第6話 女子高生とモヒカン男

笹垣春菜(ササガキハルナ)は今朝の一見で、ついに鈴木おさむを無視することができなくなった。


ひと目見た時から気がついてはいたのだ、なんて美しい筋肉のつき方だろう、と。

何かきっと鍛えているんだろう。いずれ学生服を脱いだりする機会もあるだろうし、その時は眼福に預かろうと、そのくらいに思っていた。


しかし今朝のあれは、完全に格闘技をやっている動きだ!

うちの学校にある格闘系の部活は柔道部だけだが、鈴木おさむのあれは、明らかに打撃を想定した格闘術。


「(き、気になるよー。鈴木くんが思いっきり人をぶん殴ってるとこ、見てみたいよー)」


春菜は身体が疼いてしかたがない。

彼女は欲望に逆らえず、とうとう鈴木の格闘技の正体を突き止めるため後をつけることにした。

実は鈴木の尾行は前々から考えてはいたことなのだ。


「よし!」


授業が終わるとすぐに鈴木は帰り支度をする。

もちろん帰りもランニングだ。

しかも今回は汗をかいてもいいので、少し速めに走れる。


物凄いスピードである。


鈴木は他の歩いている生徒はおろか、自転車さえもどんどん抜いていく。

抜かれた方はまさか、学校で嫌われ者の眼鏡陰キャに抜かれたとは気づきもしないだろう。


普通なら尾行などできるスピードではないが、もちろん春菜は鈴木の足の速さにずっと前から気がついていて、こんなこともあろうとロードバイクで通学していた。


「うぉーーーーーー!!」


ロードバイクにつけているスピードメーターは、時速40kmを指している。

春菜は必死に鈴木にくらいつくが、少しずつ距離を離されていく。

何分走っただろうか。


「(もう駄目!見失う!)」


と思った所で、やっと鈴木は足を止めてくれた。


春菜は慌てて近くに身を隠す。

鈴木はとあるマンションに入っていく。


「(ここが……鈴木くんの家?)」


鈴木の入ったマンションは誰がどう見ても、超高級マンションだ。


一つだけ分かった。

とりあえず鈴木の家が金持ちな事は、間違いなさそうである。

だとすれば鈴木が超高級なジムに通っている可能性は十分ありえると春菜は考える。


春菜はとりあえず尾行に万全を期すため家に帰り、着替えとお金を持ってくることにした。


尾行がバレないように変装用として、前にお母さんが買ってくれた、自分には不釣り合いと思っている可愛らしい洋服を仕方なく着込み、お金は何があってもいいように、長年コツコツと貯めてきたお年玉貯金を全部ひったくってきた。


自分でもなんで必死にこんなことをしているんだろう、と思う春菜であったが、自分の中の格闘好きの血が、「鈴木の正体を突き止めろ!」と疼き続けるのである。


「日が暮れるまで、日が暮れるまでだから……」


春菜はそう自分に言い聞かせた。

鈴木のあの筋肉は、週に1日、2日のトレーニングでできるものではない。

頻繁にジムに通っており、今日も行く可能性は十分あると春菜は考えていた。


春菜の考え通り、しばらくして鈴木はマンションから出てきた。

しかしその服装は私、服ではなく見慣れた学生服姿だった。


いやよく見ると学校指定の制服ではない。多分違う学校の制服だろう。

わけがわからなかったが、とりあえず鈴木の尾行を続ける。


どうやら鈴木は今回は走らないようで、春菜はほっとした。


鈴木はどうやら繁華街に向かうようだ。

繁華街には確かジムも3、4件あったはずだ。

高級ジムもあったような気がする。


とりあえず今日は通っているジムだけでも突き止めよう。

そう思っていた春菜であったが、鈴木は繁華街に入るとすぐに、路地裏の方に舵を取る。


「えっ?」


鈴木は人気のない方、人気のない方へどんどんと歩いて行ってしまう。

これはジムに行くのではないと、流石に春菜も気がついた。

いつの間にか日が暮れだしている。


カァカァ


カラスが鳴いた。

なんだか怖い。

ここで帰るか?とも思ったが、好奇心はそうさせてくれない。


しばらくすると、この街にこんな場所があったのかと思えるような、まるでニューヨークのスラム街といった風の、ちょっと開けた路地裏にたどり着いた。


(行き止まり?)


最初そう思ったが、よく見れば地下に続く階段のようなものがある。

多分地下にバーか何かがあるのだろう。


もしかして鈴木君も道を間違えたのかもしれない、と思ったが、鈴木は堂々と地下への階段を降りていった。


「えっ……」


さすがにこの階段を下るのはやばい。

高校生であれば間違いなくためらうような場所である。

その反面、せっかくここまで来たのに、という思いも強い。

そして悩んだ末に春菜は、


変装しているんだばれるはずがない!

仮にヤバくなったらすぐに引き返せばいい!


そう自分に言い聞かせ、勇気を振り絞り、階段降りていった。


階段を降りて少しすると、階段先の扉が突如開き、そこから革ジャンを着たムキムキの、明らかにカタギではないモヒカン男が現れた。

腕はタトゥーだらけだ。


春菜は蛇に睨まれた蛙のように固まってしまう。

春菜を見た男は言う。


「お嬢ちゃん。ここはあんたの来るようなところじゃねーぜ」


そう言ってニヤニヤと笑った。


「は、はい!そうみたいですね帰ります!」


春菜が回れ右をしようとしたその時だった。

男の階段を登る姿を見て、悪い癖が出てしまった。


「左右の足の筋肉のバランスが悪くなってますね」


男は春菜の言葉に、ぴたりと足を止めた。


「あっ?なんだって?」


「階段の登り方でわかります。多分それじゃあ打撃の時に癖が出ちゃうと思いますよ。トレーナーに言って左の筋肉をもう少し鍛えた方がいいです」


男は春菜の言葉を聞き、少し考えていた。


「……本当にわかるのか?」


「ええ、多少なら筋肉で。でもあなたは本業は寝技ですよね?たぶんレスリングか何か?足の筋肉のバランスが悪いのは、ちょっと前に怪我をしたからとかですかね。たぶん2、3ヶ月くらい前。足と違って他の体の筋肉は、かなり丁寧に鍛えられています。足だけバランスを悪くするなんて、ちょっと考えづらいので怪我かなーと……」


そこまで喋り、春菜ははっとした。

私は何て事を言ってしまったんだろう。

こ、殺されちゃう!


「おい、おめぇ」


「ひっ!ヒィィィィィィ!」


「心配すんな。取って食いやしねぇ。ちょっと俺に付き合え」


そう言って男は春菜の肩をガッチリ掴んだ。


「俺と一緒なら中に入れる。なぁに、心配するな俺が全部教えてやる!」


「(終わった……私の人生終わった……。きっと中にはこの人みたいなのが大勢いて、私めちゃくちゃに犯されちゃうんだ……)」


春菜は死んだ目をしながら、男に地下へと連れられて行った。

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