第3話 レベル1の男

「ゴゴゴゴゴゴゴゴ」といった効果音が聞こえてきそうな緊迫した空気。


今まさに死闘が始まろうとしている中、完全に蚊帳の外である騎士団長のエリックと姫は、自分たちがどうするべきなのかオロオロとうろたえていた。


この姫の名はルイザと言って、実はここからかなり離れた巨大な帝国の第7姫であった。


もちろんこの第7とは7番目のという意味、つまり王の7番目の子供だ。


第一すなわち長女長男にあたるものたちほど王位継承権に近いとされ、第1と第7では同じ兄弟でも大きな隔たりがあった。


しかしこの第7姫であるルイザは、容姿端麗で勉学武芸にも優れている、いわゆる天才であった。


そのため第7であっても王からは愛されており、無論他の王子や姫からは疎ましく思われていた。


今回こんな辺境を旅しているのも、その辺が関係している。


実のところ今帝国は過酷な戦火の真っ只中であった。そして現在の戦況は思わしくない。


そんな中、帝国お抱えの占い師がある予言をしてみせた。


『はるか東の森に、青く光る紋様を腕に刻みし者、強大な力あり。その力あれば、帝国はすべてを手にするだろう』と。


あぁ、なんという不確かな占いであろうか。

そもそも東の森とは具体的にどの辺りまで行けばいいのか。森など至る所に無数に存在する。


それだけの情報でたった一人の人間を見つけるなど到底不可能なことに思えた。


さらに東といえば魔物たちの活動も活発な地域である。占いを信じ探しに行くとすれば多くの人員が必要であることは明らかであった。


もちろん、占いを信じ大群を使い捜索をさせるのは馬鹿げていると大半の者は思っていたが、これはチャンスとルイザ以外の王子姫たちは考えた。


決め手は第一姫テレジアの言葉だった。


「これは戦局を左右する大事な預言じゃ。しかしこの戦火の最中大軍を使うことはできん。そうさのぅ、分隊一つ(10名程度)とあと一人、優秀な指揮をとるものがいればいい。頭が良く武芸にも秀でていて、そして分隊長を束ねるわけだ。それなりの身分の者がよかろう。どこかにそんなものはいないだろかのう」


こう軍議で行ってみせたのだ。


それを聞き第一王はニヤリといやらしく微笑み言葉を続けた。


「ならばルイザがいいでしょう。あの子なら何の問題もない」


「おーそうじゃ、あやつがおったな」


などとテレジアは白々しく言ってみせた。

こうしてルイザの終わる当てのない危険な旅が始まったのだった。


エリックは元々この分隊には入っておらず、帝国騎士団の優秀な隊長の一人であったが、色々と事情があり、ルイザに恩義を感じていたため、この無謀な捜索に自ら名乗りを上げ参加したのであった。


エリック以外の分隊の隊員は案の定使えない者達の寄せ集めであった。


10人いた隊員も、一人は魔物にやられ、一人は病にやられ、一人は逃げ出し、と少しずつ減っていき、ついには姫とエリックだけになってしまった。


二人は流石に捜索は続けられないと、引き返そうと考えたが、数日前に補給と休息のため立ち寄った村からはかなり離れた森の中まで来てしまっている。


引き返せるだけの体力が残っているかと言われれば自信がない。

悩みに悩んだ末、二人は一縷の望みをかけて、引き返すではなく先に進むことを選んだ。


森に帰ってからかなり経っている。

そろそろ無理の出口にたどり着く可能性も大いにあり得る。


そんな辛い状況の中、ロミオと出会ったという訳である。

二人はともかく人と出会えたことに喜んだ。


人がいるということはすなわち近くに居住区があるかもしくは、男がきこりであり住まいのすみかを持っている可能性がある。


ともかく助かったと思った矢先、不幸にも先のドラゴンと遭遇してしまったのだ。


そして今に至る。


ルイザ姫は自分の不幸な身の上を振り返った。

考えてみれば私は凄い経験をしている。


辛い旅の中、不幸にもドラゴンに遭遇した。しかしドラゴンを一撃で倒す男が現れた。さらにそれだけではない。そのドラゴンを一撃で倒した男を殴り倒す男が突然現れた。


そして今二人の男はなぜか戦いを始めようとしている。

あまりの急展開に頭がついていかない姫だったが、師団長エリックの大きな声で我に返った。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「い、一体何ですか、びっくりするじゃありませんか!」


「姫様あれを!あれをご覧ください!」


エリックはロミオの右腕を指差していた。

ロミオの服の袖が先ほどの攻撃で破けていたのだ、そしてその右腕には青い紋様が浮かび上がっていた。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「ねっ、ねっ!」


「うん、あれは!」


「「間違いない!予言の男!」」


そうとわかれば二人は戦闘を始めようとする鈴木とロミオを必死で止めにかかる。


「ま、待ってー!」


「どうか、どうかお待ちを!」


二人の必死の懇願はどうやら戦い前の二人に届いたようだ。


「おい陰キャ、一旦休戦だ。お姫様が何か言ってる」


「俺は陰キャではない鈴木おさむだ。殴るぞ」


ロミオは戦いの前に鑑定のスキルを使って鈴木おさむのステータスをすでに鑑定していた。


名前  鈴木おさむ レベル1

年齢  16歳

職業  学生(高校生)

スキル なし

加護  なし


この結果を見てイクトは、こいつは相手にするまでもないザコであると確信し、少し冷静になっていた。


最初に殴られて痛みを感じたことは甚だ疑問であったが、このステータスならば油断さえしなければ絶対に負けることはない。


こんなくそ陰キャよりも、今は自分の性癖にドストライクの巨乳姫の方が大事である。


ここで鈴木を殺してしまうのは容易い。しかし無惨に鈴木殺してしまえば、この姫に悪印象を与えるだろう。


ロミオが望むのは和解の上でのハーレムである。力で屈服させるのでは面白くない。


絶対この巨乳姫をものにしてみせる!その強い意志が鈴木との和解を選ばせた。


「わ、悪かったよ鈴木くん。でも君だっていきなり俺を殴ったんだ。暴言は謝るし、さっき君が俺を殴ったのは水に流すから、これで全部精算。チャラってことでどうだろう」


鈴木は口元に手を当てて考えた。


「……ふむ、まー今回は大目に見てやるか」


こいつ何様だ、と今すぐにでも最大魔法で消し炭にしてやりたい気持ちを、ロミオはぐっと抑えた。


鈴木の思惑はと言うと、まぁロミオの事は嫌いであったが、今はあのクソみたいなセリフを言い出す素振りもしていないし、何より一発殴ってちょっとすっきりしていた。


なので自称常識人である鈴木は、ロミオとの和解の申し入れを一旦受け入れて、もしまたムカついたら思いっきり殴ることにしよう、それがいいと一人納得した。


ロミオは巨乳姫を手篭めにするために渾身の爽やかスマイルを作り、


「どうかされましたか?」


と姫に問いかけた。


「実は…………」


姫はロミオに全てを正直に打ち明けた。


「なるほど、つまり俺に帝国の力になってほしいと……」


「そうなのです。突然の不躾なお願いであることは十分承知しております。しかし戦局は一刻を争う状況、無理を承知でお願い致します。もちろんそれなりの報酬はご用意させていただきますし、私にできることであれば何でもいたします」


「うーん、どうしよう」


そうは言いつつロミオは、

うひょー!やったぜ願ってもないこの状況!

俺のチート能力ならこの世界の人間相手なら1000人でも1万人でも同時に相手にできる。


確かに俺が参加すれば勝利は間違いないだろう。

苦労せずに大金や地位や名誉、そしてこの巨乳女までゲットできそうだぜ!


エリックと姫は哀願するようにロミオを見つめている。

この捨てられた犬のような表情……最高だぜ!


「わかりました力を貸しましょう」


「本当ですかありがとうございます」


鈴木はここまで黙って3人の会話を聞いていた。そして自分の状況についてちょっと考えてみた。


突然この世界に行ってきていきなり目の前にムカつく奴が現れたから思わず殴ってしまったが、本当にここは異世界のようだ。


ちょっとこの姫の胸が、王族としてどうなのか。下品で気に入らないとこもあったが、戦争というシチュエーションは悪くない。


戦争はファンタジー小説において、種族の隔たりや、政治的策略など、読んでいて面白い部分が多い所だ。


この勇者は気持ち悪いが、俺の正拳突きで改心した可能性もある。


ちょっとこの話の成り行きを見守ってやるか、そう思っていると自分の体が消えかかっているのがわかった。


鈴木は、


(ああ、元の世界に戻るんだ)


と悟った。


それぞれの思惑で喜んでいるロミオ、ルイザ、エリックの3人も、鈴木が消えかかっている事に気がついたようでギョッとしている。


「えっ?お前なんで透けてんの?」


「たぶん、元の世界に戻るんだと思うわ」


「えっ……?ちょっとお前意味分からん。本当に何なんだお前?」


「俺もよく分からんが、また来れる気はしてる」


「いや、もう来なくていいよ!この世界の主人公は俺だから!」


「そう言われると絶対また来たくなった」


「来んなって!」


「またクソみたいな展開になったら殴りに来るからな」


そう言い残して鈴木は消えてしまった。



鈴木おさむは自室のベッドの上で目を覚ました。

どうやら携帯小説を読んだまま眠ってしまっていたようだ。

携帯電話が壊れている。


そういえば糞小説を読んでいて握りつぶした気がする。


「明日買い替えに行かなきゃ」


なんだか夢を見ていた気がするがどんな夢だったか思い出せない。

まぁ夢なんてそんなもんだろうと、鈴木は考えるのをやめた。


あれが夢ではないことを、鈴木はまだ、気づいていない。

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