第25話 そう、筋肉なら
女神のランは城の異変を確認するために、大急ぎで城に向かって飛んでいた。
すると必死の形相で城から逃げてくるマリアの姿を認めた。
「何があったの一体?」
空からマリアに声をかけると、マリアはキッと女神を睨みつけた。
「嘘つき!この世界には危険なことなんてない、王子と結婚できれば一生銭ジャブだって言ったくせに!」
マリアの言う通りである。
貧乏だった転生前のマリアにそう甘い言葉をかけ、魂をこちらの世界に持ってきた、ほとんど悪魔と変わらない所業をやっている女神ランであった。
「待って待って!本当に何があったの?ランちゃん意味不明」
事態が飲み込めないランはとりあえずぶりっ子しておく。
その態度が余計にマリアを苛立たせる。
すると……
「いた」
鈴木がマリアを認識したのだ。
獲物を見つけたハンターの様に、目を光らせてとりあえず1発殴る構えを見せる鈴木。
「ひっ!あいつ、追ってきたんだ!!」
マリアはガタガタと歯を震わせて動けなくなってしまう。
それ程に体には恐怖が刻まれている。
よく分からんけどあれが城で爆発を起こした張本人だと合点した女神ラン。
そしてなんとなくだが、ランは学生服の鈴木に得体の知れない恐怖を感じた。
ランの女の勘が、あいつとは関わるべきではないと言っている。
幸い女神の姿は召喚した転生者にしか見ることもできないし、声を聞くこともできない。
「ごめんねマリア、あいつの事は任せたわよ♪」
まぁ別にスカーレットが無事であればマリアなどどうでもいいのだ。
死んでくれたって構わないし、それはそれで都合がいいかも知れない。
さっさと逃げようとしたランであったが、鈴木が殴ろうとしたのはマリアではなく女神の方であった。
「えっ?」
くるりと振り向いたランの目の前に、いつの間にか拳があった
「ぐほぉぉぉぉ」
物凄い勢いでランは地面に叩きつけられる。
初めて地面を舐めさせられるランであった。
「……な、殴ったね!」
鈴木は、初めて人から殴られて動揺し怒りを露わにしている女神を、侮蔑を込めた目つきで見下ろしている。
「殴ってなぜ悪いか?」
そう言って意外とピンピンしている女神をもう一度殴る鈴木。
「ぐっ!2度もぶった!女神界で1番可愛いランちゃんを!ママにもぶたれた事ないのに!殺してやる!!」
「それが甘ったれなんだ!殴られもせずに甘やかされて育ったから、そうやって人の気持ちを弄ぶ外道になる。貴様の性根、叩き直してくれる」
そう言って鈴木に首根っこを掴まれた瞬間、「あっ、こいつには勝てね」とランは力の差を悟ったという。
「ひっ!ま、待って!私が悪かったから……そ、そうだ!一緒にお酒を飲みましょう!私お酌上手いのよ!!」
「俺は未成年だ」
そう言って大きく息を吸って右手を振り上げる鈴木。
「ま、待って!本当に待って!あんた童貞でしょ!可愛い女神のアタシが気持ちい事してあげるから!いろんな神から、ランは凄い上手って褒めて……」
恥も外聞もなく涙目で喚く女神。
「ビッチが……死ね」
「ひっ!」
鈴木のパンチがランの顔にクリーンヒットして、またもランは地面に叩きつけられる。
「ぐ、ぐえぇぇぇぇっ」
気絶するラン。
まだ生きているのを見て鈴木は舌打ちする。
「チッ。しぶといやつだ」
マリアはその光景を見て、ますます怯えた。
「(次は私の番だ……)」
予想通り鈴木が近づいてくる。
マリアは腹を括った……
「いいわよ!殺しなさい!思えば今まで私にいい事なんて無かった!お父さんは借金を作って家を出ていくし、お母さんは外に男作って帰ってこない!私は毎日借金とりに怯える日々!そしたら突然女神が来て、一生お金に困らないから手を貸せって言うから……!どうせ生きてたって幸せになれない運命なの、私は!そう言う星の下に生まれたの!さあ早く殺して!こんな人生終わらせて!」
そう言って鈴木を睨みつけるマリア。
鈴木はマリアの前で手を振り上げた。
「んっ!」
ずっと睨みつけてやろうと思っていたのに、恐怖で思わず目をつぶってしまうマリア。
「できれば一瞬で殺してくれ」そう思っていたその時だった。
ぺちっ
マリアは拍子抜けする程の軽い力で頬を叩かれて驚いて目を開ける。
「これが人の心を弄んだお仕置きだ」
鈴木が目の前にいる。
でもその姿には先ほどの殺気はなく、今は恐怖も感じない。
「金は大事だな。だがそれ以上に大事なのが筋肉と心だ」
「な、何言ってるのよ、バカなんじゃない?私はお金が無くてあんな酷い生活をしたの!それに心なんて一番信用できない!信用できるはずの家族だって平気で私を見捨てた!だから私は……」
「同じようにスカーレットと王子の心を弄んだ、と言うわけか。それでお前は幸せだったか?」
鈴木にそう言われ、下を向き力無く首を振るマリア。
「君が本当に弄んでいたのは、君自身の心だ」
「私の……心?」
いつの間にかマリアは鈴木の言葉に真剣に耳を傾けている。
「君は絵が好きだったよな」
「!?なんで私のことを知ってるの!?」
「だって君は、山村真里亞(ヤマムラマリア)さんだよな」
「えっ?私の、名前……」
そう、山村真里亞。それは転生する前のマリアの本当の名前。
しかし今は顔や背格好、声までもまるで違うはず。
なのに……
「姿が変わろうがすぐに分かった。君は俺の大事なクラスメイトだ」
クラスメイト、そう言われて全然通えていなかった学校の事を思い出した。
「私、お金の事があってバイトばっかりで、学校にほとんど行けなくなったのに……もしかしてあなた……鈴木、君?」
マリアはクラスで自分以上に浮いていた、正直そのおかげで救われたと感じている変人のクラスメイト、鈴木の事をはっきりと思い出した。
「そうだ。真里亞さん。もう一度だけ俺と筋肉を信じてくれないか?」
鈴木にそう言われ、真里亞は力無く笑った。
「……でも、もう……」
そう。
魂は世界を離れ、この世界に留まっている。
また戻ることなど普通は不可能である。
「おい女神」
鈴木はそう言って女神持ち上げる。
王子にやった様に往復ビンタで目を覚まさせる。
「痛い痛い!起きた!起きたから!」
「元の世界に戻せ、真里亞さんを」
「えっ?流石に無理ですよ、その子死んでる扱いになってますもん!」
転生者をもう一度世界に帰すなど、女神にとってタブーだ。
絶対に厳しい処分が降る。
「戻せ」
その鈴木の圧倒的な殺気に、ランはビクンビクンと体を震わせる。
「で、でもですね。そんな事したら私のキャリアに傷が……」
「キャリアの傷と一生消えない本物の傷、どっちがいい?」
「わ、分かりましたよ!」
顔の傷だけはまずい!これは商売道具みたいなもんだから!
ランは何やら呪文を唱え出す。
するとその姿が段々と薄くなっていくマリア。
「……ありがとう鈴木君、このお礼は向こうにも取ったら必ず」
そう言った真里亞の言葉に、ランが水をかける。
「いや、こっちの記憶は引き継げないから、こいつの事は忘れちゃうよ」
それを聞くと真里亞は一気に顔を曇らせる。
「じゃあ結局また私は……」
そう言った真里亞に対し、鈴木はまた意味の分からない言葉を投げかける。
「筋肉は忘れない。筋肉っていうのは例えトレーニングをやめて体が衰えても、マッスルメモリーと言うものがあって、トレーニングを再開すればすぐにまた元の筋肉に戻れるんだ。大丈夫、君が俺の事を忘れても、筋肉は忘れない」
そんな馬鹿げた言葉に、真里亞は思わず大笑いしてしまう。
「ぷっ、ははははははは。なんかバカらしくなってきた。悩んでたことも、借金の事も。そうだね、私の筋肉も、きっと鈴木君の事を覚えているよね。じゃあね、鈴木君、また学校で」
そう言って真里亞はパチリと最後にウインクして、この世界から消えていった。
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