【ー記憶ー】85
望が記憶を失くしてしまった今、望と一緒に仕事をしてきた事さえも今は懐かしく感じる。
そう時には笑い時には喧嘩もして、たまに食事なんかも一緒にしたりしていたのに今は親友とかではなく、まるで他人のように感じてしまっているのだから。
今、和也の目の前にいる望は望であって望ではない。 そう今までの事を全部忘れてしまっている望。 雄介の事も分からないのだから当然和也の事さえも忘れてしまっているだろう。
そんな事を思いながら和也は奥歯を噛み締め、さっき考えていた事を思い出す。
友達と接するべきか。 看護師として望に接すべきか。 という事だ。
そうだ、さっき医者が言っていた筈だ。
記憶喪失というのは日常生活している中でいきなり思い出す事がある。
じゃあ、もう答えは出てる。
それならば今まで通り望との関係は友達の仲でいた方が本人の記憶喪失が早く戻るかもしれないからだ。
和也は望に点滴を付けると近くにあった椅子へと座る。
そして目を開けている望に話し掛けるのだ。
「今日は何処に誰と行ってたんだ?」
ごくごく普通の質問。 これが、もし記憶のある望なら顔を赤くしてまで雄介とって言ってくれる筈なのだが、やはり答えの方は出る訳もなく、
「……わからない」
「そっか……なら、いいんだけどさ。 あ! そうそう! 俺の事自己紹介するの忘れてたなっ! 俺は梅沢和也! ここで看護師をやってるってんだぜ」
もう何年も前に自己紹介なんか望には済ませているのに、今はもう一度、記憶の無い望に自己紹介をしなければならなくなってしまった。
和也は望に向かって笑顔で言うのだが、
「梅沢……かずやさん……か……。 ってさ、何でここの看護師さんが俺に対してタメ口なんだ? ってか、普通は敬語じゃねぇのか?」
そこで和也はふっーと息を吐く。 そのため息というのは自分を落ち着かせる為とやっぱり? という意味でだ。
もし万が一でも自分の事さえ覚えててくれればとは思っていたのだが、直ぐに、それは望の質問によって打ち砕かれてしまった。
これで寧ろ望が記憶喪失なのを確信する事が出来た。 雄介を信じてなかったっていう訳ではないのだが、やはりそこはまだ半信半疑だったからだ。
それが確信に変わった瞬間という事でもある。
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