第10話 あくびが出るぜ
鈴木とブッチャーの試合が間もなく始まろうとしている。
「ブッチャー!手加減してやれよ!」
「あんまり早く終わらすなよ!つまんねぇからな!」
観客たちは久しぶりの殺戮ショーに興奮気味である。
「カーン」
試合開始のゴングが鳴った。
鈴木は顔の前で構えをつくり、トントントントンと両足で軽やかにステップを踏み出した。
フワフワと鈴木のボサボサの髪の毛が上下する。
どう考えてもブッチャーが勝つはずの試合で、何故かビビりもせず、ドヤ顔でいる鈴木に観客たちは苛ついた。
「手加減無用だ!殺せー!!」
「2秒でかたをつけろ!ボコボコにしてやれ!!」
観客のボルテージはどんどん上がっていく。
不安には思いつつも、春奈の予想に従い自分も鈴木に金を賭けたモヒカンであったが、はやくも後悔し始めた。春菜に不安をぶつけてみるモヒカン。
「お前が見れるのは筋肉の仕上がりだけだろ?でも所詮格闘の世界は体格差が全てじゃねぇか?だから公式な格闘技の試合には階級ってもんがある訳だからさ」
「……黙って見てた方がいいよ……」
「あっ?」
「この試合、超面白くなるから」
ブッチャーは鈴木を完全に舐めてかかっている。
まずは軽めに一発殴りかかる。
だがそんなぬるいパンチが鈴木に当たるはずもない。
ぬるりとパンチをかわしてみせる。
「何でカウンター入れないの!」
春菜は鈴木の動きを見て怒鳴る。
「いや、たぶん避けるのでいっぱいいっぱいなんだろうよ」
「貴方にはそう見えるんですね、あの動きが」
そう言って春菜は苛立たしげだ。
ブッチャーは自分の空振りに首を捻った。
流石に手を抜き過ぎたかと、もう一度パンチを繰り出すが、これも鈴木は軽くかわす。
「おいブッチャー!パフォーマンスはもういいぞ!」
「そろそろ殺戮ショーを見せろよ!」
焦ったブッチャーはパンチ、キックを組み合わせ、素早いコンビネーションで攻めるが鈴木はどれも飄々とかわしていく。
「はぁー、そういう事……。鈴木くん、遊んでるんだわ……」
この辺りで観客も異様な事態かわ起きている事を察した。
これはひょっとすると、ブッチャーが負けてしまうのではないかと。
「おいふざけんな!ブッチャー!俺はお前に100万賭けたんだぞ!」
「本気でやれ!負けたら殺してやる!」
試合開始一分で、会場の空気は一変。
ブッチャーへの野次がそこら中から飛び交った。
そんな会場の雰囲気を逆撫でするように、鈴木は必死に攻撃するブッチャーに足をかけ、リングに転倒させる。
鈴木は倒れたブッチャーに背を向け、やれやれというジェスチャーをとって見せた。
ブッチャーはカァーっと頭に血が登っていく。
鈴木は観客へのサービスも忘れない。中指を突き立て、観客を煽ってみせた。
ここでやっと、モヒカンは納得した。
「なるほど、確かにこれはエキシビションマッチな訳だ。運営はとんでもねぇエンターティナーをぶち込んできた訳だ!」
春菜は鈴木のパフォーマンスに呆れつつも、黙ってリングを凝視し続けている。
「クソガキが!もう容赦しねぇぜ!!」
そう言ってブッチャーはどこに隠していたのか、ナイフを取り出した。
「あれ、ありなの?」
と春菜が聞く。
春菜は至って冷静だが、モヒカンはナイフの登場に、鈴木が負けるのではないかと流石に焦っている。
「初めに持ち物検査があるはずだ。だから凶器は絶対試合に持ち込めない。つまり運営がわざと持たせたか、故意に見逃したかだ。リングに上がっちまったら何でもあり。それがここのルールだからな」
「ふーん」
春菜は聞いたは聞いたが、ナイフは問題にもならないといった様子だ。
「格闘家がナイフを持つ強みがあるとするなら、それは相手がビビって動けなくなってくれること。でも鈴木君は全く動じていない」
春菜の言葉通り鈴木はブッチャーのナイフをかわし、逆に的確に打撃を与えている。
「ナイフを使い慣れている近接戦のスペシャリストならありだろうけど、あのブッチャーって人、素手の喧嘩しかしたことない感じ。動き悪くなってるし」
試合は終始鈴木の優勢だが、ブッチャーは体力もあり体格差もあるということで、鈴木の攻撃自体はあまり効いていない様子だ。
まもなく第1ラウンド終了残りあと10秒というところで、急に鈴木の纏う空気が変わった。
この試合。ただのお遊びエキシビションマッチだった筈が、いつしか観客全員、ヤジを忘れ試合に釘ずけになっている。
「来るっ……」
春菜がそう呟くのを聞いて、モヒカンはゴクリとツバを飲んだ。
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