第14話 スローライフをぶっ潰せ

最初は荒れた土地を耕すところから、少しずつ少しずつ。


体力や力に自信のあったカイン。

土地はみるみるうちに綺麗になってしまった。


一人静かに、と思っていた第二の人生であったが、土地が片付いたくらいの頃、どこをどうやってここを調べたのか、冒険者ギルドの受付嬢をやっていたはずのハーフエルフ、アーニャが畑作りを手伝いたいと言って突然現れた。


美しいハーフエルフであり、ギルドの看板娘であった彼女がギルドをやめたということであれば、その時の騒ぎはカインがギルドを抜けた時の比ではなかっただろう。


普段は冷静で顔色ひとつ変えないクールビューティのアーニャであったが、今は何故か顔を紅潮させて緊張しているようだった。


アーニャはカインに断られるのではないかと気が気でない。

カインの返答を待つ間、アーニャは腰まで届く美しいブロンドをサラサラ揺らし、もじもじと慌ただしくあっちを向いたりこっちを向いたりしている。


なるほど、彼女も受付嬢の仕事ではなく、こういったスローライフに憧れていたに違いない。

カインはアーニャの参加を快諾した。


アーニャがスローライフ生活に参加してくれたことはとても有意義であった。

彼女の得意魔法である水の魔法はスローライフ生活に大いに役立った。

当初は畑だけのつもりであったがなんと1年で水田までも作ることができてしまったのだ。


アーニャの他にもカインの元にはかつての友や、冒険中カインの世話になった者等が、「手伝いたい!」と自然に集まってきた。


時には森で命を助けたシルバーウルフまでもが服従を誓い、カインのもとに身を寄せた。


おかげで荒地だった土地は、たった1年で今は農業、畜産、川魚をとる漁業までもこなす、立派な山村と呼べるまでに成長していた。



「カイン休憩にしましょう」


作業を終えたカインに、そう言ってアーニャが優しく微笑み、お茶を渡してくれる。


「ありがとう」


この村をプリシラが見たらいったい何というのだろうか。


「凄いです!カインさん!あっ、あれはどうなっているんですか?」


自分が作った村を見て無邪気に笑うプリシラを想像し、カインはクスリとおかしそうに笑った。


「何か面白いことがありましたか?」


「いや何。昔の仲間のことをちょっと思い出していてね」


アーニャは仲間と聞いて眉間にしわを寄せる。


「カインを捨てたあんな性悪無能勇者など、思い出すことありません」


「まあまあ。アレックスにも色々あったんだよ。それに今思い出していたのはプリ……」


そこまで言って思い出した。


そうだったプリシラこそが、私のパーティ脱退をアレックスに勧めたのだった。

だが今でもそれが信じられない。

あんなに無邪気でいい子が……


「カインさん……」


こうして目を瞑ると、プリシラの無邪気な声が今でも聞こえてくるようだ。


「カインさん!やっと……」


そう!まるで子供のようなあの声……


「カインさん!やっぱりカインさんだ!わだぢ……わだぢ……」


プリシラが涙と鼻水だらけの顔でカインに飛びついたところで、ようやくカインはその声が幻でないことに気がついた。


「えっ?プリシラ!?どうしてここに?」


カインの言葉を無視し、プリシラは幼い顔に似つかわしくない豊満な体をカインに目いっぱいくっつけ、ズビズビと鼻をすすっている。


「なんなんですこの女!?離れなさい!カインから離れなさい!」


「嫌です!離れません!!ずっと会いたかったんですよ、カインさん!」


プリシラのこの発言を聞いて、カインは「ん?」と疑問を持った。


「ちょっと待ってくれプリシラ。私がお荷物だから、みんなの意見で私はクビにされたんじゃなかったのか?」


カインのその言葉を聞いて、プリシラはきょとんと泣き顔をあげた。


「え?何ですかそれ?アレックスさんはカインさんが、みんなの迷惑になるからって言って、自らパーティーを去ったって……」


二人は同時に首をかしげた。


「「どういうことだ?」」



それからしばらく二人は、お互いの知っていることや、会わなかった間に何があったかなどを話し合った。


「つまり勇者アレックスが、カインを追い出すために嘘をついていた、ってことですね」


アーニャがそう冷静にまとめた。


「きっとアレックスにも何か考えがあったんだろう」


「そんなのあるはずありません。カインが優秀なのに嫉妬して、ただ追い出したかっただけですよ」


バッサリとそういうアーニャを、カインは困り顔でたしなめる。


「アレックスがそんなことをするはずが……」


「カインさんお人好しすぎです!私たとえどんな理由があったとしたって、カインさんを追い出したアレックスさんのこと、許せません!」


と、プリシラの方もアーニャと同じ意見のようだ。

カインは二人を必死でなだめたが、とうとう二人の怒りは納められなかった。

そして最後にプリシラが、


「私もこの村でカインさんと暮らします!」


と宣言したところで、話し合いは終わった。

どういうわけか、アーニャはものすごく焦っていた。



その夜、新しい村人プリシラを歓迎するささやかなパーティーが開かれた。

村で作った果実種が美味かったことも相まって、村の皆は全員、いつもより早く眠りについてしまった。

ただカインは一人だけ、なんだか寝付けずにいた。

カインは村の外に出て、少し夜風にあたることにした。


「この一年本当に大変だった。これからもっと大変な日々が待っていそうだな」


プリシラが参加したこの村での生活のことを思い浮かべ、カインはにっこりと笑う。


その時、カインの背後から突然不気味な声が聞こえてきた。


「何が大変だ……舐めるんじゃねぇ……」


「!?」


声の方から恐ろしい殺気。

慌てて振り向くカインだったが、そこには誰もいない。

カインの頬にツーっと冷や汗が垂れる。

殺気立った声がまたも夜風に混じる。


「色々言いたいことはある……」


やはり、空耳じゃない!


「誰かいるんだな!?」


カインは全神経を集中し、辺りをくまなく凝視する。するともの凄いスピードで、黒い何かが闇の中を動いたのが見えた。

漆黒の闇を吹き抜ける風が、嫌にカインを凍えさせる。

闇の中の声は、カインに死刑を宣告する。


「ギルティ……お前の甘えた性根を……叩き直す!」

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