第19話 同志よ!

カド○ワ本社に颯人が到着すると、待ってましたと言わんばかりに、ホールに待機していた口ひげを生やした中年のイケメンが


「やぁ」


と気さくに声をかけてきた。


「久しぶり伯父さん。今日は無理言ってごめん」


「ああ、構わないさ。本好きの学生が増えるのは、会社にとっても僕にとっても喜ばしいことだからね」


「流石颯人君のおじさん!イケメンだし優しいね」


楓はイケオジの登場にだいぶ浮かれているようだ。


「おや?4人?確か3人だって言っていたような……」


颯人は鈴木が来ないものと思っていたので、伯父には3人と告げていたのだ。


「そ、そうだっけ?4人だよ4人。元々4人!」


「そうだったかな?まあ4人でも5人でも大丈夫だよ。ん……君は……」


そう言って颯人の伯父は鈴木の方をじっと見つめた。


「小説グレーブロンドの冒険で主人公が使っていた武器は?」


「オール。後半は鉈」


「バセレリーン戦記に登場するライラック城の姫の名前は ?」


「ギーセラ・レオボルティーネ」


「君が一番好きなファンタジー作品は?」


「……何だかんだ言ってやっぱり指輪物語」


「同士よ!!」


そこまで言うと颯人の伯父と鈴木は、無言で熱い抱擁を交わした。


「「げっ!」」


颯人も楓もこれには思わず顔をしかめる。


颯人の伯父、金城目慶彦(キンジョウメヨシヒコ)。

T 大卒の高学歴高身長高収入のイケメンでありながら、彼女いない歴=年齢。

その理由は重度のオタクであり、変人であるためであった。


慶彦は一目見ただけで、鈴木に同じ匂いを感じ、ファンタジーオタクであることを見抜いたのであった。


「伯父さん!急にやめてくれよ!」


我に返った慶彦は、パッと鈴木から離れる。


「あー、すまんすまん。久しぶりに同士を見つけてしまって、つい……な。君もすまない。えーっと……」


「鈴木おさむです。あなたは?」


「金城目慶彦だ」


自己紹介を終えた二人は固い握手をした。

それを見た颯人は、この先どうなることやらとため息をつくのだった。



しかしトラブルが絶対に巻き起こるだろうという颯人の予想に反し、会社見学は意外なほどスムーズに楽しく進んだ。

実は小説に興味などなかった楓さえも、かなり楽しそうにしている。


(そういえばこのおじさん、性格以外は優秀なんだった)


上手に学生たちを盛り上げる慶彦を見て颯人は、ほっと胸を撫で下ろした。

鈴木の方も「ふむっ……」と時折考え事をしているようではあるものの、トラブルを起こす気配もない。


颯人はやっと落ち着いて、今日2人を落とす計画を練り始められる。



鈴木はというと、大人しいのにはちゃんと理由があった。


(この颯人の叔父の慶彦さんという人、かなりファンタジー愛に溢れている人だ。正直こんな人がいる会社が悪の元凶とは考えづらい。どこかに悪の芽があるのかとも思ったが、他の社員も一生懸命に働いている。さらに会社の設備も雰囲気も悪くない。ふむっ……)


「さぁ、昼は社食を使ってみてくれ。もちろんここは僕のおごりだ」


伯父のこのセリフを聞いて、颯人はどうしてこの人が結婚できないのかと、心底不思議であった。


滞りなく食事が始まり、楽しい雰囲気になってきたところで、


「鈴木くん。ちょっと時間いいかな。二人だけで話したいことがあるんだけれど」


そう言って義彦は、鈴木に声をかけた。


その瞬間、颯人は伯父さんが結婚できない理由が何もかもわかった気がした。


(そうか、そういうことか。伯父さんは女性に興味がなかったのか……)


颯人は伯父さんに複雑な視線を向け、こう言った。


「おじさん。一応鈴木は未成年だから、無茶はしないでよ」


「ん?無茶?別に話をするだけだが……」


「分かってるよ。ゆっくり話をしてきて」


颯人にとっても鈴木の存在は二人の美女を口説く上で邪魔な存在であった。

伯父さんが連れて行ってくれるということであれば歓迎しない訳がない。


呼ばれた鈴木本人はと言うと、これまでの会社見学や会話の中で、慶彦にかなり良い印象を持っていたため、二つ返事で承諾した。


一方春菜はと言えば、二人が食事の席から立ち、どこかに行ってしまうのを見て、(自分もそっちについて行きたかったなぁ)と内心思ったが、引っ込み思案な性格のため、言い出せず甘んじて食堂に残り、二人の背中をじっと見つめ見送った。


鈴木と慶彦の二人は、会社の小会議室の一つに入った。


「話って何ですか?」


鈴木がそう聞くと、慶彦は神妙な面持ちになった。


「鈴木くん。これはファンタジーを愛する君だからこそ話すんだ。だから初めに断っておく。この話は一切他言無用。約束してくれるかい?」


慶彦のそう話す態度に真剣なものを感じた鈴木は黙って頷く。


「うん。では話そう。今このカクヨ○で起こっている、大変な事態について……。……異世界小説統一計画……」


「異世界小説統一計画?何ですかそれは?」


「その名の通り、異世界の言うなればファンタジー小説。そのファンタジー小説のジャンルを、一つに統一してしまおうという、今のうちのトップの計画だ」


それを聞いても鈴木はいまいちピンとこない。


慶彦は異世界小説統一計画について詳しい説明を始める。


「今日本は空前のファンタジー小説ブームだ。その中でカクヨムで人気なのが異世界に転移や転生をするチート勇者が主人公の小説。もう一つ、異世界でゆっくりとした生活を楽しむ、所謂スローライフ系小説。そして三つ目、現代に暮らしていた女性がゲームの悪役令嬢に転生するという悪役令嬢転生ファンタジー小説。その三つだ」


「……どれも人気があるのかもしれませんが、俺は好きじゃありません」


「そう僕もそうだ!でもね、今カク○ムを運営しているトップは、今度のカクヨ○コンテストで一番人気だった作品をメインに据えて、今後はそれ1本でやっていくと言い出したんだ」


「……それはつまり、どういうことですか?」


「うん。仮にチート勇者系の小説がメインと決まったとしたら、○クヨムのイベントや賞の募集はチート勇者のみの受け付けになる」


「……そうなったら、○クヨムは使いません」


「それで済むならいい。鈴木君ジェイムス・G・ホワイトを知っているかい?」


「知らないはずありません!ファンタジー小説の父とも呼ばれる巨匠ではないですか!彼のファンタジーは大好きですよ」


「……実はね、今のカク○ムのトップは凄腕でゼナホワイト先生との専属契約を取り付けることに成功したんだ」


「凄い!!つまりカクヨ○でホワイト先生の作品が読めるってことですか?」


「その通りだ」


そう言った慶彦の顔は、何故か苦痛に歪んでいる。その表情で、鈴木も全てを悟ってしまう。


「そんな!まさか!?」


「そう、そのまさかだ」


「ファンタジー界の巨匠に、チート勇者やスローライフ、悪役令嬢転生を書かせるって言うんですか!?」


「……その通りだ」


「嘘だろ!?これは神に対する冒涜だ!」


「声が大きい。これはどこにも漏らしていないトップシークレットな情報なんだ」


「これが大声を出さずにいられますか!?」


「鈴木君。僕が何故君にこんな話をしたと思う?」


「えっ?」


「あるんだよ。ホワイト先生に古き良きファンタジーを書いてもらい、なおかつカ○ヨムからチート勇者、スローライフ、悪役令嬢を消してしまう、素晴らしい方法が!!」


「本当ですか!?」


「本当だとも!しかしそれには人手がいる……。鈴木君いや同士鈴木よ!僕に、協力してくれないかい?」

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