【ー記憶ー】86

「それはだな、お前とここの病院でコンビを組んで働いていたからなんだよ。 俺が看護師でお前が医者って事でな」

「そうだったのかぁ。 んー、ちょ、悪い、今日は疲れてるから、話はまた今度にしてくれないか?」

「ああ、じゃあ分かった。 また、何かあったら俺の事呼んでくれよ! 直ぐに飛んで来てやるからなっ!」


 そう言うと、和也は望に向かい笑顔を向け病室を後にする。


 どんなに悲しい状況でも男は誰にも涙を見せてはならない。


 かっこよく言えばそうなのかもしれないけど友達がああいう状況になって泣かないなんて出来るのであろうか。


 今は夢ではない……現実だ。


 これが、もし夢なら泣かないで済むのかもしれないけど今は確実に現実だ。


 今日の和也は望の前でとりあえず笑顔でいられた。 だけど雄介に望が記憶喪失になったって事を聞いて最初は嘘だと思っていたのだけど、望と話をしていて、やっぱり雄介の言う通り望は完全な記憶喪失だと言う事が分かった。


 ドラマ等で記憶喪失の話を見たことがあるけど実際に自分の身近な人がなってしまうと、やはり死んでしまったかのような気分だ。


 そこにいるのは望であって望ではない人物。


 記憶を失くすという事は今までの思い出も自分の事さえも完全に覚えてない。 本当にそこが辛いところだ。


 普段泣かない自分でも、やはり現実を突きつけられると、涙は勝手に溢れてくるのだが、和也はその涙をなんとか歯を食いしばってまで耐え、深呼吸をする。


 確かに記憶を無くしている望。 だけど、お医者さんは言っていた。 普段の生活の中で自然と戻って来るという事があるという。 記憶を無くしたっていうだけで望自身はまだ生きているのだから、まだまだ普通の望に戻る可能性はあるという事だ。


 だったら今まで通り望に接して来た方がいいんじゃないだろうか。

 

 今はこの涙は望が記憶を戻した時の為にとっておこう。


 そう和也は決意すると部屋へと戻って行くのだ。




 一方、病院を後にした雄介は自分の家へと向かって歩き出していた。

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