第8話 鈴木に全額

春菜はモヒカン男に連れられ、地下施設の奥へ奥へと、意思とは無関係に進んでいった。


ここまで広い施設だったとは、外の見た目からは想像できなかった。

ここが何なのか、より一層不安になった。


「さぁ、もうすぐだ」


モヒカンがそう言う。

春菜も何かこの先に熱気がうごめいているのは、感じ取っていた。

確かにこの先に何かある。


「これで最後だ」


とモヒカンが言い、見るからに重そうな鉄の扉を開けてくれる。


春菜は扉の先に広がる光景を見て、ぶるりと身震いした。


部屋の大きさは小さな体育館ぐらいだろうか。

中には、今横にいるモヒカンと同じような人種が、ギュウギュウにひしめきあっていた。


そして特筆すべきは、部屋の中央に設置されている鉄線で張り巡らされたリングである。

春菜はここが何であるか悟った。


「分かったと思うが、ここは非合法の地下闘技場。この事を外に漏らしたら、命はないものと思え」


春菜は全力でこくりこくりと頷く。


「さぁ、リングを見ろ」


そう言ってモヒカンが指差したリングの上には、屈強な二人の男が、自らをアピールするようにいきり立っていた。


素人目には、どちらもかなり強そうに見えた。

春菜は二人の屈強な男を食い入るように見つめる。


「あいつらは両方新人だ。こういうデータの少ない試合が一番難しい。きっと倍率もそこまでの差は出ないだろう。若干青コーナーの方が優勢かな?元プロボクサーで、無敗だったがトラブルを起こして辞めたって言う話だ。間違いなく強え。何より赤は身体が小せえ。体格差があるな。たぶんレートは青2倍、赤が3、4倍ってとこだろ」


つまり赤に10万賭けて勝てば20万。青に10万賭けて勝てば3、40万になると言うことだ。


「……つまり、ここ、お金かけられるんですよね?」


「ん?あぁ、もちろんそうだが」


モヒカンがそう言うと、春菜は自分の財布から有り金を全て取り出し、


「赤に全部賭けて下さい。絶対に赤が勝ちます」


そう言ってモヒカンに金を差し出すと、また食い入るように春菜は二人の男を見ていた。


春菜はツーッと口からよだれを垂らしてしまっているが、そんなこと意にも返さないといった様子で、夢中でリングの中を眺めている。


「(コイツ、目がイッちゃってるぜ。さっきまでビビってガチガチだったくせに……こいつはひょっとして、ひょっとするかもしれん)」


モヒカンは、


「賭けてくるから席取っとけよ」


そう言って春菜に従った。


モヒカンが席に戻ってくると、春菜は食入るようにリングの男達を眺め、ニヤニヤと笑っていた。


モヒカンは春菜が相当にやばい女だと悟り、引き気味に眺めていた。

ざわめく闘技場にセコンドの声が響き渡る。

赤青両コーナの選手紹介が簡潔になされ、ついにゴングが鳴った。

ゴングと同時に、観客の荒くれたちは大きな歓声を上げた。闘技場はビリビリと揺れる。


大体の人の思惑どおり、試合は青コーナーの優勢で終始進んだ。

赤コーナー側はいくらか手を出すものの、どちらかといえば守りに徹しているといった感じだ。


それもそのはずだろう。

競技のボクシングとは違い、ここでの戦いは素手である。

体格のいい青のパンチをまともに食らったら、勝負は決してしまうだろう。

結局、第2ラウンドまで、お互いにダウンを取らず取られずに試合は進んだ。


試合が動いたのは第3ラウンドのことである。

春菜はつぶやいた。


「青の空振りは今まで14発。対する赤の空振りは2発だけ。疲れがきてる。青の足さばきがちょっと遅い……」


そういった瞬間、赤がローキックを青の左太腿にもろに入れた。


観客の目には何てことないキックに思えたが、戦っている二人と春菜は気がついていた。


「バランス崩れたね。青はもう無理だよ」


青コーナーの手数があからさまに減った。


対照的に赤はバンバンキックやパンチを決める。

ダウンこそ取れなかったが、優位は誰の目にも明らかであった。

それでも青コーナーの男は諦めず攻撃を続けたが、ついに赤コーナーに決定打となるカウンターパンチを決められ、意識を失いリングにつんのめった。


その瞬間、何枚もの賭け券が宙を舞い、青コーナーの選手に対する罵声が至る所から飛び交った。


赤コーナーがカウンターを決めた瞬間、春菜はギラついた目で興奮し身を乗り出しリングを見つめていた。


「最高だわ!ここ」


「俺にとっちゃ……孃ちゃんの方が最高だ」


そう言ってモヒカンは、春菜に札束を差し出した。


「稼がせてもらった。ありがとな。それは孃ちゃんの勝ち分だ」


春菜は見たこともない量の札束を目の前にし、自分が今何をしていたのか、はっと我に返った。


「どうして赤が勝つと分かった?」


聞かれて春菜はおずおずと答える。


「まず青は昨日大分遅くまで飲んでいました。顔つきとお腹を見ればわかります」


「いや、さすがにそれは冗談だろ!?見ただけでそんなこと分かるはずがねぇ!」


春菜は遠慮がちに反論する。


「そう言われても、分かるものは分かるので。続けますね。青コーナーがモヒカンさんの言う通りボクサーです。筋肉で分かります。でもボクシングを辞めてしばらく、自己流のトレーニングで鍛えていたみたいです。戦うための筋肉じゃなくなってきていました。対する赤は現役の格闘家でしょうね。それもキックが得意な……」


信じられない話だが、この女は筋肉であらゆることを読み取れるらしい。

春菜の言葉にモヒカンは妙な説得力を感じていた。


「あの試合いの決め手は、第3ラウンドのローキックってことでいいのかな?」


「えぇ、その通りです。そして赤は最初からあのキックを狙っていました。あえて前半のラウンドは、回避に徹し、こちらの手を見せず、油断と疲れで無防備になった足に渾身のローキックを決めたのです。見事です」


見事なのはお前だよ。とモヒカンは言いたくなった。


「もう一試合ぐらい見ていくか」


モヒカンがそう言うと、春菜はキラキラ目を輝かせた。


「おっ、次の試合が発表された。……あちゃー、こりゃ駄目だ」


モヒカンは残念そうに言う。


「どうしたんですか?」


「まぁ見れば分かる」


入場してきた選手を見て、春菜は目を見開いて驚いた。

一人は身長2 mを超えるだろう、レスラーのような体型をしたスキンヘッドの男。


「グレート・ザ・ブッチャー。この闘技場での戦績は10戦10勝いまだ負けなし。それに対するは新人。しかも……」


ブッチャーの対戦相手として登場したのは他でもない、春菜のクラスメイト、鈴木おさむであった。


「たまにあるんだよ、こういうエキシビジョンマッチみたいなやつが。借金のかたに取られた高校生なんかが、一方的にやられるこういう試合。ほとんど賭けにはならないし、運営にも儲けはないが、まぁ運営側からのサービスってやつだ。俺は趣味じゃねえが、弱えやつがいたぶられるのが好きって言うやつはここでは珍しくねぇ」


春菜は相変わらず学生服を着たままの鈴木を見て、モヒカンは何を訳のわからないことを言っているんだ、と思っていた。


今分かった。教室で見た鈴木のパフォーマンスは、遊びも同然だったのだ。

鈴木にとって山本との喧嘩は赤子と遊ぶようなもの。

鈴木が今纏っている空気、筋肉の仕上がり、それを見て春菜は悟った。


「学生服の挑戦者に、また全額、お願いします」


「なんだって!?」

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