れ制止する。


「スカーレット!」


王子を振り切り鈴木を追いかけようとするが、すでにそこに人影はなかった。


「スカーレットすまない、私は君のことが……」


「あーーーああ!」


突然顔を覆い大きな声で叫ぶスカーレット。


「な、なんだどうしたスカーレット!」


「新しい推し!見つけちゃった!!」

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